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第五章 守りたいもの
第四十九話 爆弾と君
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ウッドシーヴェルがタケルとともに、サレジストの兵士ニタに連れられ地下を出て行ってすぐ、審査官のシェナがやって来た。すぐに抱きつこうと飛び出したテンに素知らぬ顔して足払いをかけたのはナナセだ。ここにウッドシーヴェルが居たなら拍手喝采で褒め称えていた事だろう。だが生憎今はただ見ているだけの桔梗と、床に打ち付けて赤くなった鼻を押さえながら睨みつけるテンしかいなかった。
「いきなりで申し訳ありませんが、二つお願いしたいことがあります」
ナナセが率先してシェナに話しかけた。ややこしくなる前に話をまとめてしまいたいと思った結果だったが、シェナはナナセを遮って先に言葉を発した。
「はい。しかし、まずはここを出ましょう。ここには私を憎く思っている方々もいらっしゃいますから。私の部屋にご案内致します。ついて来てください」
シェナおねぃさんの部屋!! と叫んでいたテンは総無視でナナセと桔梗はシェナに続いて檻の外へと出て行く。
「なんか二人とも反応うっすいなぁ~。うっしーが帰ってきたらリアクション大賞に任命してやろっと」
ウッドシーヴェルにとっては迷惑極まりないことを呟きながらテンも後に続いていった。
シェナの部屋はサレジスト城内にある。途中で三人分の身分証明を渡され、いつでも入城出来るようにと門兵に顔見せまでした。
「随分回りくどい事をしますね。何故こんなものを渡してまで僕たちを城内のあなたの部屋に導くのです? 城下町で宿を取らせれば早いのではないのですか?」
城内に入ってすぐ、閉まっていく扉を横目にナナセがそう問うた。シェナがクスリと笑む。
「貴方は賢いのですね。では、正直に申しましょう。それは貴方達が”紋章持ち”だからですよ」
「なるほど。精霊であるテン以外信用されていないという事か」
桔梗が不機嫌そうに告げる。信用していないのはこちらも同じではあった。ただシェナはこちらにとって必要な力と有用な情報を持っている。だから大人しくついて来ているだけに過ぎないのだ。桔梗はそのことを言葉でも暗ににおわせていた。シェナもそれに気がついたのだろう、ただ笑みを深めるだけだった。
「あーもー! 腹の探り合いはその辺にしてさぁ、とっとと爆弾の話しようよぉ」
いがみ合う三人に挟まれ、うっしーとタケルのおバカコンビが恋しくなってきていたテンだった。とにかく、と話題を変えつつシェナの背中を押していく。
「でもシェナおねぃさんは”紋章持ち”なのにすごく信頼されてるんだよね! 皇帝陛下ってどんな人? ってかあんな奴隷制度無くせないのかなぁ?」
「制度は……この国に代々受け継がれてきたものですから、たとえ皇帝陛下の命があったとしてもそう易々とは変えられないでしょう。まして奴隷である”紋章持ち”を開放するとなれば上層に暮らす人々が反発するでしょうし。つまり内乱にもなりかねないのです。ただ私のように魔力の流れを読める人間はこの国では貴重な存在ですからどんな身分でも受け入れてくださるのですよ」
テンがうへぇ、と声を漏らした。国というものは本当に面倒くさいんだなーっと改めて思ってしまう。
「僕には妹を殺されてもなお、この国に仕えているあなたの精神が良く分からないんだけど」
相変わらずナナセの言葉の端々には棘が混じっている。もしも大切な妹が殺されてしまったのならば、自分だったらこんな国など捨てて逃げ出しているだろう。その力があるならなおさらだ。どうしてもシェナの気持ちが分からなかった。
「貴方は……親の顔を知っている?」
「…………?」
