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番外編2.出張中の執事(三人称です)

50.見送り

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 主人に突然出張を命じられ、出発の準備をするために私室に戻ったセリューは、大きなため息をついた。

 オーフィザンの執事になってから、城に出向くのは二度目だ。

 一度目は、オーフィザンと魔物を退治しに行った時だ。落ちた貴族が戻って来たと好奇の目で見られることもあったが、オーフィザンはいなくなるわ伯爵に殴りかかろうとするわで、忙しすぎて気にならなかった。


 だが、今回も同じようにはいかないだろう。今回は一人で城に向かうのだから。


 気は進まないが、出かける用意終え、忘れ物がないか確認していると、ドアをノックする音がした。

「セリュー、俺だ」
「お、オーフィザン様!?」

 急いでドアを開く。そこにはオーフィザンと、ダンドが立っていた。ダンドはいつも調理場にいる時とは違い、なぜかセリューと同じ燕尾服を着ている。

 驚くセリューに、オーフィザンは、ダンドの肩を抱いて言った。

「今回はこいつと行け」

 同行を命じられたダンドが、軽く会釈する。

「厨房以外で会うの、初めてですね。よろしくお願いします」
「あなたが一緒に、ですか? なぜです?」
「……」

 ダンドは黙り込み、俯く。隣のオーフィザンは、心配そうに彼を見ていた。

 何か声をかけるべきかと、セリューが悩んでいると、ダンドは急に顔を上げる。

「俺、狐妖狼なんです」
「……狐妖狼?」
「うん。今回の犯人は、狐妖狼みたいだから、俺、役に立てると思うんです」
「……しかし……」

 頷けないでいると、オーフィザンが、今度はセリューの肩を叩いて言った。

「二人とも、俺の執事ということにしておく。頼んだぞ。セリュー」
「お、オーフィザン様!」
「すぐに出発できるよう、準備をしろ。それと、これを渡しておく」

 オーフィザンはこちらの話など聞かず、セリューにカバンを渡してくる。以前魔物退治のために城に向かった時、オーフィザンが持っていたものだ。

「中に入っているものの使い方は、お前なら覚えているだろう?」
「は、はい。それは覚えていますが……お、オーフィザン様! お待ちください!!」

 叫んでも、オーフィザンは振り向かずに廊下を歩いて行ってしまう。なぜ急にこんなことを言い出したのか問い詰めたかったが、話す気はないのだろう。


 残されたセリューに、ダンドが笑顔で言う。

「行きましょう。セリューさん。城下町まで、俺が馬車で連れて行きます」
「……しかし……」
「早く行かないと、日が暮れちゃいます。俺、外で待ってます!」
「……分かりました。すぐ行きます……」

 不満だが、もう行くしかない。セリューは渋々頷いた。







 不満があると、相手の些細なことまで気になる。ダンドに対して不満があるわけでも、彼に非があるわけでもないのに、彼が一緒に行くことを受け入れられない。

 先輩の執事が遠い国へ行ってしまってから、執事はずっとセリューだけだった。それなのに、なぜ急にダンドを執事ということにしておくなどと言い出すのか。


 城を出ると、ダンドが馬車のメンテナンスをしていた。ピクニックにでも行くつもりなのか、バッグとは別に、大きなバスケットを馬車のそばに置いている。

「早かったですね。セリューさん」
「……急がないといけませんから……」
「じゃあ、セリューさんは客車に乗ってください。あ、これ、持っててくれますか?」

 渡されたバスケットはかなり重い。それから、甘い匂いがした。

「……なんです? これは」
「お弁当です。城下町まで結構あるし、お腹空いたら困るから、急いで作りました」
「……あなたは、私たちが誰の命を受けて何をしに行くのか、分かっているのですか?」
「オーフィザン様の代わりに城下町に行って、事件のことを調べるんですよね?」
「……分かっているなら構いませんが……」
「そんなに怖い顔しないでください。セリューさんの好きなドーナツも入れておきました」
「な……なぜそれを知っているのですか?」
「ドーナツのことですか? 俺、城の人たちの好物は全部把握してるんです。セリューさんが昼食の後、人気のない裏口からこっそりパティシエに頼んでるドーナツと同じもの、用意しました」
「うるさい!! 早くしろ!!」

 つい、怒鳴ってしまう。すぐにカッとなるのはセリューの癖で、直したいと思っているものの一つだ。
 かなり無理をしつつも常日頃から気をつけているはずなのに、なぜかうまくいかない。

 地が出てしまい、きまりが悪くて顔をそらす。すると、ダンドは微笑んで言った。

「セリューさんって、ちょっと短気ですか?」
「……いいから、早く行きますよ」

 彼と顔を合わせずに、バスケットを客車の奥にのせる。

 確かにいい匂いがした。オーフィザンに出発を言いつけられてから、それほど時間はなかったのに、すぐにこれだけの弁当を用意できるとは驚きだ。

 しかし、それは料理人として優秀だというだけだ。やはり、彼が執事として城へ向かうことには不満だ。オーフィザンに無能だと思われている気がしてならない。

 オーフィザンにそう感じさせてしまうような失態があっただろうかと考えながら、自分の荷物をバスケットの隣に積み込んだ。

 ダンドも、自分の荷物を客車に放り込んで、御者台に上がる。

「じゃあ、行きますよ。セリューさん。着いたら起こすんで、寝ていてください」
「……私は居眠りなどしません……」
「はーい…………わ、わあっっ! オーフィザン様!!」

 主人の名前を聞いて、セリューは窓から顔を出した。

 馬の前に、羽を広げたオーフィザンが降りて来る。

 セリューは慌てて馬車から飛び降りた。

「オーフィザン様、どうされました!?」
「見送りに来た」
「み、見送りになど……オーフィザン様もこれから、ヴァティジュ伯爵の領地に出向かれるというのに……」
「セリュー」
「はい」
「三年前のことを覚えているか?」
「……三年……ですか?」
「ああ。グライディトの屋敷に、俺がお前を迎えにいった時のことだ」
「はい。勿論でございます」
「覚えているならいい。あの時のことを、決して忘れるな」
「…………は……はい……」
「やっとチャンスだぞ」
「チャンス?」
「好きにやってこい。俺も後から行く。ダンドを頼んだぞ」
「……しかし」

 気になることを聞こうとするが、オーフィザンはセリューの背中を馬車に向かって押してしまう。

 この主人はたまに強引だ。

 仕方なく、セリューはオーフィザンに向かって頭を下げ、挨拶をしてから馬車に乗り込んだ。



 オーフィザンが、御者台のダンドに合図を送る。

「行け。ダンド」
「はーい!! オーフィザン様! いってきまーす!!」

 手綱がしなる音がして、車輪が回る。

 後ろ髪引かれる思いで一度振り返ると、オーフィザンは笑顔で手を振っていた。
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