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35.そんなあなたたちだから

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 テアフィザンの案内で、俺たちは近くにあった部屋に逃げ込んだ。
 普段は物置として利用されている部屋らしい。暗い、荷物がいくつも積まれた部屋に、魔王様はもたれかかってきた兵士を寝かせ、魔法で回復させる。
 それでも兵士は目を覚さない。さっきまでうなされているようだったのが、今は寝息を立てて寝ているから、少なくとも体は楽になったんだろうけど……

「魔王様……この人、一体どうしたんですか?」
「……魔力がほとんど抜けている。テトラの仕業だろう」
「魔力って、抜いたりできるんですか?」
「ああ。だが、そんなことをされて、急激に魔力を失った者は、最悪の場合死ぬ。ここでは魔力は血のようなものだからな」
「じ、じゃあこの人、し、死んじゃうんですか?」
「応急処置だけした。あとはここで休ませておく」

 そう言った魔王様は、すごく辛そう。本当は置いて行きたくなんかないんだろう。

 けれど、それを見ていたテアフィザンは、苦い顔で言った。

「ルイア……お前の気持ちはわかる。だが、今はそうやって、魔力を分け与えるような真似はしない方がいい。冷たいことを言うようだが、これから敵と戦うんだ。お前は一度魔力を失い、今もまだ、完全に回復していないんだぞ!」
「黙れテアフィザン。この国は俺の国だ。ここで生きる民の命を、そう簡単にあの子生意気な男に奪われてたまるか! 行くぞ。テトラは、あのパーティー会場だ!」

 部屋から飛び出して、俺たちはあの会場に向かって走った。

 魔王様の大事なものを、こんなふうに奪うなんて許せない。

 会場の扉が見えてきた。その向こうからは、ここからでも聞こえるくらい、悲惨な悲鳴が響いてきた。

「いやっ……! やめろっ……!! やめろおおおお!!」
「いや! 許してええ!!」

 聞いていられない。こんなこと、繰り返させるもんか。

 魔王様が、会場の扉を開く。

 中にいた一同が、みんな魔王様に振り向いた。

 またあの時と同じようなことが行われていたらしい。鎖に縛られ吊された人が何人もいて、彼らは魔力を奪われ、ぐったりしていた。

 舞台の上では、誰かが磔にされている。廊下まで聞こえていた悲鳴の主も、彼だろう。その前に立った男が、俺たちに振り返る。

 テトラだ。

 魔王様が、剣先をテトラに向けた。

「私の国で馬鹿げた真似はやめてもらおうか?」
「馬鹿げた? ご冗談はやめていただきたい。これは、れっきとした処罰です。あなたこそ、無作法な真似はやめていただきたい」
「寝言をほざくな。ここでありもしない罪人を嬲り、魔力を抜き、さらには各地から誘拐してまで力を集めていたのは貴様だな! 力のための狩りは禁じたはずだ!!」
「馬鹿らしい。力のための狩り? 私がいつそんなことをしたというのです? なんのために?」
「虐殺の魔物の話が、街で広まっている。これを見ても、貴様はそうして、シラを切るのか!!」

 魔王様が、バルコニーに向かって光を飛ばす。光は、窓ガラスを割って外に飛び出し、城の下に広がる海まで飛んでいく。

 どん、と、こちらにまで響くような音を立てて、海面が広く揺れた。海水が浮かび上がり、飛んできた光を捕まえて海に連れて行く。たまたま起こった波なんかじゃない。まるで、海から手が生えたかのような光景だった。

 その異様なものを見て、会場に集まった人たちがどよめく。
 ただ一人、テトラだけが、不気味な顔で笑っていた。

 それと対峙した魔王様は、テトラを睨みつけて続けた。

「貴様に罪人だと騒ぎ立てられた者は、ここで見せ物として魔力を抜かれ、海に捨てられている。他にも、イウのように、誘拐までして人を集め、力を抜いたのだろう? イウを誘拐した奴らも、すでに同じように海に落とされ処刑されている。他にも、貴様に冤罪をかけられ、その場で断じられた者もいたはずだ。あるものは魔力を抜かれ、あるものは海に突き落とされている。抜いた魔力は全て海の中だ」
「ええ。そうです」
「……この辺りの海岸一帯に結界を張ったのも貴様だな? 海域への人魚族の侵入を防止するために! 砂浜での魔力浸食は、それが漏れたものだろう。魔物になりきらなかった魔力が、砂浜に溢れていたんだ。馬鹿な真似をしてくれたな!! 貴様は、人魚族の出ではなかったのか!?」
「ええ。そうです。それが何だと言うんです? 私はもう、あんな奴らに興味はない」

 あっさり答えたテトラに、さすがの魔王様も、少し驚いたようだった。否定するかしらばっくれるかするかと思ったのに。何より、自分のしたことを暴露されている割には、ずっと穏やかに微笑んでいて、なんだか怖いくらいだ。

「先ほどあなたは、結界は人魚族を中に入れないために張ったのだろうとおっしゃったが、違います。結界を破壊しようと向かってきた人魚族たちを拘束し、ついでに魔力をいただくためです」
「……貴様……同じ人魚族まで手にかけたか…………それで、どうした? いきなり自白か?」
「ええ。もちろん」

 にっこり、テトラが笑う。まるで何かを宣言でもするかのような態度。

 魔王様の話を聞いて驚いたのは、その場で奴隷たちを嬲り、享楽に浸りきっていた人たちだけだった。

「なんだと!? テトラ!!」
「貴様!! 我々を力狩りに利用していたのか!?」
「このっ……! 反逆者め!! 貴様の方が罰を受けろ!!」

 口々に非難の声がテトラに向かって投げつけられる。

 テトラは怒るでも怯えるでもなく、歪んだ顔で哄笑を上げた。

「そんなあなたたちだから利用できたのです! 私だけでは、拘束した者をなかなか処刑にまで持っていけない。ですがこうして、魔王様が禁じたパーティーを催したら……どうだ!! あなた方はこぞって出席して、ここで嬲られた奴隷のその後など、誰も気にしないでいてくれた!! それどころか、むしろその者が消えてしまっても、まるでそんなもの、最初からいなかったかのように口を閉ざしてくれた!! 海になど、誰が戻るか! ここにいた方が、好きに力を狩れる!! こんな風にっ……!!」

 舞台に上げられ、鎖に繋がれていた男にテトラが触れると、その人の体がひしゃげていく。呻き声を上げるその人から光のようなものが漏れてきて、海に向かって飛んでいった。

 すると、大きく、海が揺れた。海面が盛り上がり、それは次第に、球の形を作って浮き上がる。生まれたいくつもの海水の玉は、海の水をすっかり持っていってしまい、砂浜がだいぶ広がったように見えた。海の上では、小さな海水の玉の群れが浮かんでいる。

 それを見て、誰もが驚きの声を上げた。

 あの空高く飛び上がったもの、全部海水でできた小さなスライムだ!!
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