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日常で始まった、非日常

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 休憩室に戻った悠人はため息を吐いた。
 すでにラストオーダーを終えたところで、キッチンの従業員たちは手早く片付けを終わらせて颯爽と帰っていた。
 残るは純一だけになったところで、冬真は上がり準備をしていいと悠人に告げていた。
 片付けがまだあると言ったものの、それも殆ど終わっている。
 あとはレジ締めだけだからと冬真は悠人にワザと耳打ちした。
「彼を待たせるのはダメでしょう?」
「待たせるって……別に、そんな長時間じゃ、ないし……」
「いいからいいから。お前が連絡しないのがダメなんだから」
 そう言って押し込まれ、結局上がりの準備をすることになってしまった。
 所在なさげに立っていると、冬真はアイスティーを持って来て手渡すと去っていく。
 刺さっているストローを咥えて立ったままアイスティーを飲んで、諦めることにした。

 着替え終わってから、少し迷ったがそのままカウンターの方を覗き込んだ。
 しかし、居るはずの冬真は見当たらない。
「あれ?」
 一歩踏み込むと、角の席の隣りに座って純一と話している冬真が見えた。
 テーブルの上にはお冷やのピッチャーまで用意されている。
「ちょ、冬真さん!」
「あー、着替えたぁ? お前遅いよ。あ、グラスはその辺おいといて。洗っとくから」
「ありがとうございます……じゃなくて!」
 ばっと入口をみると、すでにクローズの看板を下げている。
 そして純一も食事が終わったらしく、グラスの水を飲んでいた。
「準備できたの?」
「あー……うん」
 純一は確認すると冬真の方を見て軽く頭を下げた。
 伝票を掴んで冬真は立ち上がると、金額を口頭で伝えてレジの方へと向かって行く。
「あーそうそう。休日出勤で仕事するんだったら、全然いつでも電話でも悠人にでも連絡してくれたら、テイクアウト準備しときますよ。取りに来ても良いし、そいつに運ばせてもいいし」

「おお、お前から店長と言われるなんて久々な気がする」
「あーそれはありがたいかも」
 純一はそう呟いて立ち上がった。椅子の音がして悠人はそちらを振り向く。
 立ち上がった純一はスマホと財布を手に、眉尻を下げて笑った。
「今日、昼食ってないんだ」
「もしかして、今まで何も食べてなかったのか?」
「買い置きのプロテインバーとかはあるっちゃあるけど。アレじゃ腹膨れないし。行こう?」
 純一は軽く悠人の肩に触れた。
 びくり、と身体を跳ねさせて悠人は慌てて歩き始める。

「大体、この辺の仕事人間はそういうのばっかなんで、ウチのテイクアウトが案外重宝されてるんですよ。安いし、美味いし」
「今度はパスタ以外も食べに来ます。ドリアとか、美味しそうだし」
「美味いよ~。この手の店のディナーにしちゃ、ちゃんと米も麺もがっつり食えるのは、貴方みたいな人がいるからなんで、是非ごひいきに」
 冬真は言いながらレジを打つ。
 言っていることは正しくその通りだ。だが相手が純一であるために悠人はため息が思わず漏れてしまう。
 純一が財布からカードを取り出し支払う姿を見ていると、冬真は悠人を見て片眉を上げていった。
「お前、ため息ばっかで辛気くさいぞ。飲んで気分転換してきな」
「……はぁ、そうですねぇ」
 誰のせいで、何のせいか。全て分かっている男は分からない芝居で言う。
 レシートを受け取って純一は「ごちそうさまです」と言うと、悠人を見やった。
「行きがけ、俺の事務所寄ってイイ? 荷物取ってこないと」
「てっきり、荷物それだけかと思った」
「まさか。ラストオーダー間に合わないと、食いっぱぐれると思って」
 純一の言葉に笑ったのは冬真だった。
「別にちょっとぐらい大丈夫ですよ。むしろ、ラストオーダーまでに入らないと悠人を誘えないと思ったからでしょう?」
「それはその通りッスね」
「はぁ?」
 思わず声を上げて悠人は呆れた顔で純一を見上げた。
 同じぐらいの背格好だった少年は、少しだけ見上げる位置に今はいる。
 それでも、自分に向けて微笑む表情はあの頃とあまり変わりがないように思えるから不思議だ。
「だーから、お前が連絡しなかったのが悪いんだって」
 冬真の嫌味を聞きながら、悠人は舌打ちをしてショルダーバッグを背負い直した。
「行こう」
「あ……俺のバイク、とりあえず、置いて帰っていいですか」
 出勤時に使っているクロスバイクのことを冬真に聞いた。
 頷いてもちろんと答えると、休憩室に入れておくと付け加えられる。
 次の出勤時は久々に歩くしかない。クロスバイクを持って飲みに行くのは何かと面倒だ。
 そんなやり取りをして外に出ると、冬真は笑顔で手を振っていた。
 振り返った時、いっそ中指を立ててやろうかと思ったが、そこまでではないと思い至る。代わりに、しかめっ面を向けて立ち去った。
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