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二章
13.来るなって言ったのに
しおりを挟む隣に座ったノスタルゴルが、アイスキャンディーを食べながら、イウリュースを見上げている。
「……ヴィルイんとこ行くならやめとけ。ぜってー話なんかつかないから」
「……だからって、このまま放って置けるわけないだろ?」
ヴィルイが、クレッジに言い寄っていることは知っていた。
クレッジはあんなことを言っていたが、それで納得など、できるはずもない。
クレッジに言いよる男がいるだけでも腹立たしいのに、最近は、嫌な噂を耳にする。
クレッジはヴィルイに気がある、というものだ。
ヴィルイはいつもあの調子で、他の冒険者たちからは避けられているのに、クレッジだけは、毎回彼の依頼を受ける。護衛のやり方も丁寧で、ヴィルイに怪我をさせたことはない。
そしてヴィルイは、毎回クレッジを指名する。その上、四六時中男娼になれと言って迫り、クレッジの方も、ヴィルイに何を言われても、普段からほとんど表情が変わらず、嫌ですと言うくらい。ギルドの受付から、嫌だったら断りますよ? と言われても、別にいいです、としか言わない。
クレッジはいつもそうだし、強く嫌だと言わなくても、耐えているだけだということに、イウリュースは気づいていた。
イウリュースが、何度かヴィルイに「ふざけるのはやめろ」と言ったが、ヴィルイは聞かなかった。
こんなこと、許せるはずがない。
クレッジは、イウリュースの大事な人だ。それを傷つけるなんて、絶対に許せない。何度もヴィルイには警告したのに、ヴィルイの返事は「お前には関係ない」だった。
クレッジの方は、ヴィルイの言葉をまるで本気にしていないようだが、彼がそんな風に噂されることも、彼にそんな風に声をかけるヴィルイも、彼にわがままを言って迷惑をかけることも、許せなかった。
「ぶち殺すっ……」
そう言って、怒りのままに手を握り締めると、持っていたアイスキャンディーの棒が、粉々に割れてしまった。
「俺、そろそろ行く」
そう言ってイウリュースが振り向くと、ノスタルゴルは、「ヴィルイんとこ行くなら、話だけにしておけよ」と、到底無理なことを言っていた。
(話だけ? ……そんなんで済むはずない……)
イウリュースは、湧き上がる怒りを紛らすため、大股で歩き出した。
ヴィルイの屋敷に行く。それから、話をつける。二度とクレッジに迷惑をかけない、クレッジを誘わないと、約束させる。
同意しないことはあり得ない。嫌だと言い張るなら、多少手荒なこともする。屋敷くらいは吹き飛ばすつもりだ。
男娼の件を言い出したのは、密室へ誘うための手段だ。屋敷にいるヴィルイ以外を魔法で眠らせて、二人きりで話をする。
命まで取るつもりはないが、どうしても引き下がらないのなら、その時は、我慢できなくなるかもしれない。
再三、警告はした。クレッジに近づくな、あいつを困らせるなと。全部無視して態度を変える様子もないのは、ヴィルイの方だ。
ヴィルイの屋敷に向かって走る。
(急がなきゃ……またあいつが、俺の大事なクレッジに手を出すかもしれない……クレッジは俺のものだ……あの男は、屋敷ごと塵にしてやる……)
既に日が暮れ始めている。先ほどまで晴れていたのに、空にはずいぶん雲が増えていた。雲が重そうで暗い。
夕暮れが近づき、大通りを歩く人も、増え始める。この辺りは住宅街だ。
それから少し行くと、極端に人が少なくなる。空き屋ばかりが並んでいるからだ。森の素材に目をつけた商人や富豪が住んでいた屋敷だが、魔物が多いことと、金になる素材が少なくなってきたことで、屋敷を手放し街から去っていった。
そんな中、一軒だけまだ庭の草木が切り揃えられている屋敷が見えてくる。ヴィルイの屋敷だ。家を囲むフェンスの間から、花壇に植えられた花が見えた。窓が開いて、カーテンが外に飛び出している。
中に人がいるらしい。窓から暗くなり初めた庭に明かりが漏れていた。
門に近づくと、すぐに門から人が出てくる。ヴィルイといつも一緒にいる、パティシニルだ。
「……イウリュースさん……ずいぶん早いですね……約束の時間まで、まだかなりありますが……」
「……暇だったから。中に入れてもらっていい?」
「…………もちろんです。どうぞ」
そう言って彼は、門を開いてくれた。
しかし、そこで困ったことが起こる。背後から、イウリュースを呼ぶ声がしたのだ。
「イウリュースさんっ……!」
振り向くと、少し離れたところに、クレッジが立っていた。
(クレッジっ……!? ……来るなって言ったのに!!)
けれど彼は、イウリュースに向かって走ってくる。
「イウリュースさん……よかった……」
「クレッジ……どうしたんだよ? 来るなって言っただろ?」
「はい……でも、俺……放っておけませんっ……!」
「……クレッジ……」
クレッジに、ヴィルイを尋問しているところなど見せられない。ただでさえ最近は、対抗心のあまり、ヴィルイと言い合うことが増えて、クレッジの前でだけは控えようと思っていたところなのに。
クレッジのいないところで話をつけて、ヴィルイにはクレッジから手を引いてもらう。そういうつもりできたのに、クレッジがいては、計画を実行に移せない。
恐らく彼は、イウリュースの身を案じてきてくれたのだろう。だからヴィルイには、男娼の件など、絶対に話さないようにと言い含めておいたのに。すっかり忘れているのか、それとも嫌がらせなのか、余計な真似をしてくれた。
(とにかく、クレッジを帰らせないと……ヴィルイが出てきて俺の前でクレッジを口説き始めたら、今度こそぶっ殺すかもしれない……!!)
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