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25.そんな筋合いない!

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 魔王様は、俺に振り向いた。

「イウ、お前はここにいろ」
「待ってください! 何で俺、ここにいなきゃいけないんですか! 俺も行きます!!」
「だめだ。牢にいるのは犯罪者ばかりだ。お前には会わせない。ここにいろ」
「それくらい、覚悟してきました!! 置いて行かないでください!!」
「……」

 魔王様は、なかなか答えてくれない。悩んでいるみたいだけど、俺には、魔王様だけ行かせるなんてできない。
 だって、魔王様はこうして今、俺の前で立っているのに、さっきのボロボロの魔王様の姿が頭の中にちらついている。それくらい、怖かったんだ。魔王様が死んじゃう気がして。もう、魔王様と離れたくない。

 難色を示す魔王様に、テアフィザンが言った。

「ルイア、私からも頼む。私だけではイウ殿を守り切れるか不安だ」

 すると、魔王様はしばらく考えて、俺の手を取ってくれた。

「私のそばにいて、離れるなよ」
「……えっ!? ……は、はい……」
「どうした? 人の顔をじろじろみて」
「へ!? ……あ、あの……る、ルイアって……」

 テアフィザンが、魔王様を呼ぶ時に使った名前を口にすると、魔王様はなんでもないことみたいに言った。

「私の名前だ」
「…………テアフィザンさんは……ずっと名前で呼んでるんですか?」
「昔からの知り合いだからな」
「そうですか……」

 俺なんか、今初めて魔王様の名前を知ったのに。聞かなかったのは俺なんだけど……俺はずっと、魔王様って呼んでるのに。

 なんだか魔王様の顔が見れなくなって、目をあわせないようにしていると、魔王様はニヤニヤ笑いだす。

「お前もルイアと呼んでいい。伴侶なのだから」
「……」

 伴侶って、簡単に言うんだ。魔王様は。まだ名前すら呼んだことのない俺に。

 どのくらい本気なんだ? なんでそんなこと言うんだ?

 伴侶って、会ったばかりのころから言われていたから、本気なのか、からかわれているのか分からない。
 あの時は俺だって、ふざけんなって思っただけだった。
 それなのに、なんで今になってこんな言葉を気にしているんだ。魔王様の言うことなんて、放っておけばいいのに。なんでこんなに気になるんだ。
 なんだか、モヤモヤする。さっきもひどいやり方でからかわれたし。俺はまだ怖いくらいなのに。

 魔王様は、俺のこと、一体何だと思ってるんだ。
 伴侶? 性奴隷? それとも、弄ぶための玩具か?

 そんな俺のモヤモヤに気づく由もない魔王様は、俺の手を引いて、牢を出ていく。

「イウ? どうした? 行くぞ」
「……はい……」

 なんで魔王様は、いつもこんな風に余裕で笑うんだろう。俺は苦しいのに……






 俺は、魔王様と二人で牢を出た。
 牢の外は、暗い廊下が続いていて、重たそうな石でできた扉が並んでいる。空気も何だか淀んでいて、歩いているだけでも、気分が悪くなりそうだ。

「魔王様……囚人に話を聞くって……一体、どうするんですか?」
「お前は私のそばにいればいい」

 振り返らずに言った魔王様は、そばにあった扉を蹴り飛ばした。扉はあっさり崩れてしまう。

 なんで!? 石でできているようにしか見えないのに!!

 中にいた人も驚いて、拘束されたまま後ずさる。中年の、体格の良い男で、いきなり牢の扉が壊れて、かなり驚いたようだ。

「な、ななな、なんだお前ら!?」

 冷や汗をかいている人に、魔王様は近づいていく。

「お前はなんの罪でここにいる?」
「んなこと、お前に関係ないだろ」
「いいや。この部屋には、特別強い鍵の魔法がかけられていた。よほどのことをしないと、そんなものはかけないはずだ」
「だからなんだ? 言っておくが、俺は冤罪だぞ。テトラに魔力浸食に手を貸した疑いをかけられたんだ!!」
「テトラに? やはり……そうか……」
「……お前、何か知っているのか?」
「ああ。まあな」

 魔王様は、そいつの隣に座り、右手だけで彼の手枷をやすやす引きちぎると、魔法で酒の瓶を呼び出した。

「とりあえず、酒でも飲んで話を聞かせろ」
「……お前、何者だ?」

 魔王様の幻術が効いているんだろう。その人は、しばらく魔王様のことを疑うような目で見ていたけど、どかっとその場であぐらをかいて、自分の首輪と壁とをつなぐ鎖を指していった。

「酒を飲むなら、せめてこれを外してくれ」
「それはできない。逃げられては困る」
「ちっ……しっかりしてやがる。おい、酒を注いでくれ!」

 繋がれたままの人に呼ばれたのは俺。

 驚いた。

 酒を注ぐって……お、俺がか!?

 なんでそんな当たり前みたいに言ってるんだ!? さっきのをしろっていうことだよな!? な、なんでいきなりそんなこと言うんだ!?

