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一章

8.このままの距離

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 クレッジは、見知った店に逃げ込んだ。ゆっくり話せる店を選ぶつもりだったのに、咄嗟に入ったのは、行きつけの立ち食い蕎麦屋だった。

 中に飛び込むと、涼しくてホッとした。クレッジがよく一人で利用する店で、昼食を取ることも多い。食べるとホッとする、お気に入りの店だ。しかし、今利用しようと思った店じゃない。

 けれど店に入るとすぐに、威勢のいい声が常連客を迎えてくれる。

「いらっしゃいませーーーー!!」

 ついでに後ろから、振り切ったはずのイウリュースが入ってきた。

「蕎麦だー。俺、蕎麦好きー」

 無邪気に言っているが、あまりに早い。引き離したつもりなのに、どうやって追いついてきたのだろう。

 そして彼の後ろから、顔見知りの常連客が入ってきた。

「クレッジ? 何してんだお前。邪魔だぞ」

 後に引けなくなり、クレッジは、イウリュースに振り向いた。

「すみません……ここでいいですか?」
「もちろん。クレッジは、そばは何が好きー? 俺、月見ー」
「俺は……かけ蕎麦……です」

 計画とは違ったが、イウリュースは始終笑顔だった。その顔を見ると、ほっとした。

 カウンターに立って好きな蕎麦の話をする間に、すぐに蕎麦が出てくる。

 隣のイウリュースがニコニコ笑っているから、クレッジも楽しかった。

 出汁の香りも好きだし、今はイウリュースとこうしているだけで異常事態のようなものなのに、慣れない店にいきなり行ったら、緊張と空腹で何をしでかすかわからない。

 少し、ここで落ち着いた方がいいかもしれない。

(蕎麦……好きだし、後で……デザートでも食べに行くか……)

 そう思いながら、蕎麦に箸をつける。隣を見ると、イウリュースも立ったまま、蕎麦に夢中になっていた。
 そうして背中を丸めて蕎麦を食べていると、いつものイウリュースだと思った。さっきのクレッジを引き寄せた時の彼が、見間違いだと思えるくらいだ。

(こうしている方が……心地いいんだよな……)

 イウリュースといると、落ち着いた。いつもぼんやりしてみられるクレッジだったが、彼からはそんな風に言われたことがない。最近は彼といると緊張することも増えたが、それでも、彼といる時が心地いい。

(変だ……こんなの。そもそも、告白してふられたら、二度と一緒にいられなくなるんじゃ……)

 そう思ったら、箸を持つ手が止まってしまった。

(……俺がイウリュースさんのことを嫌いっていう誤解は、他の方法でも解けるはずだ……それなら、何もいきなり告白しなくたっていいだろ………………そうだ。こんなこと、昨日も考えたんだ。告白しようって決めた時だ。俺はその時、告白する方を選んだ…………なんでだ? なんで……俺、告白しようって決意したんだっけ……?)

 また、考える。

 こうなると、止まらなくなる。

 隣で蕎麦を啜るイウリュースのことが気になる。二度と、こうして並べなくなることは、ひどく恐ろしいことだった。

(……やっぱ……やめようか……今の関係、崩したくない。もう少し……このままでいようか……)

 せめて、隣にいたい。そう思った。
 それなのに、このままの距離で、と思うと、それはどこか寂しくも思えて、ますます考え込んでしまった。
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