「私たちは顔すら知らない。あの地下で産み落とされてすぐ、亡くなったから。物心ついた頃には父も母も私たちを育ててくれた人たちも、食い散らかされて腐敗したただの肉片になってた。だから初めてだった。皇帝陛下に優しくされたのが。これが親のぬくもりなのかもって思った」
シェナの過去を聞いて、ナナセは押し黙るしかなかった。自分には両親の記憶がある。妹も生きているのだ。だからこそクロレシア王を憎むことも出来たのであって、それを考えたらシェナは自分よりもさらに過酷な日々を送っていたのかもしれないと感じてしまった。しかもたった一人で、だ。
「申し訳ありません……」
「いいのですよ。この国の体制は確かに間違っています。ですが私には陛下を恨むこともできない、それさえ分かっていただければ」
たとえ力があっていい暮らしをしていたとしても、幸せとは言い難いのかもしれないと改めて思った。
「さぁ、ここが私の部屋です」
城の入り口から少し入った一つ目の角を曲がり、廊下を進んで三つ目の扉、そこがシェナの部屋らしかった。開けられて中をのぞいてみれば、そこは一つの図書館かというほど本が溢れていた。
「ぼく頭が痛くなってきたや。シェナおねぃさんにこれの解読任せちゃってもいいかなぁ~?」
「禁書になっていたものの解読を任せるとは……」
「へーきへーき」
不安げな桔梗とは別にあっけらかんとしたテンは本を下ろすと、それをシェナに見せた。シェナは少し覗き込んで首を横に振る。
「大地、とか腐敗、とか魔力の流れ、とか単語は分かるのだけど今すぐ全部解読するのは無理そう」
そっか~と肩を落とすテンの間にナナセが割って入った。腐敗という単語に過剰反応したのだ。
「もしかして解読出来たら大地の腐敗について何か分かりそうなのかい!? それならテン、爆弾処理と同時にすぐに解読を始めよう!」
ナナセの目がらんらんと輝いている。地下でタケルとともにどこかへ消えていたナナセを思い出し、桔梗は彼もあの事について知っていると察したのだろう、苦笑いだ。
「それじゃ私は情報収集に行って来よう。お前たちは解読を進めててくれ」
それだけ言い置いて、桔梗は情報収集の為城外へと再び歩いていった。
それから数日、しばらくは情報収集と解読に明け暮れたが、何かが分かる事も起こる事もなく、ただ日々を費やしただけに終わっていた。爆弾に関しても現物どころか情報すら得られることはなかったのだ。街の住人の話題と言えばここ最近来た可愛い旅行客の話でもちきりだ。何の役にも立たない話でしかないと桔梗は呆れるしかなかった。
「平和ボケもいい所だ。本当にクロレシアは爆弾を仕掛けに来ているのか……?」
その日も情報を得られず、桔梗は疑念の声を漏らしつつ帰還した。街の所々に魔力のゆがみは感じたが、シェナが情報収集に出ても何も言わない所を見ると大したものではないのだろう。魔導砲の影響かとも思われた。
「仕方ない、また明日だな」
今日も今日とて、騎士に睨まれながら城に入る。そのまま昼食をとってナナセと交代するのが現在の流れになっていた。この後はシェナに魔力の流れの見方と古語を学ぶつもりだ。教師になるなら知っておいて損はないだろう。
「ナナセ、今日も何もなかっ……」
なかったと言いながらドアを開けた途端、城外からいきなり破壊音が轟く。かなり激しいその音に全員が顔を壁の向こうへと向けた。
「もしかして爆弾ッ!?」
慌てて立ち上がったテンが、真っ先に城の外へと飛び出していく。
「嘘だろう!? 街には爆弾どころか敵の姿すらなかったぞ!?」
「潜んでいたのかもしれないよ!!」
桔梗とナナセも焦りながらも後に続いて外へ出た。その後を追ったシェナの視界にゆらりと黒い魔力の流れが映る。この強大な力……何なのだ、嫌な予感がひしひしと漂ってきた。
「とても大きな流れ……。これ程大きな魔力の流れ、今まで見たこともない」