 びっくりする俺だけど、その人は平然としていた。
 いちいちびっくりする俺が馬鹿なのか!? もしかして、これは当たり前なことなのか!? あのパーティーでも、みんなやってたし。

 魔王様は、少しムッとして、俺を止めてくれる。

「そんなことはしなくていい」
「魔王様……」
「やはり、お前は向こうに戻れ。テアと一緒に私を待っていろ」
「……」

 また、そういう風に言うんだ。待ってろって。
 伴侶って言うくせに。
 だいたい俺には、魔王様に守ってもらう筋合いなんかない。
 さっきからからかわれたことだって、許してないし、俺をからかってばかりの魔王様の言うことなんか聞きたくない。だいたい伴侶って言うくせに、追い返そうとするなんてひどい。俺は魔王様のことが心配で、そばにいたいのに。

「さ、酒くらい……俺にだって注げますっっ!! 魔王様は黙っていてくださいっっ!!!!」

 俺が大きな声をだして言うと、魔王様も牢獄の人も、ちょっとびっくりしたようだった。

 魔王様なんか……俺をからかって、困らせて楽しむ奴に守られてやる筋合いなんかない。酒を注ぐくらい、俺にだってできるし、さっき無理矢理魔王様にキスされたから、もうファーストキスじゃないし、別に魔王様となんか、キスしたくてしたわけじゃない!!

 俺は、酒を口に含んで、その人に顔を近づけようとした。すると、彼は驚いたのか気に入らなかったのか、たじろいでしまう。

「な、なんだ!? なんだよ!! 何する気だよ!!!!」
「え!? えっと、こうするんじゃないんですか?」
「何言ってるんだ?? 酒注げって言ったら普通にコップに注ぐんだよ!!」
「そ、そうなんですか!?」

 なんだ……今度は普通についでいいのか……だったらそう言ってくれ。勘違いして、恥ずかしいじゃないか。
 そして、ホッとしている自分がなんだかムカつく。キスくらい、平気なはずなのに。

 でも、あれをしなくていいなら、酒くらい、問題なく注げる。

「す、すみません。俺、勘違いしちゃって。今度は普通に注ぎます!」
「あ、ああ……そうしてくれ」

 俺は酒瓶を傾けて、その人に酒を注いだ。

 彼も、こんなものは久しぶりらしく、一気飲みして嬉しそう。

「うまいじゃないか。あんなことする割には」
「あ、あれはただの勘違いですっ……忘れてください……」
「じゃあ、もういっぱいくれ」
「はい!!」

 早速注ごうとしたけど、うしろから魔王様に酒瓶を取り上げられてしまう。しかも、怖い顔で睨まれた。

「お前は向こうに戻れ。命令だ」
「なんで俺がそんなもん聞かなきゃならないんですか。俺、家来じゃないし、伴侶でもなんでもないんですけど?」
「貴様……」

 魔王様の目がますます怖くなって、震え上がりそう。だけど負けるもんか。悪いのは、俺をからかうだけからかって放置する魔王様だ!

 睨み合う俺たちから、その人は酒瓶を奪って自分で酒を注いで言った。

「なんなんだお前ら……そっちのお前は、なんでドレスなんて着てるんだ?」
「無理矢理着せられたんです!! そっちの人に!! 俺は全然着たくありませんでした!! 相手もいないし!!!」

 ただの事実を言って、俺は魔王様から顔をそむけた。魔王様の怖い視線を感じるけど、そんなの、なんてことない。だって俺は怒ってるんだから。

 何か言われるんじゃないかと思ったけど、魔王様は、牢獄の人から酒瓶を取り上げて言った。

「魔力浸食に加担したというのは本当なのか?」
「それは冤罪だって言っただろ! テトラが勝手に言い出したんだ!! 前はテアフィザン様のそばにいた連中に難癖つけてる感じだったが、今じゃあいつ、手当たり次第だ。適当なこと言って罪人だって騒いで、魔力を抜かれた奴らも大勢いる」
「そうか……」

 魔王様は徐に立ち上がった。

「貴重な話が聞けた。感謝する」
「おい! 待てよ!! 鎖を外してけ!!」
「できるか。そんなこと。まだ貴様を信用したわけじゃない」
「さっき感謝するっつっただろ!」
「話には感謝する。しかし、それとこれとは別問題だ」
「ちっ……!」
「冤罪だというのは本当か?」
「あ? 何度言わせんだ!?」
「……魔王の前で誓えるか?」
「は……?」

 その人の前で、魔王様の姿が、かすかに揺らいだ。俺には、同じ姿をしているようにしか見えないけど、彼には突然目の前の人が魔王様に変わって見えたんだろう。

「ま、魔王様っ!?」
「どうなんだ?」
「は、はい!! もちろんです!」

 その人はさっきまではあぐらをかいていたのに、すぐにその場に跪く。

「魔王様の前で嘘なんて、口が裂けても申しません!! 誓って、俺は何もしていません!」
「そうか……では、しばらく待っていろ」

 魔王様がそう言うと、その人の首輪と壁をつなぐ鎖がちぎれた。

「魔王様……」
「お前のことは、信じられそうだ」
「は、はい! 感謝いたします!!! そ、そうだ……ま、魔王様!!」
「どうした?」
「……テトラを相手にするなら、気をつけてください。あいつ、何をするかわかりません。この前は、力の狩りを続けていた連中を、全員捕らえて、勝手にその場で処分したらしいんです。自分はテアフィザン様から罪人をその場で処分する権利を与えられているとか言って……」
「処分……?」
「俺も、詳しいことは知りません。でも、どうか気をつけてください……あいつ自身が、力のための狩りを続けてるって話もありますから」
「そうか……覚えておく。明日にはお前は自由だ」
「あ、ありがとうございます!! 感謝いたします!!」

 涙目で返事をして頭を下げるその人を置いて、魔王様は俺を連れて部屋を出た。

 魔王様って、ちゃんと魔王様なんだ……普段は意地悪なだけの人なのに。

 牢を出ると、魔王様は俺を見下ろして言った。

「後で見ていろよ……」
「な、何をですか……」

 魔王様、めちゃくちゃ怒ってる。俺の前では、やっぱり意地悪で俺をからかってばかりの魔王様じゃないか。
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