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最終章 英雄が笑う時
第六十五話 最終戦
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炎が、俺達の目の前を駆け抜ける。慌ててのけぞった俺の前にヴェリアの拳が飛んできた。レスターの鉄の拳並み……いや、それ以上に重い衝撃だ。レスターがどれだけ手加減してくれていたか、今になって分かる。あいつは殺すと言いながらも、その裏で俺を想ってくれていたんだ。ヴェリアの拳は腕で受けただけなのに骨の折れる音が俺の中で響き渡った。回復しようとした俺に炎の追撃が加わる。くそ、避ける暇もねぇっ……!
「うっしー動き鈍すぎ!」
「フェンリル!!」
焼かれる覚悟をしたけど、すぐにテンの魔法とフェンリルが生み出した氷によって炎を打ち消してくれた。ヴェリアは桔梗が止めてくれている。隙を狙ってタケルがコタロウに斬りかかっていったけど、油断なんてしないコタロウはリボンでタケルを切り刻んだ。
「タケル!!」
すぐに駆け寄って回復魔法を発動する。対処が遅かったら失血死だ。そんな俺に向かって蹴りを放ってきたヴェリアは、再び桔梗が地の魔法で防いでくれた。魔法で生み出した岩すら砕く威力だったけどな。何を飲んだか分からないけど、恐ろしいパワーだ。
「ヴェリア! 何故コタロウに従う!! いい加減目を覚ませっ……」
「あはは! 言ったでしょう? 私の全てはコタロウ様に捧げたの。蔑むなら蔑むがいい、これが私だ!!」
桔梗に向かって拳を振るう。地と風の魔法で威力を緩めたものの、体は奥の壁まで吹き飛んでいった。その先は崖だ、桔梗の体がぶつかった衝撃で壁が脆くも崩れ去り、危うく落下しそうになる。
「おねぃさん!!」
「く、ニーズヘッグ!!」
落ちる直前、ナナセが召喚したニーズヘッグが桔梗を打ち上げる。おいおい、今のは攻撃並みの衝撃だぞ……。恐らく加減をする余裕もなかったんだろう、それが分かったから桔梗も咳き込みながら礼を言っていた。
「ククク……誰から殺してあげようか? 役立たずの兵器、裏切者の道化師、それとも愛に飢えた狂乱者かな? 忘却せし色欲魔も捨てがたい。……いや、奴らが動けるのもお前……」
そこでコタロウは一旦言葉を止め、俺の方を見てきた。ただの無表情だ。だけど一瞬で背筋が凍るような、そんな感覚にとらわれた。恐ろしい、殺される、今にも膝が笑い出しそうだ。
「調子に乗った力なき虚像の英雄。お前が一番目障りだねぇ。すぐに消してあげるよ」
怖いなんて言ってる場合じゃねぇ。俺とタケルの周りを一瞬で炎が包み込んだ。ぼーっとしてたらまる焼けだ。とっさに周りを岩で囲んだけど、防ぐどころか岩が熱され石焼状態になる。逃げようにも四方が炎の海だった。
「だ~れがボケだぁ~!! 色欲魔は否定しないけどぉ!!」
テンが怒りの声で水の魔法を放つ。おかげで俺の周りの炎が少し薄れた。いや、それより怒るのそっちかよ、否定しろよ!? 思っただけで突っ込む暇はなかったから慌ててタケルを連れて炎の海から逃げ出したけれど。
「タケル、平気か?」
「ん、ごめん。迷惑かけちゃった」
落ち込んだ感じでそんな事を言うタケルのでこを指先で弾いてやった。バカなこと言ってんじゃねーよ。額を押さえて顔をしかめているタケルを置いて俺は立ち上がる。ニヤリと笑ってやった。
「いつまでも助けられてばかりの男だと思うなよ。たまにはカッコつけさせろ」
すぐに土の剣を作り出しコタロウに向かっていく。
襲い掛かる炎を避けながら肉薄したけれど、リボンが一瞬で目の前に迫ってきた。咄嗟に避けた俺のふくらはぎに尖った岩が突き刺さる。それがコタロウの魔法だって気づくまでの数秒、タケルが剣でリボンを防いでくれてなければ恐らく俺はこの世を去ってただろう。ホント、まだまだ助けられてばかりだ。未だにカッコつけられない自分だったけど、悔しいとは思わなかった。これが今の自分だって思えたからさ。未来がある以上、諦めない限りチャンスはあるんだ。
俺達がコタロウと戦っている間、ヴェリアは桔梗とナナセが相手をしてくれていた。強化されたヴェリアの力は半端ない、ニーズヘッグの固い鱗すら打ち砕く程だった。
