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第一章

くじけ転生者2

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 足音荒く廊下を走り抜けて、衝動のまま校門まで来てしまった。いっそこのままいえに帰りたいが、幼稚園児のような真似をするのは憚られて、無断早退は諦め花壇の植え込みにしゃがみ込む。小刻みに震える身体を両手で搔き抱いた。

 ……はあ。やらかした。

 これは流石にやりすぎたと思う。あの子を教室にひとり置いてくるなんて。彼女が絶対に私を責めないとわかっているからいたたまれない。彼女の父王様が彼女を片田舎の学校に放り込んでいる事、その意味がわかる人が、私の他にも居れば良かったのに。……ああ、居ても無理だな。同級生は言わずもがな、先生たちは絶対王政時代に育った人たちだ。理性で分かっていても畏怖の感情が付いていかない。王家の正統にあんな態度を取れるのは、命が惜しくない奴か外部の人間だけだ。
 青と藍の目のあの子は、今頃教室で途方に暮れているのだろうか。ピンと伸ばされた背筋を思い浮かべた。
 彼女のお友達役を、わずか一日も果たせなかった。罪悪感と申し訳なさを感じてはいるものの、もう一度あの目に見つめられる勇気は無い。
 私の内に滞留する暗澹たる気持ちが、今度こそ根こそぎ暴かれてしまう予感があった。



 * * *

 

 森が好きだ。

 さらさらと流れる小川の音を間近に聞きながら、腰まで浸かっていた湖に背中を浸す。浅く息を吸い、ぱしゃんと水に潜った。
 癖で瞑ってしまう目を薄く開けると、キラキラとした水面が揺れる。おかえりと言ってくれている気がして、ようやく全身の強張りが解けた。
 コポコポと泡を吐きながら、やはり思い出すのは学校でのことだ。
 彼女とはあれから口を聞いていない。逃げるようにここへ帰ってきていまに至る。情けなくも彼女の前で素の『私』になってしまった以上、どんな『ぼく』も道化だ。

 気づかれたかどうかは問題ではない。調子を乱されたのが問題なのだ、あのわずかばかりの会話で。凛とした少女がこちらに歩み寄る一歩一歩が、どうしようもなく私の地雷を踏み当てているのだ。セミロングの銀髪も、高貴な顔立ちも、血筋の証明も、彼女の生活の妨げにしかならないはずだというのに。あなたの中にいるのは公人としてのあなただけ。そうでしょう? 何の感情も見せない瞳で『本当の友達になって欲しい』だなんて。

 いっそ、嘲笑できたなら良かったのに。







 (……あーあ、ほんとにもう、大っ嫌いだ)


 湖に影が差し、右の肩と腕を熱いものに掴まれる。
 ぐんと引っ張られて、一気に世界が音で溢れた。重たくなった体を丸めて、激しく咳き込む。その間にも右肩を掴んでいる存在からの視線を感じずにはいられなくて、またその色味の違う双眸に向き合わねばならないのかと思うと、もうやめてくれと言いたいのに、何も言えなくて、精々虚勢を張って睨みつけること、できるのはそれだけだ。
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