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93.僕だけで
しおりを挟む魔物を消し去った僕らに、フィロッギが駆け寄ってくる。
「レヴェリルイン様あああーーー!! ご無事ですか!?」
そう叫んで、彼はレヴェリルインに抱きついてしまう。
何してるんだこの人っ……! 抱きつかなくても無事くらい確かめられるだろ!!
ぼ、僕の……マスターなのに……
レヴェリルインは、フィロッギの体を押し戻している。
「全員無事のようだ。分かったら離れろ」
「で、でもっ……! あ、あんな大きな魔物だったから……ご無事でよかったです……」
「ずいぶん巨大なものが出たな。魔力も大きい。コフィレグトグス、大丈夫か?」
彼はそう言って、僕に振り向いてくれる。まだ頭がクラクラするけど、体に溜まっていた熱は消えたみたい。
「は、はい……」
うなずくと、彼は僕に「無理はするなよ」って言ってくれる。
だけど僕は、自分の体より、彼の隣にいるフィロッギが気になる……
あの人、ずーっと、レヴェリルインのそばにいる……そんなに近づかなくてもいい気がするんだけど……
巨大な砂の魔物が消えたことで、砂浜と、その向こうの真っ青な海が見えた。
風もない中、大きな波が急に起こったかと思うと、波の中から、二人の男が出てきた。
一人は、フィロッギと同じ人魚族だろう。もう一人は、僕より小さくて、小さな竜の羽がある、可愛らしい男の人だ。
竜の羽がある人を見て、アトウェントラが駆け寄って行く。
「町長っ……!」
どうやら彼が町長らしい。駆け寄って来たアトウェントラに、町長は少しびっくりしているようだった。
「ウェトラ? なんで君がここに……」
「コドフィージュたちに、海岸へ行ったきり帰らないって聞いたから……心配してました。大丈夫ですか?」
「そうか……心配かけてごめん。しばらく海の中にいたから……」
「海?」
すると、一緒にいた人魚族の人が言った。
「町長さん、魔物が多くて帰れなくなってたから、海の中に匿っていたんです」
すると、それを聞いてレヴェリルインが微笑んだ。
「魔物なら、しばらくは現れない。この辺りにいたものは処分したからな」
「えっ……あ、あんなにいたのに……もう?」
彼に向かって、案内役のフィロッギは、にっこり笑った。
「はい!! レヴェリルイン様と従者様が、全部消してくれました!!」
「フィロッギ……君も、無事だったんだ……」
フィロッギの顔を見てほっとしたのか、彼はレヴェリルインに振り向いた。
「あ……ありがとうございました…………あなたが……魔法狂いの弟と言われたレヴェリルイン様……」
「……魔法狂いの弟は忘れろ」
「す、すみません!! ほ、本当にありがとうございました!」
彼の隣で、町長も頭を下げた。
「ありがとうございました……僕も、調査に来たはずが、魔物が一気に増えて、動けなくなってしまって。困っていたんです。本当に、ありがとうございました……」
丁寧に頭を下げる彼に、レヴェリルインは少し困った様子で言った。
「そんなことはいい。代わりに、ここに入る許可をくれないか?」
「海岸線にですか? でも……ここ、すぐにまた魔物が出てきますよ? 危険なので、海水浴はお勧めできませんが……」
「誰がこんなところで泳ぐか。そうではなくて、ここにいずれ出てくる魔物を退治しに来たい」
「えっ……!? それは……願ってもないことですが……いいんですか?」
「もちろんだ。俺たちはそのために来たんだ」
「あ、ありがとうございます!! 本当に……助かります……」
また頭を下げられて、彼はますます恥ずかしそう。
その様子を、僕は後ろからじっと見ていた。
そんなふうに照れるんだ……いつもは何があっても冷静なのに、そんな風に照れるんだ。
可愛い……
じっと見ていたら、尻尾がかすかに揺れてる。それがかすかに僕の体に触れて、可愛くてたまらない。
可愛い……もう、背後から尻尾をぎゅってしたい。
うずうずする。背後から飛びつきたい。
が、我慢だ……背後から飛びついたりしたら、レヴェリルインだって困るじゃないか。彼を困らせるなんて、そんなの、絶対にダメだ。
だけど……さっきのあれ、愛されてろって、どういう意味なんだろう……い、今すぐ聞きたいけど、こんなに人がいたら……聞きづらいな……なんとかして、後で聞けないかな??
そんなことを考えながら、背後から彼のことを見ていたら、レヴェリルインが突然僕に振り向いた。
ビクッと震える僕。ま、まさか、気づかないうちに手を出していた!?
そんな心配をしていたら、彼は僕に微笑んでくれた。
「しばらくここで魔力を補給すれば、お前にも魔力が帰るだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だが、無理はするなよ」
「はい!!」
魔力が帰ってくる……それが、レヴェリルインの願いだ。僕だって、魔力があった方がいい。こうして、レヴェリルインが喜んでくれて、彼のために、何かできるんだから。
じっと、レヴェリルインを見上げる。隣にいるだけで、こうして隣にいられるだけで、体が麻痺しそうなくらい嬉しい。
けれど、そうしていたら、フィロッギもレヴェリルインに嬉しそうに笑って言った。
「レヴェリルイン様! また来てくれるんですか!?」
「ああ……こいつを連れてな」
すると、フィロッギは僕にも振り返る。
「従者の方も、ありがとうございました! また来てくださいね!! レヴェリルイン様と一緒に!」
「……はい」
そんなふうに答えながらも、僕の腹の中では、やけにどろどろと、いろんなものが溶けて混ざり合ったものが蠢いている。
だって、フィロッギはずーっとレヴェリルインのそばにいるし、ついに「海の中に寄って行ってください」なんて言い出した。
「レヴェリルイン様! せっかくだから、一日くらい泊まって行ってください!」
「嫌だ。尻尾が濡れる」
にべもなく断わるレヴェリルインだけど、フィロッギは諦めない。あんまり近づかないでほしいのに……
「濡れません! 魔法をかけますから!! そうだ!! 陸でも人気のお菓子があるんです!! ギルドでも人気なんですよ!! わざわざ買いに来る人までいるくらいで……」
「だったらそれだけ寄越せ」
「そんなこと言わずに!!」
ついにフィロッギの手が、レヴェリルインの腕に触れた。
ぼ、僕だってそんな風に触ったことないのに!!
「あ、あのっ……! マスター!!」
ついに声を上げた僕に、二人が振り返る。
僕は戸惑った。何か言いたいことがあったわけじゃない。レヴェリルインに、こっちを向いて欲しかっただけ。だ、だけど、何か言わなきゃ……!
「あ、あの……僕……その……が、頑張るので……また、僕に……魔法を教えてください……」
「……」
俯きながら、辿々しく言うと、レヴェリルインは、僕に微笑んで、もちろんだって言ってくれた。
レヴェリルインは、すごい人だ。こうして、みんなに頼りにされている。だから、僕だけのものになるなんて、あり得ないんだ。そもそも、僕はただの従者。こんなことを考えること自体、図々しいんだ。
それなのに、体を巡るこの感情が、僕を支配してしまう。
彼に、僕だけを見て欲しいのに。
僕だけでいて欲しいのに。
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