「彼女の薬が切れるまでの辛抱だよ。耐えて、ニーズ」
「く、殺るしかないのか? ヴェリア、頼む。私に辛い選択をさせないでくれっ……」
防ぎつつも攻撃して来ない二人に、ヴェリアは嘲笑った。邪魔なニーズヘッグを殴り飛ばし、怯んだところで桔梗に蹴りを放つ。とっさに飛び出して来たナナセがその蹴りを受け、肋骨が悲鳴を上げた。ニーズヘッグも衝撃で消え去っていく。
「ナナセッ!!」
さらに殴り飛ばそうとナナセに迫ったヴェリアに向けて、桔梗は地の魔法を放って防いだ。いや、防ぐだけじゃない、そのまま腹部を突き刺す。以前オルグを亡くした時、あの時は油断していたことで大切な人を亡くしてしまったのだ。どちらも失いたくない気持ちはあったが、どちらかしか守れないのならば、桔梗の答えは決まっていた。
「ク、クク……。シアン、やはり憎らしいオマエ……」
ヴェリアは腹部の傷などお構いなしに桔梗に殴りかかる。だが油断せずその腕を風の魔法で切り刻み、すぐにテンを呼んだ。ナナセの回復をお願いした直後避けるのが間に合わなかったのか、拳で腕の骨を打ち砕かれる。それでも呪文を唱えて魔法を放った。
「う、ぐぅっ……!」
それは突然だった。急にヴェリアが呻いて、地面に手をつきえずき始める。薬の副作用だろうか? それに気づいたコタロウが一つため息をついた。
「ふむ、やはり完全ではなかったか」
「コタロウ、テメェよそ見してんじゃねぇ!!」
隙を狙って斬り上げた俺の剣を軽く避けると、ヴェリアの方へと歩いていく。くそ、俺の事なんてその辺に居るアリンコぐらいにしか思ってねーんだろ!! 怒りのままに再び斬りかかったけど、腹部を蹴られて壁際まで押しやられた。そこは先程桔梗が落ちそうになった場所の真横だ、冷たい汗が背中を伝っていった。危ないどころじゃない、少しずれてたら崖下に真っ逆さまだったぜ……。
コタロウはヴェリアに近づくと、冷めた瞳で見下ろしたまま口を開く。
「役立たずは不要だ。先に行っていろ」
俺達が動く間もなく、ヴェリアを蹴り飛ばした。ヴェリアの体が俺の真横を突っ切っていく。壁が崩れ去った、真下は崖と海しかない場所だ。落ちたら確実に死ぬ。だけど、掴もうとした俺の手は間に合わなかった。
「あああ! コタロウさまぁぁぁ~~~~………………」
どんどん小さくなっていくヴェリアの声を聞きながら、何も出来なかった自分に歯噛みする。もう少し早く気づいて地の魔法で壁の穴を塞いでたら、とか色々考えた。今さら遅いけどさ。悔しくて拳を握り締めるしかなかった。
「コタロウ、テメェ! あいつはお前の仲間だろ!?」
怒りのままに叫んだ俺にコタロウは嘲笑する。こいつに大切なものなんて何もないんだろうな。怒りで気がおかしくなりそうだ。
「今の自分に必要のないものを切り捨てただけだ。文句があるなら力でねじ伏せてみるがいい」
言葉と同時に炎が巻き上がる。皮膚が焼かれる直前、フェンリルの氷が俺を守ってくれる。
「ごめん、ヴェリアを助けられなかった」
「ぼくの回復が間に合ってればっ……」
ナナセとテンも悔しそうにヴェリアが落ちて行った方を見つめる。桔梗は見るのも苦しいのかただうつむいて唇を噛んでいた。
「今出来ること、やろうぜ」
それだけしか言えなかったけど、俺は自分の魔法で作り上げた剣をタケルに渡す。自分の動きじゃコタロウに対抗することはできないって思ったんだ。
「俺がフォローする」
「うん!」
言葉と同時にタケルが駆け出した。コタロウは余裕の表情で剣筋を一つ一つ優雅に避けていく。桔梗が放った風の魔法をリボンで打ち消し、ナナセが呼び出したニーズヘッグを炎で焼いた。俺が回復している間にタケルが斬りかかる。それを軽く避けつつ放ったコタロウの蹴りはテンの防御壁が守った。
「あたし達は道具じゃないんだから!!」
タケルが剣を突き出す。それをコタロウは再び華麗に後ろに飛んで避けた。世界を作る? また俺達”紋章持ち”から力を奪って好き放題するだけだろ。タケルだって、”紋章持ち”だって、道具なんかじゃない。心ある人なんだ。だからこそ、こんなつらい事は早く終わらせなきゃいけない。お前にとってのクソやゴミだってこうやって精一杯生きてんだよ。負けてなんていられるか!!