心がざわめく。クロレシアから放たれた魔導砲の威力の約半分ほどもありそうな魔力の塊が城の外から流れてくるのをシェナは感じていたのだった。
「ど、う……して……!?」
城外に出てすぐ、そこに居た人物を見てナナセが驚愕の声を漏らした。テンも桔梗も声を発することもできずにただその人物を見つめていた。
「お兄ちゃま!? どうしてサレジストに!? いえ、ちょうどよかったわ、もうすぐ戦争は終わるの。このまま一緒にクロレシアへ帰りましょう?」
そこに居たのは長い白金の髪を可愛らしいリボンでまとめ、ピンクに白いレースをふんだんにあしらったドレスに身を包んだ八つになる少女……、ナナセの妹ヤエだったのだ。ヤエは杖を突くことなく確かな足取りでナナセの目の前までやってくると、スカートのすそを軽くつまんで可愛らしくお辞儀した。
「ヤエ……? 戦争が終わるって、どういうこと? どうして君がここに居るんだい!?」
「私がサレジスト帝国を壊しちゃうの。そうしたら戦争は終わる。功績を残した者の兄ならきっと王様も許してくださるはずよ」
仕草も表情も以前と何ら変わりない、彼女は確かにヤエだ。けれどなぜサレジストに居るのかが分からなくて、マジマジと彼女の顔を見つめてしまう。気が付けばヤエの背後には何人か見覚えのある顔が私服姿で控えていた。恐らくクロレシアの兵だろう。間違いなく爆弾を仕掛けに来ていたのだ。なぜ今まで気が付かなかったのかと歯噛みする。
「お兄ちゃま、帰りましょ?」
ヤエが呆然としていたナナセの手を取り、引く。だがナナセは我に返り、その手を振りほどいた。
「ごめん、ヤエ。今はクロレシアに帰る事は出来ないよ。僕は大地の腐敗の原因を探さなきゃいけないんだ」
ナナセの脳裏にはタケルに見せられた、腐敗している腹部がずっと離れずにあった。大地の腐敗の原因を見つけ出さなければ恐らくタケルを救う事は出来ないだろう。タケルの事を見捨てて、全て忘れたふりして今までのように暮らすことなど今の自分にはできそうになかった。
「それよりヤエ、せっかくここに来てくれたんだから」
僕と一緒に居よう、そう続けるはずだった。斜め後ろに居た桔梗が、生み出された闇の魔法で弾き飛ばされなければ。
「桔梗!?」
「おねぃさん!!」
ナナセとテンが桔梗に駆け寄る。新たな敵襲かとキョロキョロしているナナセに、後から出てきたシェナが駆け寄ってきた。
「あの子、恐ろしい魔力の流れ……。おかしい、これ程の魔力の持ち主に気が付かなかったなんてっ……。あの子、このまま城を破壊する気!?」
「ヤエが? そんなはずはない!! ヤエは魔法の使い方も知らないんだっ……。それにあの子がそんな恐ろしい事、考えるはずがないじゃないか」
だが、ナナセの言葉を否定するようにヤエがシェナに向けて魔法を放った。とっさに相殺の力を使ったシェナだったが、目の前で爆発し吹き飛んでいく。
「シェナおねぃさん!!」
「くっ……、相殺するための魔力が足りないっ……! あの子の魔力量計り知れないっ……」
シェナの顔半分が爆発した炎によって焼けただれていた。テンが回復している間にヤエがナナセの方へと近づいていく。止めようと間に入った桔梗は再びヤエの魔法で弾き飛ばされた。
「ねぇ、お兄ちゃま。お兄ちゃまはもう私の事なんて大切じゃなくなったの? コタロウ様に町に配置してある機械を通してお兄ちゃまの様子、時折見せてもらってたの。だけどお兄ちゃまずっと楽しそうに笑ってた。お兄ちゃま、私のことなんて忘れてた?」
「そんな訳ないじゃないか!!」
ヤエの事を忘れたことなどない、ヤエを救うためにまた自分を犠牲にしろと言われるなら迷うことなくそうするだろう。それなのにヤエは苦しそうに笑んだだけだった。
「うそ、だよ。お兄ちゃま約束してたよね? 会えない間は同じものを見ていようって。お兄ちゃまが最後に空を見上げてくれたのはいつ? 私と同じものを見てくれたのはいつ!?」
