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番外編2.出張中の執事(三人称です)

53.図書館

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 町へ出ると、もう日が暮れていて、人通りも来た時より減っていた。まばらに人が歩く大通りを黙ったまま歩いていると、唐突にダンドがセリューにきいてくる。

「セリューさん、どこへ行くんですか?」
「……一番近い、図書館です……」
「じゃあ、ついでにここ、寄っていいですか?」

 ダンドは楽しそうに持っていた雑誌のあるページを指す。

 能天気なその様子を見ていると、セリューの苛立ちも収まっていった。

 セリューも、できるだけ頭からコリュムのことを追い出して、雑誌を見た。どうやら、城下町の紹介が書いてあるようだ。

「なんですか? これは」
「ガイドブックです。なんでも、図書館の近くに、美味しい店があるらしいんです。うどんっていって、パスタみたいで、美味しそうでしょ? おやつにしませんか?」
「帰るころには、もう夜中になるはずです。明日にしてください」
「はーい」
「……あなたが用意したのですか? その本は」
「いいえ。オーフィザン様からいただいたんです。俺が城下町の料理見てみたいって言ったら渡してくれて」
「……」

 オーフィザン様からいただいた、それを聞いただけで、気持ちが曇る。事件を調べろと言っておきながら、こんなものを渡すなんて、やはりあまり期待されていないのではないかと思ってしまう。

 嫌な考えが何度も頭をかすめて、いつの間にか、そこにできていた赤黒い傷跡を広げていくようだ。

 急に俯き黙り込むセリューに、ダンドが問いかけた。

「セリューさん? どうしました?」
「……いえ。なんでもありません……うどん屋ですね。明日の昼になら行けるはずです。城の厨房には、私が話を通しておきます。好きに行ってきてください」
「え? セリューさんも行きましょうよ」
「私も?」
「せっかくだし。ね?」
「……分かりました」
「……ところで、セリューさん」
「なんですか?」
「……さっきのアレ、なんですか?」
「…………あれ?」
「さっき、フイヴァとか言ってた人」
「……フイヴァ家の長男、コリュムです。あれのことは無視してください」
「そうはいきません。恩着せがましいこと言ってましたけど、救ってやったって、なんのことですか?」
「なぜそんなことを聞く?」

 立ち止まって、セリューはダンドと顔を合わせる。
 てっきりさっきのセリューの様子を面白がって聞いているのだと思ったが、ダンドはそんな考えを一瞬で打ち消すほど、真剣な顔をしていた。

「多分あれ、俺らの敵に回ります」
「敵?」
「目的を果たす邪魔になるって意味です。あれは、ずいぶんセリューさんに突っかかってましたし、わざわざ会いに来たところを見ると、今後も同じようなことをするでしょう。もしかしたら、今回のことでキレてもっとロクでもないことを仕掛けてくるかもしれない。俺たちはこれから二人で、オーフィザン様に言われたことを果たさなくてはなりません。だから、聞いておきたいんです。敵の情報を知らないようでは、隙を作ってしまいます」
「……分かりました」

 そこまで理路整然と理由を言われたのでは断れない。なにより、彼の言うとおりだと思い、セリューは、大きく息を吐いてから、話し出した。

「三年前、私の両親が城の金や物を盗んで逃げ、そのことで、私も処分されそうになったのです。しかし、コリュムが手を回して、処分は見送られました。私はその後、慕っていた方の元へ身を寄せたのですが、コリュムにはそれが気に食わなかったようです。私を恩知らずと言っていたのは、そのことを根に持っているのでしょう。あんな男に頭を下げて感謝するくらいなら、死罪になった方がマシです」
「なるほど……でも、あの人、セリューさんのために、処分を見送らせるようにみんなに話してくれたんですよね?」
「私のためじゃありません。恩に着せて言いなりにしたいだけだ」
「そこまでして、ですか?」
「……その理由については、後で話します……ああ、あれです。図書館は」

 街路樹が並ぶ通りの向こうに、大きな建物が見えて来た。図書館だ。昔はもう少し小さな建物だったのに、増築したらしい。

 セリューたちがその扉を開けたのは、閉館時間の十分前だった。

 奥へと進むと、すでにカウンターの向こうで帰る用意を始めていた男が振り向く。彼は、勝手に入ってきたセリューたちを、鬱陶しそうに迎えた。

「……何かご用ですか?」
「例の釘の事件の調査に来ました。私はセリュー、こちらはダンドです。何があったのか、聞かせてもらえますか?」
「……調査の方が来るのは聞いてますけど……俺でいいんですか?」
「……司書の方ですよね?」
「いいえ……バイトです」
「責任者の方はいらっしゃいますか?」
「今いるのは俺だけです」
「事件のことを知っている方から話を聞きたいのですが、あなたはご存知ですか?」
「ここであったことなら……だけど、すみません……もうすぐ閉めなきゃいけないんです。遅れると文句言われるから……」
「閉館時間まで、できるだけで構わないので、何があったか、教えていただけませんか?」
「聞いていませんか? 入り口に釘が刺さってたんです。図書館の入り口を釘だらけにしてなんの意味があるんだか……」
「その時の釘はありますか?」
「警備隊の人が全部持って行きました。人手がないからって、俺らまで手伝わされて……釘抜き手当くらい、出して欲しいです……」
「釘を打つ音は聞こえなかったのですか?」
「俺は聞いていません。聞いてたら止めます。だけど、犯人は魔法使いらしいじゃないですか。魔法なら音を立てずに釘を打つくらい、できるんじゃないんですか?」
「……そうですね。本に被害は?」
「ありません。入り口だけです」
「今は直っているようですが、直したのですか?」
「直さないですよ。釘を抜くだけで大変なのに、なんで直さなきゃいけないんですか」
「……では、あの床は」
「勝手になおったんです」
「なおった?」
「はい。釘を抜いてしばらく経つと、床は勝手に元に戻ったんです。完全には直ってなくて、あちこち跡が残ってますけど。花屋は直らなかったみたいだけど、他の道路や街路樹も放っておいたら直ったそうです。直るって言っても、道路には元はなかった変な模様ができちゃってるし、街路樹は元は銀杏だったのに、何本か向日葵に変わっちゃってます」
「……直っていませんね……」
「はい。役場では、木でなくてもあればいいってことで満場一致したらしく、ずっとそのままになってます。何がしたいのか、本当にわからなくて、気味が悪い。魔法使いの仕業らしいけど、最初は森の中の魔法使いを疑う奴らもいました。俺は馬鹿らしいと思いましたけど」
「何故そう思われたのですか?」
「森の魔法使いは竜と魔族のハーフだけど、今回の魔法使いは狐妖狼って聞いてたから……」
「そうですか……」

 今度は、ダンドが前に出てたずねた。

「なんで狐妖狼って分かったんですか?」
「耳と尻尾があるやつが逃げるのを見た人がいるんです。それに、事件のあったところに、狐と狼の毛が落ちてるし」
「……尻尾は何本だか分かりますか?」
「尻尾? 一本だろ? いくつもあったなんて、聞いたことない」
「……分かりました」
「……すみません……もう、閉館時間なんで……」
「あ、すみません」

 ダンドが頭を下げる。セリューもそうしてから、礼を言った。

「ありがとうございました。明日また、調査に来ます。お名前を聞いてもよろしいですか?」
「……シーニュです……じゃあ、もう鍵かけるんで……」
「はい。すぐ出ます。ダンド、行きましょう」
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