持てる力全部を込めるつもりで、俺は自身の紋章に触れた。タケルの持っている剣に全ての力を注いでいく。元々は俺が作り出した剣だ。俺の意志のままに形を変え、避けたはずのコタロウの肩を貫いた。
「な……」
コタロウにも予想外だったんだろう、剣が突き刺さったままの自身の肩を見て目を見開いた。だけどそれも束の間、片手で目元を覆うと、くつくつと押し殺したような笑いを漏らした。
「本当に……お前たちは予想もしない事をする……。ククク、あはは! 面白くてしょうがないよ」
コタロウは俺の作った剣を引き抜くと、壁際まで歩いていく。何をしようとしているのか、俺達には何も分からなかった。
「ここで終わらせるには惜しくなった。あちらでまた会おう。ククククク……あはははは!」
コタロウはそのまま蝶のようにそこから身を投げた。だけど予想もしていなかった行動に俺達は一歩も動くことが出来なかったんだ。もやもやした気持ちだけが俺の中に残る。
「……おわっ、た……?」
暫くして一気に力が抜けたのか、ナナセが膝をついてぼそりと呟く。緊張していた糸がほどけ、俺もヘタリと床に尻をついた。
「あいつ、自分から身を投げやがった……。普通の人間なら確実に死ぬんだろうが、アイツ……死んだと思うか?」
あちらで会おうとか言ってやがった。あちらってどこだ? あの世か? 分からないけど、とにかくあいつは今この場から居なくなったんだ。ナナセも渋い顔で答えた。
「分からないよ……。だけど今は、終わったんだと思う。スッキリはしないけど、僕らはこれからの事を考えよう」
そのまま息をついて立ち上がると、ヤエの方へと歩いていく。ヤエもにこりと微笑んだ。
「お兄ちゃま。これから忙しくなるわね」
「そうだね。王もコタロウ様も居なくなってしまったし、クロレシアは荒れに荒れるだろうから……。まずは貴族たちを集めて今後の話し合いをしないと……。レスター卿、貴方にも手伝っていただきますよ」
ナナセの言葉にレスターは首を横に振った。手伝う気がないのかとも思ったけど、そうじゃなかった。
「貴方にはまだやるべきことがあるでしょう? クロレシアの事はオレがどうにかしますから、貴方はやるべきことを終えてください。オレはまず混乱を鎮めて貴族たちに情報を伝達しておきます。ただ……妹君のお力をお借りしたい。よろしいだろうか?」
レスターの言葉にナナセは迷う事なくうなずいた。ヤエも嬉しそうに微笑む。ナナセのやるべき事、それは俺のやるべき事でもあるんだ。レスターは俺の方に近づいて来ると、持っていた魔導砲の核を渡してくれる。
「これ以上緊張しているのも御免だ。早く持っていけ」
レスターが押しつけてきた魔導砲の核を受け取って俺は笑ってやった。自信満々に言ってやる。
「ちょっくら英雄になって来てやるから、楽しみに待ってろよ」
直後鼻で笑われた。だけど決してバカにしてるわけじゃないって分かったから、さらに笑みを深めてやる。そのまま視界の端に映った桔梗を見て、俺は笑いを引っ込めた。
「桔梗……」
「ああ、平気だ。ヴェリア……落ちて行くとき笑っていたからな。だから……これで良かったと思っている」
「そうか……」
それでもヴェリアが落ちて行った方を見つめていた桔梗に、それ以上声はかけなかった。あいつも心を整理する時間が必要なんだろう。そっとしておいてやりたかった。
「とにかくこれは破壊しておこうぜ」
またクロレシア王やコタロウみたいな奴が現れるといけないからな。俺は魔導砲を見上げた後、みんなの顔を見る。皆もうなずいてくれた。
「それじゃ……」
全員で今ある全部の力を使って魔導砲を破壊する。これでもう腐敗を招かれることもないだろう。後は大地を治すだけだ。終わったことは忘れて先の事を考えたら、少しだけ気分が浮上してきた。