ヤエの質問にナナセは答えられなかった。いつもいっぱいいっぱいで空を見上げている余裕などなかったのだ。言い訳かもしれないが、やるべきこと、ヤエの救出方法、そればかりを考えていて約束を思い出しているひまなどなかった。
「お兄ちゃまが笑っててくれてると嬉しいって思ってた。でも考えちゃったの。このままお兄ちゃまが私を捨てて帰って来ないかもって思ったら、寂しくて生きていけないよっ……」
考えてみればヤエはまだたった八つなのだ。それを今まで気丈に振る舞っていたのだろう。自分が寂しいと感じている中で楽しそうな相手の姿を見せつけられれば、余計に寂しさが募るばかりだ。
「ごめんヤエ……。でもこれからはっ……」
一緒に居よう、と伝えるつもりだった。だが一歩遅く、続きの言葉は届かない。
「コタロウ様が教えてくれたの。戦争が終わればお兄ちゃまも帰ってくる。邪魔するものがあるなら全部消しちゃえばいいんだって。そのために魔力を抑制する装置もくださったし力の使い方も教えてくださった。足にも機械の補助を付けてくださったわ。だからまずは邪魔なサレジストの皇帝陛下を消すの」
言い終えると同時にヤエが遠くに向かって力を放った。それと同時に爆発音と黒煙が上がる。
「な……」
「あの魔力のゆがみ……まさかあれが!?」
「爆弾の設置は終わってる。あとは私が相殺の要領で力をぶつけて起爆させるだけよ」
「ヤエ、ダメだっ……やめてくれっ!!」
妹の手を汚したくはない。だからナナセは再び放ったヤエの魔法を止めようと、とっさにニーズヘッグを召喚したのだ。それが仇となってしまった。
「お兄ちゃま……どうして……。どうしてサレジストを守るの? 私と戦うの……?」
「ヤエ様、やはりナナセ様は変わってしまわれたのです。このまま罪人として処刑した後、貴女に夫を迎え爵位を継がせるべきです」
今まで黙って背後に控えていたクロレシアの兵士が、ヤエの心を刺激するように囁く。それと同時にヤエが頬に涙を伝わせながら魔法を発動した。
「いいえ。邪魔者を全部消しちゃえば、きっと昔のお兄ちゃまに戻ってくれるわ」
直後、サレジスト帝国のあちらこちらで爆発が起こった。
「いきなりで申し訳ありませんが、二つお願いしたいことがあります」
ナナセが率先してシェナに話しかけた。ややこしくなる前に話をまとめてしまいたいと思った結果だったが、シェナはナナセを遮って先に言葉を発した。
「はい。しかし、まずはここを出ましょう。ここには私を憎く思っている方々もいらっしゃいますから。私の部屋にご案内致します。ついて来てください」
シェナおねぃさんの部屋!! と叫んでいたテンは総無視でナナセと桔梗はシェナに続いて檻の外へと出て行く。
「なんか二人とも反応うっすいなぁ~。うっしーが帰ってきたらリアクション大賞に任命してやろっと」
ウッドシーヴェルにとっては迷惑極まりないことを呟きながらテンも後に続いていった。
シェナの部屋はサレジスト城内にある。途中で三人分の身分証明を渡され、いつでも入城出来るようにと門兵に顔見せまでした。
「随分回りくどい事をしますね。何故こんなものを渡してまで僕たちを城内のあなたの部屋に導くのです? 城下町で宿を取らせれば早いのではないのですか?」
城内に入ってすぐ、閉まっていく扉を横目にナナセがそう問うた。シェナがクスリと笑む。
「貴方は賢いのですね。では、正直に申しましょう。それは貴方達が”紋章持ち”だからですよ」
「なるほど。精霊であるテン以外信用されていないという事か」
桔梗が不機嫌そうに告げる。信用していないのはこちらも同じではあった。ただシェナはこちらにとって必要な力と有用な情報を持っている。だから大人しくついて来ているだけに過ぎないのだ。桔梗はそのことを言葉でも暗ににおわせていた。シェナもそれに気がついたのだろう、ただ笑みを深めるだけだった。
