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36.重い?
しおりを挟む夜も更けて、外はすでに真っ暗だった。街灯がいくつかあって、それのおかげで微かに周りの様子が分かるくらいだ。せめて月でも出ていればいいのに。
リールヴェリルス様……どこにいるんだろう……
トリステリクさんが言っていた、デルフィルスさんのいる武器屋は分からないけど、今朝来た時に、何となく武器を売っていた店があったことは覚えている。多分、その辺りだろう。
僕は、ロビーで借りたランタンに明かりをつけた。ありがたいことに、魔力を使わずに明かりをつけていられるものだ。
だけど……これだけで外を歩くのはまだ怖いな……魔物が出たら、僕らだけじゃ対処できるか分からないんだから。
「すみません……魔物を遠ざけるための道具って持っていますか?」
クイヴィーアさんにたずねると、彼は、小さな光る宝石のようなものを貸してくれた。クイヴィーアさんは「短い間しかもたないよ」って言ってるけど、ランタンと合わせたら、もう少し強化できそう。
僕は魔法で杖を呼び出して、魔物の素材を鎖状にしたものを使って、借りたものをランタンに括り付けた。
これで、ランタンに明かりを灯しているだけで、魔物を遠ざけることができるはずだ。
「……相変わらず、早いね……」
そう後ろからクイヴィーアさんに言われて振り向くと、彼はランタンを指差して言った。
「それ。それだけ早く改造できる奴、初めて見た」
「……そんなことありません……よく遅いって怒られていました……これで外を歩いても魔物は寄って来ないと思います…………い、行きましょう……!」
「……そんなに真っ青な顔で言わないでよ……ちょっとくらいなら、僕も戦えるから……」
「は、はい………………」
結界で守られているとは言え、魔物が多くうろつく森の中を歩くなんて、緊張する……早く、リールヴェリルス様に会えればいいんだけど……
宿の周りには、思っていたより街灯が並んでいた。だけど、やっぱり人通りはない。みんなもう寝ているか、魔物が来ないか見張りに出ているんだろう。
静まり返った夜に、宿の周りを二人っきりで歩きながら、僕は、クイヴィーアさんに振り向いた。
「……あ、あの…………クイヴィーアさん……」
「なに?」
「…………リールヴェリルス様……王都に反逆を疑われている、なんてことないですよね……」
「……まだ壊してないし、すぐに反逆だって言われることはないと思うけど……昔からリールヴェリルス様は、王家と仲悪かったから……砦の破壊も、やりかねないと思われているのかも。だけど、どちらかというと、竜族の方が心配してるみたい。そっちには僕が使い魔を送ったし、王家の方にも報告してるから。あの砦、魔物退治の拠点として機能してないって。そのうち砦の奴らは処分されると思う……」
「…………」
「だけど、勝手に砦を潰しちゃうと、レムイヴィルオ家が反逆を疑われることになるから……王家と竜族は僕に任せて、君はリールヴェリルス様を説得しておいてね!」
「……は、はい…………」
返事をした頃、クイヴィーアさんの方に、光る竜の姿をした使い魔が飛んでくる。
クイヴィーアさんは、それに触れて僕に振り向いた。
「第一王子殿下の使い魔だ……僕、ちょっと周辺の魔物の様子を見てくる」
「えっ……!??」
「先に行ってて! 何かあったら……」
彼は僕に、小さな竜の形の木の置物みたいなものを渡してくれる。
「それ、飛ばしてくれれば僕のところまで来るから」
「はい……」
「じゃあ、そっちはよろしくね!」
「は、はいっ……!!」
緊張したまま僕が答えると、彼は空を飛んでいった。空を飛ぶ魔法だ。
いいな……僕も空を飛ぶ魔法、使ってみたい……
渡されたものを見下ろすと、それはまるで生きているみたいに飛び上がって、僕の周りを飛び回る。
すでに魔力を持ってるんだ……これを大きくしたら飛べるんじゃないかな……
それが飛ぶ様をずっと見ていたら、すぐ頭上から声がした。
「フォルイト」
「えっ……!? あ、り、リールヴェリルス様……」
見上げると、空を飛んでいたリールヴェリルス様が、僕のところに降りてくる。
「何してるの? フォルイト。待っててって言ったのに」
「あ……す……すみません……」
「謝らなくていいよ。魔物が出たら危険だから言ってるだけだから。何してたの?」
「え…………えっと……」
「ん?」
「え……えっと………………」
砦、壊さないですよね? なんて、いきなり聞けない……
「あのっ……あの! と、砦っ……砦の方には、いつ行かれる予定なんですか!?」
「砦?」
「……国境近くの砦です……そこの門を通らないと竜族の国へは行けないし、ここの魔物退治を担っているのも……国境の砦、ですよね?」
「ああ……そのことか。それなら、近いうちにそこへ向かえそうだよ」
「えっ!??」
「ここを完全に結界で覆うことができたら、砦の方にも向かえると思う。この辺りを守る砦として、あそこは機能していないみたいだし、それどころか、冒険者や武器の職人、道具の整備士を魔物退治のためと称して連れて行ってるみたいだし、放っておけないだろ?」
「……は、はい……あ、あのっ……!」
「どうしたの?」
「あの……り、竜族と王家の方で、騒ぎになっているみたいです…………リールヴェリルス様が、砦を破壊してしまうんじゃないかって……」
「…………」
彼は、少しの間、黙っていた。けれどすぐに、「やってみようか?」と言って微笑む。
「…………え?」
「……フォルイトが望むなら……それもいいな…………」
そう言って妖艶に微笑んだリールヴェリルス様の表情を見たら、背筋が彼の冷たい手で撫でられたかのようにゾクッとした。
リールヴェリルス様の前にいると、たまにこんな恐怖を感じる。何を考えているのか分からなくて、ひどく怖いのに、なんだか周囲を囲まれてしまったようで、息が詰まりそうになる。
その手が、僕の首に触れた。首輪の微かに上に触れられて、ヒヤッと冷たいその感触に、微かに僕の体が震えた。
「………………フォルイトを傷つけるものは…………俺が破壊する……」
「り、リールヴェリルス様っ……ぼ、僕はそんなっ…………」
言いかけた僕に、リールヴェリルス様は、さっきまでの表情が嘘だったかのように笑う。
「とにかく、まずはここを守ることを考えないと。結界の道具の様子を見にいくけど、一緒に来てもらえる?」
「……え? ……は、はいっ!! も、もちろんですっ……!!」
返事をして、僕はリールヴェリルス様の手を握った。
彼が僕の手を握り返す力はひどく力強くて、僕は頼もしく感じるのに、一方で、彼が少しでも力を入れたら、僕の手は潰れてしまいそう。彼につけられた首輪が、少しだけ重く感じた。
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