「あーーーー!! おわったぁーーーー!! ぜんっぜんスッキリしないけど終わったぁーーーー!!」
テンが叫んで大の字に転がる。ナナセがヤエからノワールを受け取ると、転がっているテンの腹にノワールを乗せた。ふぎゃっと変な声を漏らしつつ起き上がるテンに、ナナセが極悪な笑みを浮かべる。
「いつまでも育児放棄してないで、パパ業頑張って欲しいよ。ねぇ、テン?」
ナナセの笑顔に臆することなくテンはノワールを受け取って見上げると、いつもと違う声色、演技じみた表情で語りかけた。
「はっはっは、何を言われますお義兄さま。ここは早急に婚姻の儀式を……」
「却下」
「えええーーー!? なんでさーーー!?」
……いつものやつだな。いきなり漫才を繰り広げだした二人は放っておいて俺はタケルに近づいていく。
「レガルに行って相殺させる機械受け取ったら、いよいよだな。長老達、ちゃんと機械作り上げてくれてるといいんだが……」
「ん、そーだね! いよいよだぁ」
にっこり微笑むタケルに俺も笑い返す。その間にナナセが漫才を終えてフレスヴェルグを召喚したのか、甲高い鳥の鳴き声が響いてきた。
テンの言う通り全然スッキリしない戦いだったけど、それでも進展はあったんだ。これで大地の腐敗が治せる。五人を乗せて飛び立つフレスヴェルグの背の上で、もやもやした気持ちを抱えてコタロウ達が落ちて行った海を見ながら、俺達はレガルへと向かっていった。
「うっしー動き鈍すぎ!」
「フェンリル!!」
焼かれる覚悟をしたけど、すぐにテンの魔法とフェンリルが生み出した氷によって炎を打ち消してくれた。ヴェリアは桔梗が止めてくれている。隙を狙ってタケルがコタロウに斬りかかっていったけど、油断なんてしないコタロウはリボンでタケルを切り刻んだ。
「タケル!!」
すぐに駆け寄って回復魔法を発動する。対処が遅かったら失血死だ。そんな俺に向かって蹴りを放ってきたヴェリアは、再び桔梗が地の魔法で防いでくれた。魔法で生み出した岩すら砕く威力だったけどな。何を飲んだか分からないけど、恐ろしいパワーだ。
「ヴェリア! 何故コタロウに従う!! いい加減目を覚ませっ……」
「あはは! 言ったでしょう? 私の全てはコタロウ様に捧げたの。蔑むなら蔑むがいい、これが私だ!!」
桔梗に向かって拳を振るう。地と風の魔法で威力を緩めたものの、体は奥の壁まで吹き飛んでいった。その先は崖だ、桔梗の体がぶつかった衝撃で壁が脆くも崩れ去り、危うく落下しそうになる。
「おねぃさん!!」
「く、ニーズヘッグ!!」
落ちる直前、ナナセが召喚したニーズヘッグが桔梗を打ち上げる。おいおい、今のは攻撃並みの衝撃だぞ……。恐らく加減をする余裕もなかったんだろう、それが分かったから桔梗も咳き込みながら礼を言っていた。
「ククク……誰から殺してあげようか? 役立たずの兵器、裏切者の道化師、それとも愛に飢えた狂乱者かな? 忘却せし色欲魔も捨てがたい。……いや、奴らが動けるのもお前……」
そこでコタロウは一旦言葉を止め、俺の方を見てきた。ただの無表情だ。だけど一瞬で背筋が凍るような、そんな感覚にとらわれた。恐ろしい、殺される、今にも膝が笑い出しそうだ。
「調子に乗った力なき虚像の英雄。お前が一番目障りだねぇ。すぐに消してあげるよ」
怖いなんて言ってる場合じゃねぇ。俺とタケルの周りを一瞬で炎が包み込んだ。ぼーっとしてたらまる焼けだ。とっさに周りを岩で囲んだけど、防ぐどころか岩が熱され石焼状態になる。逃げようにも四方が炎の海だった。
「だ~れがボケだぁ~!! 色欲魔は否定しないけどぉ!!」