「あーもー! 腹の探り合いはその辺にしてさぁ、とっとと爆弾の話しようよぉ」
いがみ合う三人に挟まれ、うっしーとタケルのおバカコンビが恋しくなってきていたテンだった。とにかく、と話題を変えつつシェナの背中を押していく。
「でもシェナおねぃさんは”紋章持ち”なのにすごく信頼されてるんだよね! 皇帝陛下ってどんな人? ってかあんな奴隷制度無くせないのかなぁ?」
「制度は……この国に代々受け継がれてきたものですから、たとえ皇帝陛下の命があったとしてもそう易々とは変えられないでしょう。まして奴隷である”紋章持ち”を開放するとなれば上層に暮らす人々が反発するでしょうし。つまり内乱にもなりかねないのです。ただ私のように魔力の流れを読める人間はこの国では貴重な存在ですからどんな身分でも受け入れてくださるのですよ」
テンがうへぇ、と声を漏らした。国というものは本当に面倒くさいんだなーっと改めて思ってしまう。
「僕には妹を殺されてもなお、この国に仕えているあなたの精神が良く分からないんだけど」
相変わらずナナセの言葉の端々には棘が混じっている。もしも大切な妹が殺されてしまったのならば、自分だったらこんな国など捨てて逃げ出しているだろう。その力があるならなおさらだ。どうしてもシェナの気持ちが分からなかった。
「貴方は……親の顔を知っている?」
「…………?」
「私たちは顔すら知らない。あの地下で産み落とされてすぐ、亡くなったから。物心ついた頃には父も母も私たちを育ててくれた人たちも、食い散らかされて腐敗したただの肉片になってた。だから初めてだった。皇帝陛下に優しくされたのが。これが親のぬくもりなのかもって思った」
シェナの過去を聞いて、ナナセは押し黙るしかなかった。自分には両親の記憶がある。妹も生きているのだ。だからこそクロレシア王を憎むことも出来たのであって、それを考えたらシェナは自分よりもさらに過酷な日々を送っていたのかもしれないと感じてしまった。しかもたった一人で、だ。
「申し訳ありません……」
「いいのですよ。この国の体制は確かに間違っています。ですが私には陛下を恨むこともできない、それさえ分かっていただければ」
たとえ力があっていい暮らしをしていたとしても、幸せとは言い難いのかもしれないと改めて思った。
「さぁ、ここが私の部屋です」
城の入り口から少し入った一つ目の角を曲がり、廊下を進んで三つ目の扉、そこがシェナの部屋らしかった。開けられて中をのぞいてみれば、そこは一つの図書館かというほど本が溢れていた。
「ぼく頭が痛くなってきたや。シェナおねぃさんにこれの解読任せちゃってもいいかなぁ~?」
「禁書になっていたものの解読を任せるとは……」
「へーきへーき」
不安げな桔梗とは別にあっけらかんとしたテンは本を下ろすと、それをシェナに見せた。シェナは少し覗き込んで首を横に振る。
「大地、とか腐敗、とか魔力の流れ、とか単語は分かるのだけど今すぐ全部解読するのは無理そう」
そっか~と肩を落とすテンの間にナナセが割って入った。腐敗という単語に過剰反応したのだ。
「もしかして解読出来たら大地の腐敗について何か分かりそうなのかい!? それならテン、爆弾処理と同時にすぐに解読を始めよう!」
ナナセの目がらんらんと輝いている。地下でタケルとともにどこかへ消えていたナナセを思い出し、桔梗は彼もあの事について知っていると察したのだろう、苦笑いだ。
「それじゃ私は情報収集に行って来よう。お前たちは解読を進めててくれ」
それだけ言い置いて、桔梗は情報収集の為城外へと再び歩いていった。
それから数日、しばらくは情報収集と解読に明け暮れたが、何かが分かる事も起こる事もなく、ただ日々を費やしただけに終わっていた。爆弾に関しても現物どころか情報すら得られることはなかったのだ。街の住人の話題と言えばここ最近来た可愛い旅行客の話でもちきりだ。何の役にも立たない話でしかないと桔梗は呆れるしかなかった。
