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9.魔法なんか使えません

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「ここだよー。すごいだろ? 少し前から育っちゃってさ。頼むよ」

 頭をかきながら、オーナーさんが案内してくれたのは、宿の裏庭だった。
 そこには、空高く聳えた木々が、森のように立ち並んでいる。その間を、丸いゼリーみたいなものがぽよんぼよん跳ねていた。大きさは野球ボールくらいのものから、俺の背を越すくらい大きいものまで様々だ。それがいくつも、木々の間を跳ねている。

 何……? この状況……

 オーナーさんは、恥ずかしそうに頭をかいて言った。

「いやー……気づいたらこんなことになっちゃっててさー。掃除しといてくれる?」
「そ、掃除って言われても……これ、なんですか?」
「知らないのか!? 珍しいね……もしかして、砂漠の田舎町あたりから来た?」
「え!? えーっと……砂漠ではないですけど、すっごく遠くから……」
「そうかー……そっちの方では見たことないか? スライムだよ」
「スライム!?」
「液体に魔力が宿ったもので、水分のあるものを放置しておくとたまに出てくるんだよ。積極的に襲ってきたりはしないものだから、後で綺麗にすればいいやーって放っておいたら、こんなことになっちゃってさー。困ってたんだ」
「……」
「そんなに害のあるものじゃないけど、このままにしておいて、お客さんが怪我すると困るから、ちょっと討伐しておいてくれる?」
「ち、ちょっと待ってください!! 討伐!? あ、あれと戦えってことですか!?」
「戦うなんて大袈裟だよ。あんなの、ゼリーが跳ねてるようなもんだから」
「そ、そんなこと言われたって……俺は何かと戦ったことなんかありません!」
「でも、魔王様の従者なんだろ?」
「そ、それも違いますっ! いろいろあって一緒にいるだけで……」
「じゃあ、武器を貸してあげるよ」
「そんなの貸されても……」

 俺、ろくに喧嘩もしたことないのに!

 戸惑う俺の手を引いて、オーナーさんは庭の端にある倉庫まで来た。そこから、大きな杖を出してくれる。

「君、魔法の方が得意そうだし、これなんかどうかな? 俺の爺さんが使ってたものだけど、妖精族が作ったもので、どんな魔法でも強化してくれるんだ」
「俺、魔法なんか使えません!」
「え? そうなの? じゃあ、肉弾戦派? それなら、こっちのグローブなんて……」
「それも無理です! 戦うこと全般、やったことないです!!」
「そ、そうなの??」

 不思議そうな顔をされている……

 そんな顔されたって、俺には喧嘩の経験すらろくにない。兄弟はいなかったし、学校ではすみの方でポツンと一人でいるタイプだった。絡まれたことはあるけど、その時は一方的に殴られてた。
 ……なんでこんなこと思い出してるんだ。俺は……

「そうかー……じゃあ、こんなのはどうだい?」

 オーナーさんは、今度は、長くて真っ白な槍を持ってくる。刃先の方からは、キラキラした氷の粒のようなものが溢れていた。

「要は全部水だからね。これで凍らせちゃおう」
「凍らせる?」
「見てて」

 彼が庭に出ていって、一番近くにいたスライムを突き刺すと、それは見る間に凍って、バラバラと崩れた。

「こうやって、小さな氷の粒にしてから、箱に回収して」

 彼は、今度は倉庫から大きな箱を出してくる。なんだか巨大なクーラーボックスみたいだ。

 戦うのは無理だけど、水を凍らせて箱まで運べばいい仕事って考えたら、俺にもできそうな気がしてきた。

「わ、分かりました! やってみます!」
「頼んだよ。今日は暑いし、氷が溶けたら逃げ出すから、気をつけて。箱に集めた氷の量で、バイト代決めるね」
「はい!! がんばります!!」
「あ、そうだっ! ちょっと待ってて!!」

 彼は宿のほうに入っていくと、水の入った瓶を持ってきてくれる。

「今日は暑いからね。喉が乾いたら飲んで」
「あ、ありがとうございます!」
「あと、これも」

 今度は、小さな飴のような包みを渡してくれた。

「お腹空いてちゃ、あいつらを追えないからね。食べるといい」
「あ、ありがとうございます……」

 ずっと何も食べてなかったから、ありがたすぎる!