テンが怒りの声で水の魔法を放つ。おかげで俺の周りの炎が少し薄れた。いや、それより怒るのそっちかよ、否定しろよ!? 思っただけで突っ込む暇はなかったから慌ててタケルを連れて炎の海から逃げ出したけれど。
「タケル、平気か?」
「ん、ごめん。迷惑かけちゃった」
落ち込んだ感じでそんな事を言うタケルのでこを指先で弾いてやった。バカなこと言ってんじゃねーよ。額を押さえて顔をしかめているタケルを置いて俺は立ち上がる。ニヤリと笑ってやった。
「いつまでも助けられてばかりの男だと思うなよ。たまにはカッコつけさせろ」
すぐに土の剣を作り出しコタロウに向かっていく。
襲い掛かる炎を避けながら肉薄したけれど、リボンが一瞬で目の前に迫ってきた。咄嗟に避けた俺のふくらはぎに尖った岩が突き刺さる。それがコタロウの魔法だって気づくまでの数秒、タケルが剣でリボンを防いでくれてなければ恐らく俺はこの世を去ってただろう。ホント、まだまだ助けられてばかりだ。未だにカッコつけられない自分だったけど、悔しいとは思わなかった。これが今の自分だって思えたからさ。未来がある以上、諦めない限りチャンスはあるんだ。
俺達がコタロウと戦っている間、ヴェリアは桔梗とナナセが相手をしてくれていた。強化されたヴェリアの力は半端ない、ニーズヘッグの固い鱗すら打ち砕く程だった。
「彼女の薬が切れるまでの辛抱だよ。耐えて、ニーズ」
「く、殺るしかないのか? ヴェリア、頼む。私に辛い選択をさせないでくれっ……」
防ぎつつも攻撃して来ない二人に、ヴェリアは嘲笑った。邪魔なニーズヘッグを殴り飛ばし、怯んだところで桔梗に蹴りを放つ。とっさに飛び出して来たナナセがその蹴りを受け、肋骨が悲鳴を上げた。ニーズヘッグも衝撃で消え去っていく。
「ナナセッ!!」
さらに殴り飛ばそうとナナセに迫ったヴェリアに向けて、桔梗は地の魔法を放って防いだ。いや、防ぐだけじゃない、そのまま腹部を突き刺す。以前オルグを亡くした時、あの時は油断していたことで大切な人を亡くしてしまったのだ。どちらも失いたくない気持ちはあったが、どちらかしか守れないのならば、桔梗の答えは決まっていた。
「ク、クク……。シアン、やはり憎らしいオマエ……」
ヴェリアは腹部の傷などお構いなしに桔梗に殴りかかる。だが油断せずその腕を風の魔法で切り刻み、すぐにテンを呼んだ。ナナセの回復をお願いした直後避けるのが間に合わなかったのか、拳で腕の骨を打ち砕かれる。それでも呪文を唱えて魔法を放った。
「う、ぐぅっ……!」
それは突然だった。急にヴェリアが呻いて、地面に手をつきえずき始める。薬の副作用だろうか? それに気づいたコタロウが一つため息をついた。
「ふむ、やはり完全ではなかったか」
「コタロウ、テメェよそ見してんじゃねぇ!!」
隙を狙って斬り上げた俺の剣を軽く避けると、ヴェリアの方へと歩いていく。くそ、俺の事なんてその辺に居るアリンコぐらいにしか思ってねーんだろ!! 怒りのままに再び斬りかかったけど、腹部を蹴られて壁際まで押しやられた。そこは先程桔梗が落ちそうになった場所の真横だ、冷たい汗が背中を伝っていった。危ないどころじゃない、少しずれてたら崖下に真っ逆さまだったぜ……。
コタロウはヴェリアに近づくと、冷めた瞳で見下ろしたまま口を開く。
「役立たずは不要だ。先に行っていろ」
俺達が動く間もなく、ヴェリアを蹴り飛ばした。ヴェリアの体が俺の真横を突っ切っていく。壁が崩れ去った、真下は崖と海しかない場所だ。落ちたら確実に死ぬ。だけど、掴もうとした俺の手は間に合わなかった。
「あああ! コタロウさまぁぁぁ~~~~………………」