「平和ボケもいい所だ。本当にクロレシアは爆弾を仕掛けに来ているのか……?」
その日も情報を得られず、桔梗は疑念の声を漏らしつつ帰還した。街の所々に魔力のゆがみは感じたが、シェナが情報収集に出ても何も言わない所を見ると大したものではないのだろう。魔導砲の影響かとも思われた。
「仕方ない、また明日だな」
今日も今日とて、騎士に睨まれながら城に入る。そのまま昼食をとってナナセと交代するのが現在の流れになっていた。この後はシェナに魔力の流れの見方と古語を学ぶつもりだ。教師になるなら知っておいて損はないだろう。
「ナナセ、今日も何もなかっ……」
なかったと言いながらドアを開けた途端、城外からいきなり破壊音が轟く。かなり激しいその音に全員が顔を壁の向こうへと向けた。
「もしかして爆弾ッ!?」
慌てて立ち上がったテンが、真っ先に城の外へと飛び出していく。
「嘘だろう!? 街には爆弾どころか敵の姿すらなかったぞ!?」
「潜んでいたのかもしれないよ!!」
桔梗とナナセも焦りながらも後に続いて外へ出た。その後を追ったシェナの視界にゆらりと黒い魔力の流れが映る。この強大な力……何なのだ、嫌な予感がひしひしと漂ってきた。
「とても大きな流れ……。これ程大きな魔力の流れ、今まで見たこともない」
心がざわめく。クロレシアから放たれた魔導砲の威力の約半分ほどもありそうな魔力の塊が城の外から流れてくるのをシェナは感じていたのだった。
「ど、う……して……!?」
城外に出てすぐ、そこに居た人物を見てナナセが驚愕の声を漏らした。テンも桔梗も声を発することもできずにただその人物を見つめていた。
「お兄ちゃま!? どうしてサレジストに!? いえ、ちょうどよかったわ、もうすぐ戦争は終わるの。このまま一緒にクロレシアへ帰りましょう?」
そこに居たのは長い白金の髪を可愛らしいリボンでまとめ、ピンクに白いレースをふんだんにあしらったドレスに身を包んだ八つになる少女……、ナナセの妹ヤエだったのだ。ヤエは杖を突くことなく確かな足取りでナナセの目の前までやってくると、スカートのすそを軽くつまんで可愛らしくお辞儀した。
「ヤエ……? 戦争が終わるって、どういうこと? どうして君がここに居るんだい!?」
「私がサレジスト帝国を壊しちゃうの。そうしたら戦争は終わる。功績を残した者の兄ならきっと王様も許してくださるはずよ」
仕草も表情も以前と何ら変わりない、彼女は確かにヤエだ。けれどなぜサレジストに居るのかが分からなくて、マジマジと彼女の顔を見つめてしまう。気が付けばヤエの背後には何人か見覚えのある顔が私服姿で控えていた。恐らくクロレシアの兵だろう。間違いなく爆弾を仕掛けに来ていたのだ。なぜ今まで気が付かなかったのかと歯噛みする。
「お兄ちゃま、帰りましょ?」
ヤエが呆然としていたナナセの手を取り、引く。だがナナセは我に返り、その手を振りほどいた。
「ごめん、ヤエ。今はクロレシアに帰る事は出来ないよ。僕は大地の腐敗の原因を探さなきゃいけないんだ」
ナナセの脳裏にはタケルに見せられた、腐敗している腹部がずっと離れずにあった。大地の腐敗の原因を見つけ出さなければ恐らくタケルを救う事は出来ないだろう。タケルの事を見捨てて、全て忘れたふりして今までのように暮らすことなど今の自分にはできそうになかった。
「それよりヤエ、せっかくここに来てくれたんだから」
僕と一緒に居よう、そう続けるはずだった。斜め後ろに居た桔梗が、生み出された闇の魔法で弾き飛ばされなければ。
「桔梗!?」
「おねぃさん!!」
ナナセとテンが桔梗に駆け寄る。新たな敵襲かとキョロキョロしているナナセに、後から出てきたシェナが駆け寄ってきた。
