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三章

19.一体何を考えているんだ

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 護衛したいならしたいと、そう言ってほしかった。確かに言われてはいたが、本気にはしていなかった。それがいけなかったのかもしれない。

(だって俺のこと、気にかけてくれてるみたいだったから……まさか、それも勘違いなのか? うっわ…………)

 真っ赤になりながら、イウリュースから顔を背けつつ、それでも彼の反応が気になって、チラッと彼を盗み見る。

 すると彼は、ベッドの前に立って、キョトンとしていた。

 そんな顔を見たら、ますます恥ずかしい。

(やっぱり護衛……したいだけなのか? なんでそんなにヴィルイの事守りたいんだ? 確かに報酬いいけど…………他にもそういう依頼ならあるし……じゃあなんで、そんなに護衛したがるんだ……? ……まさか…………)

 チラッとイウリュースを盗み見る。彼は今度はヴィルイのベッドに座って、クレッジを見上げていた。

(この部屋の場所も知ってたし……ヴィルイと二人きりになりたがるし、ヴィルイのこと守りたがるって……まさか、ヴィルイに気があるのか? まさか……そんなはずないか……普段喧嘩ばっかりだし、殴りかかりそうになってたし、掴みかかってたし、そんなはず……いや、そんなふうに見えてただけで、実は、好き……ってことか?)

 ベッドに座るイウリュースの前に、妄想が作り出した幻のヴィルイが現れて、彼の肩に手を置いている。すると、クレッジの中の幻のイウリュースも、ヴィルイに微笑んでいた。そして、二人してクレッジに振り向き「お前、邪魔なんだけど、出ていってくれる?」と呆れたように言っていた。

(嘘だ…………俺、どんだけ馬鹿だったんだよ……!! いや、そんなはずない…………と、思いたい……じゃないと俺、もう死ぬかも……)

 真っ赤になった顔を、両手で覆う。すると、クレッジの様子を気にしたのか、イウリュースが心配そうに言った。

「クレッジ? どうしたの……? 大丈夫?」
「……すみません…………本当に、なんでもないんです…………すみません、俺……馬鹿です。勝手に勘違いして……」
「勘違い?」
「すげー……恥ずかしい……俺、本当に……な、何考えてたんだろ…………」
「……そんなに恥ずかしいこと考えてたの?」
「…………す、すみませんっ……! 俺、本当にっ……」

 真っ赤になるクレッジが顔を背けると、イウリュースはベッドに座ったまま、意地悪く笑っていた。

 ひどいものだと思った。こちらは怖くて何も聞けないのに。
 「ヴィルイの護衛したかったのってヴィルイが好きなんだからなんですか?」なんて聞いて「そうだよ」と言われたら、恥ずかしい上に失恋だ。

「本当に……すみません……」

 邪魔だったのは自分の方ではないかと思うと、もうイウリュースとは顔を合わせられない。

 顔を背けると、彼はそんなに焦らなくていいのに、と言っていた。

(嘘……だろ………………なんだよ……ヴィルイの護衛したいなら、そう言ってくれればいいのに……!! もしかして、俺が知らないだけで、普段から結構護衛してるのか? だから部屋も知ってるのか? ……いや、部屋の中までは護衛しないだろ……するのか? 俺も、森の中でこけて足が痛いって喚くあいつをここまで運んだことあったしな…………普段からそんな事してるのか? だったら教えてくれよ。イウリュースさん……さっきからからかうし、少しひどいです……!)

 ちらっと顔を上げると、イウリュースはベッドの方を眺めていた。相変わらずの飄々とした態度が、今はひどく憎らしい。

(だってさっき、俺の隣で笑って、蕎麦食べてたのに……俺の隣で笑って、そのあと……抱きしめてくれたのに……なんで、そんなことするんだ……この人、何考えてんだよ!!)

 クレッジの視線に振り向いたのか、イウリュースは振り向いた。こんなに気を揉ませておいて、彼は自分だけ楽しそうだ。

「クレッジ? どうしたの?」
「……なんでもないです……本当に……すみません…………っ! 俺……」

 そのとき、屋敷ががくんと、揺れたような気がした。風が吹くような音がする。屋敷の中からだ。パティシニルが何かをしたのかもしれない。

 イウリュースは、ドアのほうに振り向いた。

「何かあったのか……ヴィルイかもしれない……」
「え?」
「俺が見てくる。クレッジは、ここにいて」
「ま、待ってください!! だったら俺が行きます!! 危険ですっ……!! 行かないでくださいっ!!」
「俺は大丈夫。クレッジこそ、ここにいて」
「嫌だっ……!!」

 パティシニルはクレッジ達を狙っている。ヴィルイだって、どうなったのかわからない。今行くのは危険だ。それなのに、相変わらずイウリュースは、頑なにクレッジを置いて行こうとする。

 イウリュースのことが心配だ。一人でヴィルイに会いに行こうとする、彼のことが。

 それだけだ。

 だから止めているだけ。

 そのはずなのに、気持ちは自分でも制御できずに、気持ち悪いくらいに揺らいだ。

 イウリュースがヴィルイを護衛したがっている。そんなことを考えると、どうしても落ち着かない。

「俺が……行きます」
「クレッジ……今のパティシニルは危険だし、放っておけばヴィルイだって……」
「ヴィルイの護衛っ……!」
「え?」
「ヴィルイの護衛……したいんですか?」
「……今、そんなこと話してる場合じゃないだろ?」
「……!」

 彼のいうとおりだ。

 今はそんな話をしてる場合じゃない。

 イウリュースを、守らなくては。

 だから、これは正当なことだ。

 クレッジは、ドアを開けて廊下に出た。そして、イウリュースが廊下に出る前に、一方的にドアを閉める。そして、魔法の鍵をかけ、さらに部屋を結界で覆った。

 部屋の中から、焦るような声がする。

「クレッジ!? どうしたの!?」
「……パティシニルは、勇者のあなたを恨んでいます。それなのに、あなたを一人で行かせるなんて、できません。あなただって、パティシニルに会ったら必ず躊躇します……俺が先にパティシニルを見つけてきますから……ここにいてください」

 言いながらも、激しく後悔する。自分は何をしているのか。こんな風にイウリュースを閉じ込めるつもりなんて、なかったのに。

 イウリュースを守りたいと思っているのは本当だ。
 けれど同時に、彼と一緒にいることが苦しい。彼と顔を合わせていることが苦しい。

 彼のためと言いながら、それは言い訳で、本当は今も扉を開けられないくらいに苦しいだけだ。

「すみません……」
「……クレッジ? どうしたの?」
「……待っていてください……すぐに戻ります!」
「待って! クレッジ!!」

 叫ぶイウリュースの声がする。クレッジが恐る恐る振り向くと、扉の向こうの彼は優しい声で言った。

「……大好きだよ」
「………………え?」

 彼が言ったことの意味が、分からなかった。なぜ、今、そんなことを言うのか。

(なんなんだよっ……! 一体、どういうつもりなんだ……!)

 聞き間違いなのか、それとも、クレッジとは違う意味でそうなのか、それとも、扉を開けと言いたいのか、それは分からなかったが、焦ったクレッジは、走ってその場から逃げ出してしまった。
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