どんどん小さくなっていくヴェリアの声を聞きながら、何も出来なかった自分に歯噛みする。もう少し早く気づいて地の魔法で壁の穴を塞いでたら、とか色々考えた。今さら遅いけどさ。悔しくて拳を握り締めるしかなかった。
「コタロウ、テメェ! あいつはお前の仲間だろ!?」
怒りのままに叫んだ俺にコタロウは嘲笑する。こいつに大切なものなんて何もないんだろうな。怒りで気がおかしくなりそうだ。
「今の自分に必要のないものを切り捨てただけだ。文句があるなら力でねじ伏せてみるがいい」
言葉と同時に炎が巻き上がる。皮膚が焼かれる直前、フェンリルの氷が俺を守ってくれる。
「ごめん、ヴェリアを助けられなかった」
「ぼくの回復が間に合ってればっ……」
ナナセとテンも悔しそうにヴェリアが落ちて行った方を見つめる。桔梗は見るのも苦しいのかただうつむいて唇を噛んでいた。
「今出来ること、やろうぜ」
それだけしか言えなかったけど、俺は自分の魔法で作り上げた剣をタケルに渡す。自分の動きじゃコタロウに対抗することはできないって思ったんだ。
「俺がフォローする」
「うん!」
言葉と同時にタケルが駆け出した。コタロウは余裕の表情で剣筋を一つ一つ優雅に避けていく。桔梗が放った風の魔法をリボンで打ち消し、ナナセが呼び出したニーズヘッグを炎で焼いた。俺が回復している間にタケルが斬りかかる。それを軽く避けつつ放ったコタロウの蹴りはテンの防御壁が守った。
「あたし達は道具じゃないんだから!!」
タケルが剣を突き出す。それをコタロウは再び華麗に後ろに飛んで避けた。世界を作る? また俺達”紋章持ち”から力を奪って好き放題するだけだろ。タケルだって、”紋章持ち”だって、道具なんかじゃない。心ある人なんだ。だからこそ、こんなつらい事は早く終わらせなきゃいけない。お前にとってのクソやゴミだってこうやって精一杯生きてんだよ。負けてなんていられるか!!
持てる力全部を込めるつもりで、俺は自身の紋章に触れた。タケルの持っている剣に全ての力を注いでいく。元々は俺が作り出した剣だ。俺の意志のままに形を変え、避けたはずのコタロウの肩を貫いた。
「な……」
コタロウにも予想外だったんだろう、剣が突き刺さったままの自身の肩を見て目を見開いた。だけどそれも束の間、片手で目元を覆うと、くつくつと押し殺したような笑いを漏らした。
「本当に……お前たちは予想もしない事をする……。ククク、あはは! 面白くてしょうがないよ」
コタロウは俺の作った剣を引き抜くと、壁際まで歩いていく。何をしようとしているのか、俺達には何も分からなかった。
「ここで終わらせるには惜しくなった。あちらでまた会おう。ククククク……あはははは!」
コタロウはそのまま蝶のようにそこから身を投げた。だけど予想もしていなかった行動に俺達は一歩も動くことが出来なかったんだ。もやもやした気持ちだけが俺の中に残る。
「……おわっ、た……?」
暫くして一気に力が抜けたのか、ナナセが膝をついてぼそりと呟く。緊張していた糸がほどけ、俺もヘタリと床に尻をついた。
「あいつ、自分から身を投げやがった……。普通の人間なら確実に死ぬんだろうが、アイツ……死んだと思うか?」
あちらで会おうとか言ってやがった。あちらってどこだ? あの世か? 分からないけど、とにかくあいつは今この場から居なくなったんだ。ナナセも渋い顔で答えた。
「分からないよ……。だけど今は、終わったんだと思う。スッキリはしないけど、僕らはこれからの事を考えよう」
そのまま息をついて立ち上がると、ヤエの方へと歩いていく。ヤエもにこりと微笑んだ。
「お兄ちゃま。これから忙しくなるわね」
「そうだね。王もコタロウ様も居なくなってしまったし、クロレシアは荒れに荒れるだろうから……。まずは貴族たちを集めて今後の話し合いをしないと……。レスター卿、貴方にも手伝っていただきますよ」
