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24.なんてひどい魔王だ!

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 しばらく待つと、魔王様が出てきて、俺を呼んでくれた。

「終わったぞ」
「は、はい……」

 魔王様に呼ばれて中に入ると、さっきよりヒビが大きくなった壁に、テアフィザンが寄りかかっていた。よほど殴られたのか、顔も体も腫れている。そしてその隣には、首輪をつけられ、鎖でぐるぐる巻きにされて、ぐすぐす泣いている痩せ形で小柄な男がいた。

「あ、あんなに殴らなくても……し、死ぬかと思った……ぎゃ!!」

 泣いているその人の背中を、魔王様が踏みつける。散々ひどい目に遭わせられた後らしく、その人はますます怯えて泣き出した。

「や、やめてください……踏まないでください……」
「この程度で許してやっているんだ。感謝しろ」
「や、やめて……」

 グリグリとその人の背中を踏みつける魔王様は、やってることがさっきのテアフィザンとあんまり変わらない。
 あの人が、テアフィザンの体を乗っ取り、彼を自在に操っていた人なんだろう。
 とすると、隣でぐったりしているのは、それから解放された、本物のテアフィザンのはずだ。犯人もろとも殴られたらしい彼は、恨めしげに魔王様を見上げて言った。

「何も殴らなくてもいいだろう……魔法で引き剥がすとか、他に方法はいくらでもあったはずだ……」
「腹が立ったんだ。助けてやったのに、文句があるのか?」
「…………いいや。伴侶の方に、嫌な思いをさせてしまったことも事実だ……私にとやかく言う資格はない……」
「物わかりがいいじゃないか。では、イウに対してしたことを詫びてもらおうか?」

 魔王様がそう言うと、テアフィザンは俺の前で膝をつき、頭を下げる。
 そんなことをされて、俺は焦った。そんなことして欲しいわけじゃないし、さっきのあれは、テアフィザン自身がやったことじゃない。

「や、やめてください!! 俺はいいんです!!」

 慌ててテアフィザンの地面についた手を取ると、背後から魔王様の怒りまじりの声がした。

「そんな奴を庇うな。お前を鎖に繋いだ男だぞ」
「そ、それはこの人自身がしたんじゃないし……だいたいそれ、魔王様だってやったじゃないですか!!」
「お前は私の伴侶だろう」
「勝手に決めないでください! 返品されたんだから、もう魔王様のものじゃないです! むしろ、魔王様の方が俺に謝ってください!! やられたふりして俺をからかって!!」

 怒鳴りつけても、魔王様は素知らぬ顔。困った魔王様だ。

 テアフィザンが、俺に微笑んで言った。

「イウ殿は優しいな」
「べ、別に俺は優しくなんか……テアフィザンさん、あの……怪我、大丈夫ですか?」
「ああ」

 そう言われても、あちこちから血が流れていて、気にするななんて言われても無理な話だ。そうした魔王様の方は全く気にしていないようだけど。

「テア、あまり私のイウに近づくな。それは私のものだ」
「分かっている。もう殴られたくはないからな……」
「あんな奴に喰われて私を侮辱した仕置きにしては、甘すぎて泣けてくるくらいではないか? それは一体なんだ?」

 魔王様は、部屋のすみで縛られたまま泣いている男に向き直る。すると、一番魔王様を怒らせたであろうその男は震え上がった。

「ひいぃぃ……お、お慈悲を……」
「貴様はなんだ? 何故こんな真似をした?」
「そ、それは……ぶっ!!」

 話しかけたのに、魔王様はその男の背中を踏んでしまう。

「手短に話せ。貴様の声は聞くに耐えん」
「は、はい……お、俺……に、人魚族なんです……」
「人魚族だと?」
「はい……だ、だって最近、あなた方が、海の物を勝手に持っていくから……だ、だから、この辺りを治めるテアフィザンを意のままに操って、地上の奴らを蹂躙するつもりだったんですう……わ、悪気はなかったんです! 許してください!!」
「蹂躙だのと言っておきながら、何が悪気がないだ。貴様一人で、そんなことができると思っていたのか?」
「で、でも……結構うまく行きましたよ?」
「黙れ」
「ぎやあああっっ!」

 何度も蹴られて、その人が悲鳴を上げる。むしろ魔王様の方が、さっきのテアフィザンより酷い気がしてきた。
 縛られたままの男は、背中に靴の跡をつけて、また泣き出してしまう。

「うっ……う……ひ、ひどい……なんて酷い魔王だ……」
「何か言ったか?」
「い、いえ!! 素晴らしい魔王様だと思います!!」
「命があっただけでも、ありがたいと思え。何が海の物を勝手に持っていくだ。貴様らとて、地上の資源を受け取っているはずだ。取るだけ取って、自分たちのものは一つも渡さない気か! 図々しい!!」
「だ、だからって、蹴らなくても……」
「貴様のような情けない男が、よくこんな大それたことをできたな」
「そ、それは……あのテトラって人が手伝ってくれたんです……」
「テトラ……あれか……」

 魔王様は、テアフィザンに振り向いた。テアフィザンも、難しい顔で言う。

「テトラはそもそも、私が任命したのではない。知り合いから、有能だから使ってやってくれと言われて、城では最初、事務仕事をしていたんだ」
「……そんな奴が反乱か……」
「ああ。おそらくな……その知り合いは、先代魔王に心酔していた。今も、お前のことを認めていない。城にいる青二才の横暴な餓鬼より、自分の方が先代の意思を受け継ぐ魔王にふさわしいと嘯いている始末だ」
「誰が青二才だ……」
「落ち着け。知り合いの話したことだ。気にしなくていい」
「貴様、私を殴っている間、横暴な餓鬼と言ってなかったか?」
「それは、そこにいる男に体を乗っ取られて言ったことだ。私自身は、そんなことはあまり思っていない。横暴は常日頃感じているが……いや、冗談だ。と、とにかく、テトラはその知り合いの影響を受けたか、そうでなければ、それの命令で、魔王様を亡き者にするよう言われたか、どちらかではないのか? 魔力浸食を起こしたのも、恐らくテトラだろう」
「馬鹿な真似をしてくれたな……まさか、虐殺の魔物も、あの男が……?」
「虐殺の魔物だと?」
「聞いていないのか? 外ではそれが現れると噂が広まっているぞ」
「それは知っている。だが……まさか、そんなものが……」

 二人が話している中、魔王様の足元の人が、かすかに口元を押さえていた。この人、笑ってる?

「あの……あなた、何か知ってるんですか?」

 俺が聞いても、その人はそっぽを向いてしまう。

「貴様のような醜い奴隷風情が誰に口をきいて……ぎやあああああっ!!!」

 話の途中で、何度も魔王様に蹴られて、そいつは悲鳴を上げる。

「私の伴侶だ。侮辱するな。殺すぞ」
「も、申し訳ございませんんん……」
「何が知っているなら話せ」
「そ、それはその…………て、テトラさんから、虐殺の魔物の話、聞いたことあるんです。あれは素晴らしい力を持っているって……」
「そうか……それで?」
「え?」
「他にないのか?」
「へ!? な、ないです……それだけです……うわあああ! 蹴らないで! 本当に知りません!!」
「役立たずめ。貴様のことは、罪人として城に送る。覚悟しておけ!!」
「は、はいい……」

 答えたその人の体が縮み、小さな鳥籠が、彼を捕まえる。

「ここは地下牢だ。おそらく、例の魔力浸食に対する疑いをかけられたものたちが投獄されているはずだ。そいつらに話を聞きに行くぞ」
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