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終章

29.無理です

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 三人で屋敷の廊下を歩いていると、奥からヴィルイの怒鳴り声がして、ヴィルイが駆け寄って来る。

「パティシニル!! パティシニル! どこだ!!??」
「兄さん……騒がないでよ……僕がいないくらいで……」

 困ったように言うパティシニルに、ヴィルイは少し慌てた様子で言う。

「お前がいないから騒いでたんじゃない!! 勘違いするな!!!!」
「…………じゃあ、僕がいなくてもいいの?」
「……そ、そうは言っていない……と、とにかく、寝ていろ!!」

 ヴィルイは、早々にパティシニルから顔を背けると、イウリュースを怒鳴りつけた。

「貴様! イウリュース!! こんなところでサボって何をしている!?」
「うるさいなー。クレッジの出迎えだよ」
「クレッジ!! お前も遅いぞ!」
「おい!! クレッジを怒鳴るな!!」

 イウリュースとヴィルイの間に、また危うい空気が漂う。
 けれど、パティシニルがヴィルイを止めてくれた。

「兄さん……やめて……」
「パティシニル! お前は寝ていろと言っただろう!! なぜ起きてきた!!」
「もう大丈夫だよ……城から、魔法薬の催促が来てる。それに、素材も……」
「うるさい! お前が治るまでは城には何も送らない!! そう伝えておく!!」
「……でも……」
「分かったらちゃんと寝ていろ! 料理なら私がする」

 そう言ってヴィルイは、パティシニルのエプロンをむしり取ってしまう。

 パティシニルは、呆れたように言った。

「兄さんに料理は無理だよ……この前無理しておかゆ作るって言って、全部黒焦げにしたくせに……」
「あ、あれはああいう料理なんだ!!」
「黒焦げなのに……?」

 二人は言い合いながら屋敷の奥へ入って行く。相変わらず喧嘩が多いようだが、パティシニルがヴィルイの前でこれまで見せなかった顔で微笑んでいて、クレッジもホッとした。

 イウリュースも、それは同じなようだ。

「あの二人、また素材探しに行くんだって。俺、護衛に行って来るから、クレッジは待ってて」
「嫌です。俺も行きます……イウリュースさんが一人で行くなんて、俺が嫌なんで……」
「クレッジ……」

 イウリュースが微笑んでくれると、クレッジも嬉しかった。彼はクレッジの手を握って歩き出す。

「じゃあ、クレッジのことは俺が守るか。俺、クレッジの優しい勇者だし」
「……あの……」
「どうしたの?」
「えーっと……あの、たまに言ってるその、優しい勇者って、なんなんですか?」
「…………え?」
「冗談か何か……ですか……? すみません……俺、分からなくて……」
「え?? え? え……っと……だって、クレッジが……」
「俺が? なんですか?」

 クレッジが尋ねて振り向くと、イウリュースはどんどん顔を赤くしていく。イウリュースのそんな顔を、クレッジは初めて見た。

 そしてイウリュースは、クレッジから顔を背けてしまう。

「なんでもない…………忘れて……」
「え? な、なんで……」
「本当に……お願い……忘れて……」

 そう言って、イウリュースは真っ赤なまま、クレッジを置いて廊下を歩いていってしまう。
 どうしたのかと不思議に思って聞くが、イウリュースは「忘れて」の一点張りだった。

(ど、どうしたんだろう……俺、また変なこと言っちゃったのかな……)

 そう考えるとますます焦る。彼を傷つけるつもりではなかったのに。

「あのっ……イウリュースさん! 俺…………」

 イウリュースに振り向くと、イウリュースは、クレッジを見下ろして微笑んだ。

「あ、あの……イウリュースさん……俺……」
「イウリュース」
「え?」
「付き合ってるんだし、さん付けも敬語もやめていいって言ったじゃん。パティシニルはすぐにヴィルイを兄さんって呼ぶようになったのに……寂しいなー」
「あっ……すみませ……あ、ごめん……イウリュース……」
「いいよ。これからしばらく同じ屋敷に住むんだし。その間に、もっと距離縮めて見せるから」
「……」

 そんなことを言われると、恥ずかしくなってくる。俯くクレッジを見て、イウリュースはどこか嬉しそうだった。

「そうだ。この警備の依頼終わったら、一緒に住もうよ。二人で」
「無理です」
「え……」

 即答したせいか、イウリュースは固まってしまう。クレッジは慌てて続けた。

「ち、ちがっ……! 違うんです! 俺、ただ……その……ど、同棲は、まだ……早いかなって…………そんなの、いきなりしたら…………ドキドキしすぎて死ぬんで……」

 いいながら、恥ずかしいのとイウリュースの隣で緊張するのとで、苦しくなりそうだった。まだ手を繋ぐくらいなのに、同じ家にいたらと考えると真っ赤になってしまう。まだこんな顔を見られたくない。

「だ、だから……その…………イウリュースさんの隣にいるのに慣れるまで……待ってください……」

 なんとか、俯いたままで伝える。恥ずかしいが、もう誤解されるのは嫌だった。

 するとイウリュースは、突然クレッジの肩を抱いてくる。

「わっ……! イウリュースさんっ……!」
「……いいよー。クレッジがいいって言ってくれるまで待つ」
「イウリュースさん……」

 ホッとするクレッジだったが、隣にいるイウリュースは、この警備の依頼の間に、どうやってクレッジとの関係を進めようか、そんなことばかり考えていた。


*なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない 完*
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