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第一章

ずる休みしたい

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 ……夢じゃなかった!?

 驚愕の事実は現実だ。覚醒とほぼ同時に飛び起きた私の両手は、使い込まれた掛布団を握り締めていた。
 私はベッドにいた。

 ……うむ、何故であろうか。昨夜は梯子を登った記憶はないのに。

 この奇妙な現象に思わず首を巡らすと、なんということだ。枕元に火の消えた蝋燭つきの燭台があるではないか。私は出した覚えなどないぞ。火をつけた覚えも、まして消した覚えすらないというのに。どうしてここにいるんだい、じじいの燭台お下がりよ。

 ……待てよ? ここで私のもとに彗星のように光り輝く、或る可能性が降ってきた。
 (解った、泉に入った後意識が朦朧としたままベッドに入って、その後のことは全部夢だったんだ)
 つまり、本当は私は自力でベッドまで辿り着いていた。そして、日暮れ後に起き出して、メランコリックでセンチメンタルな気持ちが高じてじじいの長椅子にグタったというあの一連のところからが、脳が見せた幻だったのだ! 燭台は、きっと一昨日から出したまま、しまい忘れていたのだ! ……多分!

 (勝ったな)

 私は勝ち誇った笑みを湛えてベッドから起き出し、床に足を下ろした。
 予想外に冷たい感触。疑問を感じる間もなく、足を滑らせて盛大に転んだ。
 理解が追い付かず、見知った天井を見つめていると、朝の風が半開きのカーテンを揺らした。

 出した覚えのない燭台。
 開けられたカーテン。
 水滴の残る床。

 (証明終了……)

 打ち付けた背中の痛みというより、精神的ショックで起き上がれない私に、追い打ちをかけるように断続的な物音が。……この音は。
 (誰かが梯子を登ってきてる……だと?! いや待って、この足音は!)

 「大丈夫か、大きな物音が……」

 ひょっこりと現れた銀髪の生首が無垢な瞳でこちらを捉えた。
 取り敢えず、手元にあった布団を投げつけた私は悪くないと思う。


 * * *


 ハルト侵入者が布団を被ってもそもそしている間に、その脇を通って家から降り、泉で顔を洗った。梯子を上ろうと見上げてみれば、布団を綺麗に畳んで小脇に挟み、片手で梯子を掴んだ彼が指示を待つようにこちらを見下ろしていた。釈然としない。布団は置いて降りてこいという旨のジェスチャーをする。
 長い手足を使って一段飛ばしで降りてきた。気に食わぬ。最後の一段でこけてしまえと念を送ったが、届かなかったようである。

 「おはよう、迎えにきた」

 「過保護か? 急にどうしたの。おはよう」

 迎えなど頼んだ覚えはない。なぜ急にこんなことをしだしたのか皆目見当もつかなかった。なので疑問を口に出したのだが、私の疑問が彼には思わぬことだったようで。

 「ん?」

 「え?」

 何だこれは。
 来訪者が来訪理由を答えられないはずがないだろうに。どうせ登校してからは毎日顔を合わせているのだし、今までだってわざわざ遠回りしてまで学校に……学校…………

 学校。


 甘い栗色がフラッシュバックした。

 納得だ。


 頭を抱え、思わず溜息を吐く。

 「……休んじゃダメかなあ」

 「……熱だけ測ってみるか」

 厚みのない掌が額に迫っていた。反応する間も無く、柔く着弾する。焼けるように熱かった。

 「無いな……」
 どうして彼の方が残念そうな声を出すのか。……というか、そんなことよりも。

 「いやこれハルトが高過ぎるっ」

 しゃがんで、と促すと淀みない仕草で中腰になった。ふらつきや目眩はなさそうだ。
 (手を上に伸ばすのがなんとなくやめておきたくてしゃがませたけど、すんなりされるとなんか……)

 まあ、それはいい。

 額の左側にある分け目から手を入れてやる。乾いた額は夏の砂場のような熱さだった。

 「あっつ……」

 この国で体温計は普及していない。少なくともじじいは使っていなかった。だから正確な数値はわからないが、微熱ではすまされないことは確かだ。
 そして、彼が40度でも自転車乗れるタイプということもわかった。これでは、本人が気付かなかったのも納得がいく。今日は大事にしておいた方がいいよ、と進言しようとして、ふと気づく。

 (……待てよ、この熱で汗が出てないの、おかしくない?)

 
 思考が脱水の可能性に至り、背を冷たいものが走った。私は彼にその場待機を言い渡し、水瓶のため梯子を往復した。
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