 早速口に放り込む。すると、急に腹の中が熱い!! まるで唐辛子百本くらい一気に腹に放り込んだみたい。

「あっ……っ! な、何これっ……!?」
「あ、あれ? いまいちだった?? 魔族には人気なのに……」

 びっくりしたのか、オーナーさんはおろおろし始める。多分、悪気はなくて、俺のためにやってくれてるんだろう。だけど、彼らと俺とでは、多分、体の作りから違うんだ。なんだかとんでもないところに来ちゃった。

「……い、いえ……大丈夫です……」
「そ、そう?? うまくいったら、バイト代は弾むよ! 集めた氷は好きにしていいからね!」
「ありがとう……ございます……」

 氷たくさんもらってもな……それに、庭に放置された水たまりからできたスライムってことは、それを凍られたものは、庭の水たまりの氷ってことになるんじゃないのか? それって、なんの役に立つんだろう……

 だけど氷の方はともかく、バイト代は欲しい!!

「頑張ります!! バイト代、よろしくお願いします!」

 宿の方に向かって去っていくオーナーさんに手を振ってから、早速槍を握り、庭の方に向き直る。
 庭のスライムたちは、逃げることも襲ってくることもなく、ぴょんぴょん跳ね回っているだけ。これくらいなら、勝てる気がしてきた!

「いくぞっ……!」

 槍を振りかぶって、スライムに向かっていく。だけど後少しで刃先が届くというところで、スライムは高く飛び上がり、木の枝の上まで逃げていってしまう。

 あんな高いところまで行かれたら、もう追えない……思ったよりすばしっこい。

「くそっ……!」

 槍を構えて、今度は少し大きめのスライムに向かって突進していく。今度はそれは逃げずに、俺に向かってきた。

 チャンスだ!

 やり方もわからないけど、とりあえず大きく振ってみた。
 すると、向かってきたスライムは、刃には当たらずかわりに柄にあたって、遠くに飛ばされていってしまう。

「う、うそ……」

 せっかく向かってきたのに、ホームランで打ち返してしまい、またまたガックリする。

 野球やったって、バットに球がかすりもしないのに、なんでこんな時だけ……吹っ飛んで行ったらお金にならないじゃないか。

 そもそも、こういう体を使う仕事、俺には向いてないんだ。体力も筋力もないし、運動なんて嫌いだ。

 ぐったりする俺を笑うみたいに、スライムたちは枝の上でぴょんぴょんはねている。

 馬鹿にされている……くそ!! あんなの、所詮水だ! それなら!

 俺は持っていた槍を地面に刺して、スライムたちが枝の上で跳ねている木に体当たりした。
 すると、雨上がりの街路樹よろしく、水の玉が落ちてくる。それに混じって、スライムたちも落ちてきた!
 すかさず槍で斬りつける。刃先が少しかすっただけだったけど、スライムたちは少しずつ凍っていく。

「やった!! できた!!」

 成功だっ!!

 早速回収しようと触ると、それはめちゃくちゃ冷たい!! その上、氷は俺の手が触れたところから溶けていく。全部溶けたら、きっとまた襲ってくる。早く運ばなきゃ。

 周りに何かないか見渡すと、倉庫のそばに、ちょうどいいバケツが積んであるのを見つけた。
 それに氷を全部入れて、回収箱に入れて、やっとちょっと回収できた。

 これでいくらになるんだろう……

 だけど、せっかく仕事が見つかったんだ! この調子で頑張るぞーー!!

 気合いを入れて槍を振り上げると、頭上にあった木の枝に刺さってしまい、なかなか抜けなかった。
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