「あの子、恐ろしい魔力の流れ……。おかしい、これ程の魔力の持ち主に気が付かなかったなんてっ……。あの子、このまま城を破壊する気!?」
「ヤエが? そんなはずはない!! ヤエは魔法の使い方も知らないんだっ……。それにあの子がそんな恐ろしい事、考えるはずがないじゃないか」
だが、ナナセの言葉を否定するようにヤエがシェナに向けて魔法を放った。とっさに相殺の力を使ったシェナだったが、目の前で爆発し吹き飛んでいく。
「シェナおねぃさん!!」
「くっ……、相殺するための魔力が足りないっ……! あの子の魔力量計り知れないっ……」
シェナの顔半分が爆発した炎によって焼けただれていた。テンが回復している間にヤエがナナセの方へと近づいていく。止めようと間に入った桔梗は再びヤエの魔法で弾き飛ばされた。
「ねぇ、お兄ちゃま。お兄ちゃまはもう私の事なんて大切じゃなくなったの? コタロウ様に町に配置してある機械を通してお兄ちゃまの様子、時折見せてもらってたの。だけどお兄ちゃまずっと楽しそうに笑ってた。お兄ちゃま、私のことなんて忘れてた?」
「そんな訳ないじゃないか!!」
ヤエの事を忘れたことなどない、ヤエを救うためにまた自分を犠牲にしろと言われるなら迷うことなくそうするだろう。それなのにヤエは苦しそうに笑んだだけだった。
「うそ、だよ。お兄ちゃま約束してたよね? 会えない間は同じものを見ていようって。お兄ちゃまが最後に空を見上げてくれたのはいつ? 私と同じものを見てくれたのはいつ!?」
ヤエの質問にナナセは答えられなかった。いつもいっぱいいっぱいで空を見上げている余裕などなかったのだ。言い訳かもしれないが、やるべきこと、ヤエの救出方法、そればかりを考えていて約束を思い出しているひまなどなかった。
「お兄ちゃまが笑っててくれてると嬉しいって思ってた。でも考えちゃったの。このままお兄ちゃまが私を捨てて帰って来ないかもって思ったら、寂しくて生きていけないよっ……」
考えてみればヤエはまだたった八つなのだ。それを今まで気丈に振る舞っていたのだろう。自分が寂しいと感じている中で楽しそうな相手の姿を見せつけられれば、余計に寂しさが募るばかりだ。
「ごめんヤエ……。でもこれからはっ……」
一緒に居よう、と伝えるつもりだった。だが一歩遅く、続きの言葉は届かない。
「コタロウ様が教えてくれたの。戦争が終わればお兄ちゃまも帰ってくる。邪魔するものがあるなら全部消しちゃえばいいんだって。そのために魔力を抑制する装置もくださったし力の使い方も教えてくださった。足にも機械の補助を付けてくださったわ。だからまずは邪魔なサレジストの皇帝陛下を消すの」
言い終えると同時にヤエが遠くに向かって力を放った。それと同時に爆発音と黒煙が上がる。
「な……」
「あの魔力のゆがみ……まさかあれが!?」
「爆弾の設置は終わってる。あとは私が相殺の要領で力をぶつけて起爆させるだけよ」
「ヤエ、ダメだっ……やめてくれっ!!」
妹の手を汚したくはない。だからナナセは再び放ったヤエの魔法を止めようと、とっさにニーズヘッグを召喚したのだ。それが仇となってしまった。
「お兄ちゃま……どうして……。どうしてサレジストを守るの? 私と戦うの……?」
「ヤエ様、やはりナナセ様は変わってしまわれたのです。このまま罪人として処刑した後、貴女に夫を迎え爵位を継がせるべきです」
今まで黙って背後に控えていたクロレシアの兵士が、ヤエの心を刺激するように囁く。それと同時にヤエが頬に涙を伝わせながら魔法を発動した。
「いいえ。邪魔者を全部消しちゃえば、きっと昔のお兄ちゃまに戻ってくれるわ」
直後、サレジスト帝国のあちらこちらで爆発が起こった。
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