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第六章、二人の出張

25.交換

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 リゾーまでは、港から出る定期船に乗れば、一日で着く。早朝から馬車を飛ばし、なんとか午前中の便に間に合ったセリューは、甲板でぼんやりしていた。
 ダンドは疲れたのか、客室につくと寝てしまった。
 部屋は二人用で、セリュー自身も疲れていたのだが、隣で寝ているダンドのことを意識してしまい、部屋にいることができなくなってしまったのだ。

 甲板で一人、海面を眺めていると、どうしても、ダンドのことばかり考えてしまう。
 明日の朝にはリゾーに着くはずだ。向こうへついて、猫じゃらしを取り返しても、オーフィザンはゆっくりしてこいと言っていた。
 けれど、ダンドと二人きりになったら、どうしていいか分からない。あの猫じゃらしはダンドにも効き目があるようだし、そんなものがあるのに、ゆっくりなどしていられるはずがない。

 仕事が終わったら、すぐに帰ろう、そう決意して、ぎゅっと拳を握ったセリューの後ろ姿を、人混みに紛れて立ったダンドが、しばらくじっと見つめていた。







 船は一日、何事もなく航行し、次の日の明け方にはリゾーの港に着いた。
 オーフィザンの城がある森よりも、少し気温の高いそこは、船から降りると汗ばむくらいだった。

 大きな鞄を持って港に降りた二人を、降り注ぐ太陽が迎えてくれる。
 並んだ南国の植物の陰にいても、目を開けていられないくらい眩しい。

 港には、いくつも大きなパラソルを並べたカフェが並んでいて、南国のフルーツをあしらった軽食を片手に、市街地を目指す客で賑わっていた。

 ダンドが、セリューに振り向いた。

「とりあえず、荷物おきに行こうか。猫じゃらしはそれからだ」

 そう言って、彼は自分の荷物と、何故かセリューの荷物まで担ぎ上げてしまう。

「お、おい! ダンド!」
「セリュー、昨日寝てないだろ? 俺が持っていく」
「ま、待てっ……! 荷物くらい自分で」
「俺は朝までぐっすり寝たから元気なの」
「ま、待ってくれ!! ダンド!!」

 慌てて追いかけるが、ダンドはこちらが荷物を持つと言っても聞いていない。まるで避けるように先に行ってしまうダンドの様子に、違和感を感じた。

(いつもなら……並んで歩いていたのに……)

 ここへは仕事をしにきたはずなのに、仕事のことより、彼のことで頭がいっぱいになっている。こんなはずじゃなかったのに。

 ダンドは二人分の荷物を持って、セリューの少し前を歩いて行く。
 何か声をかけたいのに、何も思い付かず、結局彼の背中を見つめながら歩くだけになってしまう。
 どうしていいか分からず、ただ見つめるだけの背中が、人混みに紛れていき、だんだん遠くなって行く気がした。

(このまま……何も言わなかったら…………あいつはどうするんだ……?)

 ふと、俯いてしまう。顔を上げた時には、彼の背中は少し遠くなっていた。

「ダンドっ!!!! ま、待て!!」

 叫んで彼に駆け寄ったセリューは、我慢できずに、荷物を奪い取った。すぐそばにいる人に話しかけるとは思えないくらい大きな声が出てしまい、周りにいた人たちまで、何人かセリューの声に驚いて振り向いている。

 ダンドも、少し驚いたように、セリューを見下ろしていた。

「セリュー?」
「あ、いや……すまん…………なんでもない……」

 なんでもなくはない。本当はお前に置いて行かれるような気がしたんだ、そう言いたくても、そんな自分でも理解できない不安は打ち明けられない。

 平静を装うセリューの前で、ダンドは狐妖狼の封印を解き、セリューの肩を抱いてきた。

「お、おい! ダンド!!」

 突然、彼の顔がすぐそばに来て、ひどく焦る。頬と頬が触れそうなくらいそばに来られて、体が火照っていることまで悟られてしまいそうだ。

 慌てて逃げようとするが、狐妖狼の力を解放した彼の力には敵わない。
 その上、鞄の中でカチャンと音がした。まさか、オーフィザンから渡された瓶が割れてしまったのではないかと思って、ますます焦った。

「お、おい! 離せ!! 荷物が壊れる!」
「そんなに大事なものが入ってるのか?」

 彼はセリューのカバンに顔を近づけてくる。彼の狼の耳が顔に触れて、くすぐったい上に、彼の体温がいつもより熱く感じられて、大切な荷物を持っているはずの腕の力が抜けそうだ。

「何が入ってるんだよ? このカバン」
「い、いや……」
「……オーフィザン様から渡されたものかな?」
「はっ!? ち、違う……な、何も渡されてなど……」
「図星か。オーフィザン様が渡すものなんて、どうせろくなものじゃないんだろ?」
「そ、そんなことはない……その、あ…………酔い止めだ……」
「ふーん……船に乗るから?」
「あ、ああ……」