ナナセの言葉にレスターは首を横に振った。手伝う気がないのかとも思ったけど、そうじゃなかった。
「貴方にはまだやるべきことがあるでしょう? クロレシアの事はオレがどうにかしますから、貴方はやるべきことを終えてください。オレはまず混乱を鎮めて貴族たちに情報を伝達しておきます。ただ……妹君のお力をお借りしたい。よろしいだろうか?」
レスターの言葉にナナセは迷う事なくうなずいた。ヤエも嬉しそうに微笑む。ナナセのやるべき事、それは俺のやるべき事でもあるんだ。レスターは俺の方に近づいて来ると、持っていた魔導砲の核を渡してくれる。
「これ以上緊張しているのも御免だ。早く持っていけ」
レスターが押しつけてきた魔導砲の核を受け取って俺は笑ってやった。自信満々に言ってやる。
「ちょっくら英雄になって来てやるから、楽しみに待ってろよ」
直後鼻で笑われた。だけど決してバカにしてるわけじゃないって分かったから、さらに笑みを深めてやる。そのまま視界の端に映った桔梗を見て、俺は笑いを引っ込めた。
「桔梗……」
「ああ、平気だ。ヴェリア……落ちて行くとき笑っていたからな。だから……これで良かったと思っている」
「そうか……」
それでもヴェリアが落ちて行った方を見つめていた桔梗に、それ以上声はかけなかった。あいつも心を整理する時間が必要なんだろう。そっとしておいてやりたかった。
「とにかくこれは破壊しておこうぜ」
またクロレシア王やコタロウみたいな奴が現れるといけないからな。俺は魔導砲を見上げた後、みんなの顔を見る。皆もうなずいてくれた。
「それじゃ……」
全員で今ある全部の力を使って魔導砲を破壊する。これでもう腐敗を招かれることもないだろう。後は大地を治すだけだ。終わったことは忘れて先の事を考えたら、少しだけ気分が浮上してきた。
「あーーーー!! おわったぁーーーー!! ぜんっぜんスッキリしないけど終わったぁーーーー!!」
テンが叫んで大の字に転がる。ナナセがヤエからノワールを受け取ると、転がっているテンの腹にノワールを乗せた。ふぎゃっと変な声を漏らしつつ起き上がるテンに、ナナセが極悪な笑みを浮かべる。
「いつまでも育児放棄してないで、パパ業頑張って欲しいよ。ねぇ、テン?」
ナナセの笑顔に臆することなくテンはノワールを受け取って見上げると、いつもと違う声色、演技じみた表情で語りかけた。
「はっはっは、何を言われますお義兄さま。ここは早急に婚姻の儀式を……」
「却下」
「えええーーー!? なんでさーーー!?」
……いつものやつだな。いきなり漫才を繰り広げだした二人は放っておいて俺はタケルに近づいていく。
「レガルに行って相殺させる機械受け取ったら、いよいよだな。長老達、ちゃんと機械作り上げてくれてるといいんだが……」
「ん、そーだね! いよいよだぁ」
にっこり微笑むタケルに俺も笑い返す。その間にナナセが漫才を終えてフレスヴェルグを召喚したのか、甲高い鳥の鳴き声が響いてきた。
テンの言う通り全然スッキリしない戦いだったけど、それでも進展はあったんだ。これで大地の腐敗が治せる。五人を乗せて飛び立つフレスヴェルグの背の上で、もやもやした気持ちを抱えてコタロウ達が落ちて行った海を見ながら、俺達はレガルへと向かっていった。
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血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
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