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一章
1.告白するつもりだったのにもう気持ちが折れた
しおりを挟む(あー。俺、なんでこんなことしてんだろ……めんどくせー……)
そんなことを思いながら、クレッジは空を見上げていた。
茹るような暑い日の、鬱蒼とした森の中。少し離れたところを、依頼人で護衛対象の貴族の男二人が歩いている。
周りには、他に誰もいない。
当然だ。こんな暑い日に、わざわざこんな危ない森に出かけてくる者はいない。
夏日に魔物が闊歩する森の中に連れて行かれただけでもダルいのに、護衛対象のヴィルイは、さっきからワガママばかり。
暑いだの疲れただの砂が飛んでくるだのと言われても、クレッジにはどうしようもない。
人族のクレッジは冒険者で、背中に柄まで含めればクレッジの身長より長い大剣を担いだ剣術使いだ。
伸びるたびに自分で切った黒髪は、いつも寝癖だらけで長さもめちゃくちゃだが、昨日の晩、珍しく切り揃えてショートカットにしている。前髪は切るのが苦手で長めにしているので、髪の間から周りを見る灰色の目は、ちょっと目つきが悪い。魔物がうろつく森に行くにしては、ないよりマシと言った程度の軽装備だが、ないよりはいい。暑いよりマシだ。
今日は依頼など受ける気はなかったのに、朝起きたら、知り合いの冒険者が下宿に飛び込んできた。なにがあったのか聞けば、ギルドの受付で「クレッジを出せー!」と受付のカウンターを叩いて喚く男がいるという。
何か以前の依頼で不手際でもあったのかと思ってギルドへ急ぐと、そこにいたのは、クレッジがよく依頼を受けてる貴族の男、ヴィルイだった。急用かと思えば、魔法のために使う素材が取れる森を散策したいから護衛をしろなんて言い出した。
(いなかったら諦めてくれればいいのに……護衛なんて、自分の屋敷にいる魔法使いや剣術使いを使えばいいだろ……面倒くせーー…………)
呆れるが、前回の依頼も護衛だった。そして、ヴィルイの護衛の依頼を最後まで成し遂げたのはクレッジだけ。何しろヴィルイはワガママだ。護衛中にも注文が多いし、護衛されているからと言って、自らは全くの無防備な上に、警戒しろと言っても、全くの無視。
断ろうと思った。
けれど、ヴィルイに頼み込まれて、二分くらいで、クレッジは諦めた。
面倒ではあるが、逆にいえば、金になる依頼を独り占めできるとも言える。そんな風に、無理矢理自分にいいきかせて、耐えることにした。
しかし、ヴィルイの態度は相変わらず。
森に入って数回スライムを倒して、もう帰りたくなった。
(帰りたい……家に帰りたい。もう帰りたい……)
困っている理由は他にも一つ。
足音で気づいた。誰かが追ってきている。魔物などではなく、もっと対応に困るものだ。
背後に振り返る。
すると、手を振りながら、一人の男が走ってきた。
「クレッジーーー!!」
いかにもたまたま森の中を歩いていたらクレッジを見かけて駆け寄ってきたようなふりをしているが、先程、夏空を彼の使い魔の小さな竜が飛んでいるのを見かけた。クレッジたちを探して追いかけてきたのだろう。
クレッジの知り合いの冒険者で、いくつかの武器を自在に操り、魔法使いとしても名を馳せるイウリュースだ。茶色の少し長めの髪を後ろで括った、金色の目の男で、クレッジより少し背が高く、いつも背中に大きな槍を担いでいる。
そして、依頼を遂行中によく見かける。毎回毎回、たまたまクレッジを見かけたようなふりをして駆け寄ってくるので、毎回気づいていないふりをしているが、今日もおそらく、ギルドでの騒ぎを知って、クレッジを追ってきたのだろう。
彼は、冒険者の先輩のような存在だった。
ここに来たばかりのころ、我流で身につけた剣術で魔物を狩って自らも獣のように生きていたクレッジに、冒険者になることを進めて、冒険者としてのいろはを教えてくれた人だ。
(多分、こうやって会いにくるのは、まだ俺の腕に不安があるから……なんだろうな……)
それなら頷ける。
クレッジの冒険者としてのランクはいまだに最低ランク。簡単な依頼しかこなしていないし、生活に必要な最低限以上の依頼は受けない。とにかく、上は見ずに現状維持。クレッジの信条だ。
イウリュースは、クレッジのもとまで来ると、笑顔で言った。
「奇遇だね。こんなところで会うの」
「……そうっすね……」
適当に、答える。
すると、ヴィルイがこちらに気づいたらしく、イウリュースを指差して近づいてきた。
「貴様!! イウリュース!! また現れたか!!」
「うるさいな……今、俺がクレッジと話してるの。邪魔すんなー」
「き、貴様っ……この無礼者めっ……!」
怒髪天をつくといった様子で震えているヴィルイだが、イウリュースに直接文句を言う勇気はないらしい。
ヴィルイが黙ったのをいいことに、イウリュースは、クレッジに振り向いた。
「俺も素材を集める依頼の途中なんだ。一緒に行こうよ」
「行きません」
「……」
身も蓋もない断り方だが、クレッジには冷たく断る気などまるでない。
(だって、こんな依頼にイウリュースさんを巻き込みたくない。ヴィルイに文句言われるだけの依頼だし、イウリュースさんに迷惑かけたくない……)
けれど、イウリュースはにっこり笑って言った。
「じゃあ、これから魔物でも探すから、一緒に行こう」
「え…………」
クレッジが戸惑っているうちに、イウリュースはクレッジの手を握って歩き出してしまう。
イウリュースは、いつも強引だ。けれどクレッジは、イウリュースのそういうところも好きだった。
(勝手に手を握って走るとか……可愛い。あと、笑った時可愛いかった……バレバレなのについてくるところも、気づいてないって思ってるところも………………このまま、連れて帰りたい……)
そう思うと、手を握り返しそうになる。しかし、クレッジは抑えた。
(……握っていいのか? それとも……許可、取ったほうがいいのかな……)
悩んだ。勝手に手を握って、嫌われたくない。
(こんな気持ちになるの……面倒だ……それなのに、なんで俺……この人好きなんだろう……)
不思議だった。面倒な思いはしたくない。その面倒なことの一番の例が、クレッジにとっては恋愛だった。
以前、人を好きになったことはあるが、うまくはいかずに傷つけてしまい、すぐにフラれた。その時にしばらく落ち込んで、ひどく辛かった。もうあんな思いはしたくないし、何より、大事なイウリュースのことも、傷つけたくない。
(それでも……好きなんだよな……)
手を握りたいのに、そうできなくてもやもやしてしまう。
そんなクレッジの思いに気づかず、イウリュースは、先を歩いていく。
手を引くイウリュースの速度についていけないでいると、イウリュースは立ち止まってクレッジに振り向いた。
「クレッジ……? なんだか顔色悪いよ? 暑い?」
「大丈夫っす……」
そんなことを言いながら、クレッジはひどく緊張して、声を出すのも辛かった。
本当なら今日は、依頼など受けずに、イウリュースに思いを告白するつもりだった。それなのに、今日は朝から全てがうまくいっていない。
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