 もう何を言っても見透かされている気がして、セリューはできるだけ彼と目をあわせないようにしながら歩くことしかできなくなってしまった。

 これの中身を、ダンドは知っているのだろうか。もしも知られていたとすれば、どんな顔をすればいいのだろうか。

「も、もう少し……離れて歩け……」
「嫌。だって、デートだし」
「……」

 ダンドは余裕の表情で笑っている。いつもこうして、されるがままになってしまう。
 セリューは、彼の手を振り払い、彼の正面に立った。

「……セリュー?」
「……た、たまには……その…………封印したままで、手を……繋いで歩かないか?」
「手?」

 彼に首を傾げられると、急に恥ずかしくなる。言わなければよかったと後悔するが、もう後には引けない。セリューは強引に彼の手を取って歩き出した。
 珍しく大人しく手を引かれているダンドは、後ろから小さな声でたずねてくる。

「……何で封印解いちゃダメなの?」
「……い、今は……こうして歩きたいんだ…………」

 彼が封印を解けば、また強引に彼に手を引かれてしまうかもしれない。たまには自分から手を繋ぎたかったのだが、思っていたよりドキドキしてしまう。少し前まで、こんなことで緊張したりしなかったのに。

 一緒に歩くダンドは無言だった。何か言って欲しくて、何か声をかけたいが、それもできない。セリューはずっと彼と目を合わせないまま、急いで目的地へ向かった。







 リゾーにいる間、拠点にするようにと言われたホテルに荷物を預け、セリューとダンドは、オーフィザンの城から猫じゃらしを持ち出した竜に会いに行った。

 竜はこの辺りの海が気に入っているらしく、いつも灯台の下で昼寝をしていると聞いていたので、見つけるまでに、そう時間はかからなかった。

 けれど、大きな灯台の下で猫じゃらしを返してほしいと言ったセリューたちに、竜は首を大きく横に振って「嫌だ」と言ってまた昼寝を始めてしまう。取り付く島もない様子の竜に、セリューはなおも続けた。

「ですが、それは放っておくと、すぐに種を撒いて、あっという間に猫じゃらし畑ができてしまいます。私も昨日体験しましたが、そのあとで猫じゃらしを処分するのは大変です。この辺りが、猫じゃらしで埋まってしまっては、あなただって困るでしょう?」
「それは困るけど、これを返すのも嫌だよ。だって、俺、これ気に入ってるもん」
「でしたら、代わりにこちらをどうぞ」

 セリューは、オーフィザンに渡された束になった猫じゃらしを取り出した。

「これは、オーフィザン様があなたに差し上げるために作ったものです。特別に竜用に作られたもので、多少乱暴に扱っても千切れませんし、種を撒くこともありません。差し上げますので、そちらは返していただけませんか?」
「……うーん」

 竜は少し悩んで、それでも首を横に振った。

「やっぱり嫌だ。だって、それがこっちよりいいだなんて、わからないじゃないか」
「そんなことはありません。オーフィザン様が魔法で作られたものです」
「ふーん……」

 竜はしばらくつまらなさそうにそれを見ている。

 するとダンドが猫じゃらしを一本つまみ上げた。

「じゃあ、試してみたら?」
「え? いいのか?」

 竜はやっといい反応を見せてくれる。

 ダンドがその一本をとって、竜の鼻先をくすぐると、竜はぴくんと体を震わせ、顔を上げた。

「くすぐったい……」
「どう? それと一緒だろ?」
「うん……すごい……これ、全部くれるのか!?」
「うん。全部あげる。だからそれは返して?」
「わかった!! 返す!!」

 よほどそれが気に入ったらしく、竜はすぐに猫じゃらしを交換してくれた。

「これ、気に入ったぞ!! もっとくれ!!」
「もうない。オーフィザン様に言って」

 分かったと返事をして、竜は飛び去って行く。
 満足した様子の竜を見送ってから、ダンドはセリューに振り向いた。

「久しぶりにびっくりするくらい、楽な仕事だったな……」
「あ、ああ……」
「じゃあ俺、街を歩いてくる」
「な、なんだと!?」
「城のみんなにお土産買いたいから。セリューは先に戻ってろよ」
「お、おい!!」

 セリューが止める間もなく、ダンドはこちらに手を振って、隣の建物まで飛び上がり、そのまま走って行ってしまった。

 途端に置いていかれたような気になる。もうオーフィザンから頼まれたことは終わったのだから、共に行動する必要はないのだが、彼がそんなことを言い出すとは思わなかった。

 けれど、呼び止める理由もない。

 ずっと二人でバディを組んできたはずなのに、呼び止めたい時にも、なんの言葉も出てこないことが、ひどく寂しい。

 仕方なく、セリューは一人でホテルの部屋に戻った。

 しかし、退屈すぎる。することが全くない。
 ただベッドに横になり、ぼーっと天井を見上げるだけだ。

 城にいる時は、一日中仕事に追われ、その最中にも、誰かが問題を抱えてセリューのもとに走ってくる。その半分ほどはクラジュが絡んでいることなのだが、今はクラジュもいない。彼が起こす騒動がない生活を、ずっと望んでいたのに、いざそれがくると、手持ち無沙汰だ。

 夕方まで何もせずに過ごして、いつのまにか沈む日を見ていたら、何もしていないのにひどく疲れたような気がしてくる。

 ダンドはまだ帰ってこない。いくらなんでも、土産を買うだけでこんなに時間がかかるはずがない。
 そんなに自分といたくないのだろうかと思ったが、それにしてもおかしい。ダンドはなんの連絡もせずに、どこかへ行ってしまうような男ではなかったはずだ。
 何かあったのかもしれない。セリューは急いで部屋を出た。
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