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一章

3.抜け出す手段

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「何をやってるんだ。泥が跳ねただろ!」

 そう言って、着飾ったヴィルイがクレッジを睨みつける。
 先に歩いて行って勝手に泥を踏んだだけなのだが、ヴィルイはいつもこういうことを言う。

(泥跳ねるの嫌なら、真っ白で金の刺繍の服なんか着てこなきゃいいのに…………)

 しかし、随分な態度に思えるが、ヴィルイのこの態度は、これでも随分マシな方。貴族の中には、素性の知れない冒険者を、人間扱いしていない者が多い。

「すみません」

 クレッジのこの返事も、いつものこと。雑な謝罪だが、ヴィルイは珍しく、それ以上護衛を責めることをしない貴族だった。

「ふん! のろま男だ!!」
 
 ぶつぶつ言いだすヴィルイを連れの魔法使いのパティシニルが宥めていた。ヴィルイの義弟らしいが、召使扱いされていると聞いたことがある。
 ヴィルイもパティシニルも魔法使いだが、魔物と戦うことは苦手で、魔法に使う素材を集めに森に入る時は、必ず護衛が必要らしい。

 それなら、どちらか一人だけにしてほしい。護衛対象が増えると、危険も増す。

 しかし、「こいつも連れて行く。分かったな!」と喚くヴィルイに、つい、頷いてしまったのも自分。下手に騒ぐと、一緒にいるイウリュースにまで迷惑がかかる。

 そう思って我慢したつもりだったが、今度はイウリュースが、笑顔でヴィルイに言った。

「はーー? 下衆の依頼受けてやってんだぞ。感謝しろよ、下衆貴族」

 思いっきり馬鹿にしたようなことを言うイウリュース。早速、ヴィルイと言い合いになる。

「なんだと!? 貴様っ……私の護衛の途中にナンパをしておきながらっ……!! 貴様、最近得意になっているだろう!! クレッジは、私の男娼だぞ!!」
「ああっ!? 男娼!? ざけんなっ!! セクハラか!?」

 またイウリュースがヴィルイに掴みかかる。

 ヴィルイとイウリュースは顔見知りだった。というのも、よくクレッジを指名してくるヴィルイに、イウリュースが掴みかかるからだ。

 昨日もヴィルイとイウリュースはそうだった。寝坊したクレッジが、冒険者ギルドのドアを開けると、早速イウリュースがヴィルイに掴みかかっていたのだ。

 ギルドの受付に聞くと、ヴィルイはいつものようにクレッジに素材集めの護衛を頼みに来ていたらしい。

 たまに、暇なのか? と思ったこともあるが、こう見えてヴィルイは領主の五男。伯爵令息らしい。しかし、大した魔力もなく魔法の研究にのめり込んだヴィルイは、半ば家出のようにここに来て、今はこの、素材だけは多く取れる地域の管理を言い渡されているようだ。
 魔物と魔獣ばかりのここを管理するのに、彼自身は魔物と戦うことはできないらしく、それがコンプレックスな彼には、この素材集めの散策は、息苦しい屋敷を抜け出す手段なのだ。

 しかし、そのための護衛にクレッジを指名するたびに、イウリュースと言い合いになるのは困る。

 昨日は、クレッジがギルドに着いた頃には、イウリュースがヴィルイを締め上げていて「クレッジはそんなの行かない。俺が護衛してやるから、森の奥の誰もいないところに行こう」と怖い顔で囁いているところだった。

 ギルドの受付にいつも立っている獣人が慌てて止めていて、クレッジも慌てて止めた。「俺、行くんでやめてください」と言っても、イウリュースは全く引かず「だったら俺も行く」と言って聞かなかった。
 結局昨日も、クレッジとイウリュース、ヴィルイとパティシニルで森を歩くことになった。
 つかみ合いの後のひどい空気の中、少し森を歩いて、その日の護衛は終わった。その前も、またその前もそうだった。

 顔を上げれば、今日もまた、イウリュースはヴィルイと言い合いながら歩いている。

 イウリュースには迷惑をかけたくない。けれど、迷惑をかけたくないといいながら、彼が来てくれて嬉しいとも思ってしまう。彼が今、手を伸ばせば手をつなげる範囲にいてくれることが嬉しくて仕方なかった。

(やっぱり……そばにいたい……)
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