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16.お前は私の奴隷だろう?
しおりを挟む魔王様はずっと、顔をしかめている。
なんだかただならぬ様子に見えて、俺は恐る恐る声をかけた。
「あの……」
「どうした?」
「さっき言ってた、虐殺の魔物ってなんですか?」
「命あるものならなんでも食い荒らして進む、強力な魔物のことだ。昔はたまに出ていたが、最近は魔力の管理もすすんでいる。そんなものが現れるとは思えない」
「……あの……」
「今度はなんだ?」
「さ、差し出がましいと思いますが……ま、まだ、そうと決めてしまうのは、早いと思います……」
「……生意気にも私に意見するか……」
「ち、違います! 意見とか、そんなつもりじゃなくて……い、いや、意見ではあるんですけど、あなたの話を否定する気はありません!! 俺はここへ来たばかりで、ほとんどここのことを知らないし……で、でも、その……俺を捕まえてた倉庫の人たちが、そんな話をしてました。虐殺がどうのって……」
「なんだと?」
「そ、そんな単語を聞いたかもってだけで、他に何か聞いたわけじゃないけど……」
「そうか……それなら、使い魔を飛ばして調べさせるか……」
魔王様はうなずいて、フライドポテトについていたケチャップのカップを手に取った。すると、それはぼんやり光だし、さっきまでただのケチャップだったものが、小さな犬に姿を変える。それはまるで本物の犬みたいに、魔王様に振り向き、その場にちょこんと座った。
「可愛い……」
「使い魔だ。行け。虐殺の魔物の話を嗅ぎつけろ」
すると犬は、わん、と鳴いて、テーブルから降りて走っていく。
魔王様は残っていたアイスコーヒーを全部飲んで立ち上がった。
「私たちも行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「お前を拘束していた連中が使っていた倉庫だ」
「え……」
また、あそこへ行くのか?
できれば、二度とあそこには近づきたくない。まだあいつらの残党がいるかもしれない。そんなところへ、行けるはずがない。
「い、嫌です……」
「なに?」
「そんなところへは……行きたくありません……」
多分、また怒鳴られるんだろうと思った。逆らうなって。
そしたら、魔王様は俺の隣まで来て、俺の腕を強く握った。
「おい」
話しかけられても、声も出ない。すると魔王様は俺を抱き寄せて言った。
「お前は私の奴隷ではなかったのか?」
「い、いらないって言ったくせに!! ひゃ!!」
こめかみのあたりに唇が触れる。ちゅって音がするほんの少しの間だったのに、身体が跳ね上がるくらい感じてしまう。
「私はそんなことを言った覚えはない」
「な、なんで……い、今更…………」
「むしろ、お前が欲しくなった」
「は!?」
驚く俺の顔を持ち上げて、魔王様が笑う。すぐそばで顔を見下ろされて、なぜかその唇を意識してしまう。
「喜べ。魔王に気に入られたのだぞ」
「そ、そんなのっ……嬉しくありませんっ……!」
「もうお前を離す気はない。他の男が触れることも許さない。お前はずっと、私のそばにいろ」
魔王様の顔が近づいて来て、俺は目を閉じた。
今度こそ、キスされる……!
だけど唇にそれがくることはなかった。代わりにおでこに温かくて濡れた唇が押し当てられる。
「やっ……」
「私の奴隷のくせに、嫌だだと?」
「あっ!!」
今度は、頬にキスされる。その後も、首や唇のすぐ近くにまで。怯える俺を楽しんでるみたいだ。
「ま、魔王様っ……!! 待ってくださいっ……!」
「ちゃんとついてくるか?」
「い、行きます!! 行くからっ……」
真っ赤になりながら言うと、やっと魔王様は俺から離れてくれた。
「いい子だ」
「……」
「まるで怯えた子犬だな」
「こいうです……」
「そんな顔をしなくても、お前に近づくものは私がすべて斬り刻んでやる」
「……やっ!」
また顔を近づけられて、ビクッと身体が震えた。だけど、そいつは俺の口のそばにキスしただけ。
「……キスは嫌か?」
「い、嫌って言うか……し、したことないし……」
「いずれ、自分から私にキスをせがむようになる」
「……」
絶対にならないと思う。魔王様、意地悪だし。
何だか不満だけど、魔王様がそばにいてくれるなら……いいか。どうせ、魔王様について行かなきゃ、元の世界に帰れないんだし。
話が決まったらお腹が空いて、俺は残っていたホットドッグに手を伸ばした。
「そ、そんなところへ行く予定なら、さ、先に言ってください……そしたら、心の準備もできたのに……」
「お前の方こそ、どこへ行くのかも知らずについて来たのか?」
「俺がどこ行くんですかってきいても、なにも教えてくれなかったくせに!!」
「そうだったか?」
「な、なんで朝、あんなに機嫌悪かったんですか?」
「……夜になったら教えてやる」
「今がいいです……」
「だめだ」
「なんでですか?」
「それも夜になったら教えてやる」
頑なだな……夜に何かあるのか?
まだ食べていなかったホットドッグを、魔王様は一気に食べて、俺に手を伸ばす。
「行くぞ」
「へ? うわっ!!」
手を握られて、引き寄せられて、抱きしめられる。
俺はこんなことされるとドキっとするのに、魔王様はいつも普通にこういうことをする。
なんとも思わないのか?
見上げた魔王様は、まるで平気な顔だ。
俺が焦ってるだけか……割り切るって決めてるんだから、気にしないようにしよう……
俺と魔王様の周りに風が吹いて、まるで風に包まれたみたい。そして、その風に乗るようにして体が浮き上がる。足元がふわふわして、どう立っていいのか分からない。心許ない浮遊感の中で、魔王様は俺を抱きしめたまま、突風に乗って空に飛び上がった。
「空を飛ぶのは初めてか?」
耳元で、そう魔王様が話すのが聞こえて、俺は何度もうなずいた。怖くて声が出なかったんだ。すると、そんな俺の気も知らない魔王様は少し笑って言った。
「下を見てみろ。美しい街並みだとは思わないか?」
見ろって、そんなの絶対無理! 俺、高いところ苦手なんだ!!
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