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90.勝手な感情
しおりを挟む僕らは人魚族の人について、柵の向こうに足を踏み入れた。そこは、背の高い木が生い茂っていて、深い森の中にいるみたいだ。
ここから海岸に出るまでは、整備されていない、雑草だらけの道で繋がっているらしい。
本当は整備したいんだけど、魔物が多くて作業が始められないって、フィロッギが嘆いていた。
そんな歩きにくい道を、海岸線を目指して歩く。いつ魔物が出るか分からないんだから、気を引き締めて行かなきゃ。
海岸までの道は、少し歩きにくくて、ずいぶん涼しかった。遠くから、波の音がする。
先頭を歩くフィロッギが、歩きながら、この辺りの状況を話してくれた。
「僕らも、出てきた魔物は定期的に退治していたんですけど、最近では、川や岩の影、磯なんかに隠れちゃうんです。どんどん力をつけていて……あ! 気をつけてくださいね。魔物がいつ飛び出してくるか、わからないので」
言われて、僕は杖を強く握った。レヴェリルインが隣にいてくれる。この人のために頑張るって、決めたんだ。
「コフィレ!!」
後ろから叫ぶアトウェントラの声がして、僕は振り向いた。
だけど、その時にはもう、砂が集まってできた弾のような形をした魔物が、僕の目の前まで迫っていた。
それから守るようにレヴェリルインが僕を抱きしめてくれる。そして彼が手を振ると、飛んできていた砂の塊は、あっさり弾けて消えた。
「あ、ありがとうございます……マスター」
まだ怖くて、少し震えたまま、頭を下げる。レヴェリルインが助けてくれなかったら、僕はさっきの魔物に襲われて、頭を食いちぎられていたかもしれない。
「怪我はないか?」
そう言って、レヴェリルインが僕の頭についた砂を払ってくれる。彼の役に立ちたいって、そう思っていたのに、結局僕の方が守られている。
「コフィレグトグス?」
「は、はいっ……!!」
顔を上げたら、彼は僕を心配そうに見下ろしている。
大切な人に、こんな顔をさせてしまうなんて……
すぐに目を背けたかったけど、じっと見下ろしてくれている彼から、目を離せない。
「……どうした? どこか痛いのか?」
「いえ……」
僕は、首を横に振った。僕なんかより、レヴェリルインの髪に砂がついているのに。
「あ、あのっ……! マスター!! 髪に……」
手を伸ばして、それでも途中でビクビクしながら、彼の髪の砂を払う。
こうして見上げていると、レヴェリルインが遠いものに見えた。
黒くて長い髪が僕の体に触れて、ドキドキする。その黒い髪の間からのぞく目に見下ろされていると思ったら、なんだか伸ばした手すら恐れ多くなって、僕はすぐに手を下ろしてしまった。
「レヴェリルイン様っ……!」
前を歩いていたフィロッギの声がして、彼の魔法の弾が飛んでくる。水のようなそれは、僕が気づかないうちに僕の背後に飛んできた砂の弾の形の魔物を撃ち落としてくれた。
フィロッギが僕らに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
レヴェリルインが頷いた。
「ああ。この辺りにも出るらしいな」
「き、昨日はいなかったから……減ったのかと思ってたんですけど……」
「そうでもないらしい」
レヴェリルインが周囲の木々を見上げる。すると、周りの木立が一斉に揺れて、僕ら目掛けて、砂の弾が飛んできた。
コエレシールが叫んだ。
「きたぞっ……! 迎え打て!」
コエレシールが放った炎の弾が、砂の弾を焼いて消し去る。アトウェントラたち剣術使いの剣が、砂の弾をあっさり切り払い、フィロッギの魔法で地面から湧き上がった水が、低いところを飛んでいた魔物を飲み込んで消えていく。
レヴェリルインは、僕を抱きしめて、離れるなよって言ってくれた。そして、彼の掲げた杖の先から溢れた光が周囲に広がり、それに触れた魔物は、小さな音を立てて、光になって消えていく。あっという間に、飛んできていた魔物たちは全て消えてしまった。
みんな、すごい……何もできなかったの、僕だけだ。
コエレシールが、空を見上げて言った。
「大したことなかったな……」
安心したようなその言葉に、フィロッギが首を縦に振って答える。
「今日は……魔物たちも少し大人しいみたいです……こ、これから、砂浜の方に行くので、どうか油断なさらないでください!! 向こうまで行けば、きっと町長さんもいます!」
するとコエレシールが返事をして、アトウェントラは「わかってる。君は無事だった?」と聞いて、フィロッギについた砂をはらっている。
ラックトラートさんは、道の端で小さな手帳に「本当に魔物が出た!」って言ってメモをとっていて、手帳を途中でロウィフに取り上げられて、彼を追いかけていた。
一緒に来た剣術使いは、僕らの方を見て「これなら魔法使いはいらなかった」と言っていて、ソアドルトがそれを宥めている。
みんなにとっては、多分、大したことないものなんだ。何もできなかったのは、僕だけ。
ぎゅっと握った杖が、濡れている気がした。
思い知らされるようだ。
本当に僕は、レヴェリルインのそばにいていいのか? 従者なのに、何もできずに、ずっとレヴェリルインのことを目で追って、向けてはいけない思いを募らせているだけなんて。
フィロッギが、砂浜に向かって歩き出す。アトウェントラとコエレシールが、それについて歩き出して、ラックトラートさんが、アトウェントラたちに「魔物はどうでしたか?」って聞いていた。ロウィフもソアドルトたちも、砂浜の方に向かって行く。
レヴェリルインも、僕の手を引いて砂浜に向かう。
彼と一緒に僕は行っていいのかな……何もできないくせに、彼に勝手な感情ばかりを持って……
そんな思いが僕の足にまとわりついて、僕の足を邪魔する。胸を突き刺すような自分への嫌悪感が僕を引き止める。なんで僕はここにいるんだろう……
俯きながら歩いていたら、レヴェリルインは突然立ち止まって、前を行くフィロッギに先に行っていてくれって言い出した。
どうしたんだろう。
フィロッギも、戸惑っている。
「どうかなさいましたか?」
「……すぐに追いつく。俺が行くまで、砂浜にはでるなよ」
「は、はい……わかりました! お待ちしています!」
そう言って、フィロッギはみんなを連れて、砂浜のほうに向かっていった。
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