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13.夢心地だ……
しおりを挟む窓辺にある大きなテーブルには、すでに美味しそうな食事がいっぱい並んでる。
新鮮な野菜のサラダに果物、焼き立てのパン、凝った造りの前菜、湯気を上げるスープ。ワインクーラーには、ワインの瓶が二本入っていて、グラスが並んでいる。テーブルの真ん中には、大きな皿に、程よく脂のったローストビーフが盛られていた。あんなに分厚く切った肉、初めて見た。こっちの世界に来てから、ほんの少しの硬いパンしか口に入れてない俺には、まるで黄金みたいに光り輝いて見える。
並んだ食事に圧倒されて、テーブルのわきでそれを眺めていたら、魔王様が席について言った。
「なにしてる? 早く席につけ」
「は、はい……」
俺は恐る恐る近づいて、魔王様の向かいの席についた。戸惑う俺の前で、魔王様はずっと楽しそうにニコニコしてる。
「お前が気に入りそうなものを用意させた」
「き、気に入りそうって……会ったばかりなのに、そんなこと……わかるわけない……」
だけど、テーブルに並んでるものは、本当に俺の好きなものばっかり。魔王だし、心くらい読めるんじゃないのかな……
座って、スプーンを持とうとしたら、さっき擦りむいたところに手が当たって、痛くてスプーンも持てない。
「い、いたああ……」
「まだ痛いのか?」
「痛いです……」
「ほら」
魔王様が俺に向かって指を振ると、光が俺の手を包んで、少し楽になった。
「痛みは引いたか?」
「はい……あ、ありがとう……ございます……」
なぜか魔王様が優しい……
そもそも、なんで俺を連れ回すなんて言い出したんだ? 嬲ってるのが楽しいからか?
今度はグラスを取ろうとしたけど、魔王様の方ばっかり見ていたら、それを落としてしまう。
「あっ……!」
しまった、そう思う前に、グラスもワインもふわっと浮いて、元の状態に戻る。魔王様の魔法らしい。
「これ……あ、ありがとうございます……」
「初めて会った時から思っていたんだが……お前、相当鈍臭いな」
「は!? ど、鈍臭い!? そ、そんなんじゃ……き、傷が痛んだだけです!!」
「私が回復してやったのにか? ありえない」
「あり得ます! 痛いんです!!」
実はもう全く痛くないんだけど、ちょっとくらいは痛い……気がする!!
「では見せてみろ」
「え?」
魔王様が俺に近づいてくる。
しまった……こんな展開になるなんて思わなかった。
どうしよう……見せちゃったら、なんともないこと、ばれるかな。
「あ、え、えっと……い、痛かったけど、も、もう治ったかも……」
「見せろ」
「わっ……!」
すぐそばまで近づいてきた魔王様に、手を取られる。そして、いきなり舐められた。
「ひゃ!!」
「……傷は治っているようだが……」
「ま、待って……あ!」
まだ話している途中なのに、魔王様は俺の手にキスしてくる。
突然の感触に驚いて、逃げそうになるけど、魔王様がそんなこと、許してくれるはずがない。腕を取られて、椅子に押さえつけられて。あっさり捕まった俺の反応を楽しむように、そいつは俺の肌を舐めてくる。
俺の話、聞く気あるのか? そんなことされたら、もう話どころじゃなくなるじゃないか!!
ただ、手に唇が触れているだけなのに、魔王様の息が肌に触れるだけで、身体が震える。
なんでこんな風になってるんだ。もしかして、まだ媚薬の効果が残っているのか?
「や、やめて……ください…………」
ビクビクしながら懇願すると、魔王様はギュッと、俺の手を握った。するとそこが急に温かくなる。
「治ったか?」
「え? え? な、治る??」
「……手が痛いんじゃなかったのか?」
「あ! そ、そうか……は、はい! 治りました!」
答えると、魔王様はもう一度俺の手の甲にキスをして、自分の席に戻っていく。
これってもしかして……本気で心配されてた?!
ど、どうしよう……魔王様がそんなに心配するなんて思わなかったから……つい、適当なことを言ってしまっただけなのに。
チラッと魔王様を盗み見ると、魔王様は楽しそうに笑って言った。
「食べていいぞ」
「えっ……!?」
「お前のために用意させたものだ。好きなだけ食べろ」
「は、はい!!」
早速、食事を始める。もう手が痛むこともなくて、いくらでも食べられそう。
向かいの席の魔王様は、俺が食事を続けるのを笑顔で眺めていた。魔王様は食べないんですかと聞いたけど、お前を眺めてからにすると言われてしまい、俺は気にしないことにして、食事を続けた。
あー……お腹いっぱい食べた……
食べていいと言われてから、本当に好きなだけ食べて、お酒も飲んで、もうお腹が壊れそう……
こっちの世界に来てから、初めての嬉しいことだったかもしれない。こんなに美味しいものを腹一杯食べたこと、向こうの世界でもなかった。
食べすぎて動けなくて、ベッドの上でゴロンと横になっていたら、眠くなりそう。
だけど、大事なことを忘れていた。俺はベッドの上に正座して、風呂上がりで髪を拭いている魔王様に向き直った。
「ま、魔王様!」
「どうした? お座りか?」
「ち、違います……でも、あの、ご飯食べさせてくれて、ありがとうございました」
「……は?」
「お腹いっぱいになりました。すごく……美味しかったです!」
「……礼など必要ない。飼い犬の食事を用意するのは、飼い主の役目だ」
「犬じゃありません……こいうです……で、でも、ご飯代分は、ちゃんとあなたに仕えます!」
「……」
魔王様が俺に近づいて来る。
「従順なのはいいが……代金分、というのは気に入らないな……お前は私の性奴隷だろう?」
そう言って、魔王様は俺をベッドに押し倒す。お酒も飲んだせいか、それだけで頭がくらくらした。なんだかもう、夢心地だ。
「どれいじゃありません……」
「もう夜だ」
「夜です……ねむいです……」
「……眠いじゃない。お前は自分の役目をわかっているのか?」
「……んーー…………ごはんたべたい……」
「……そうじゃない。起きろ! イウ!」
「……いぬじゃないです…………」
もうダメだ。
朝からずっとスライムと戦って、くたくたになって、久しぶりに腹一杯美味しいもの食べて、お酒も飲んで……この次することなんて、寝る以外ない。
こっちへ来てからずっとあまり眠れなかったし、もう意識を保っていることすらできない。
魔王様が何か言っているけど、それすら聞き取れなくて、俺はそのまま、ぐっすり眠ってしまった。
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