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第一章

5.街だ!

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 暗い森を走る。

 日が暮れた森は、獣の声と風の音が鳴り響き、背の高い野草と、我が物顔で枝葉を伸ばした木々に支配された、暗い世界だった。


 もう、どれくらい走ったか分からない。


 必死に走って、木々の間を抜けて、チイルは崖の上に出た。
 眼下には森が広がり、そのさらに先に、幾つもあかりが集まっているのが見える。



 町だ。



 あれが、チイルが目指した、幾つもの種族が手を取り合う町だろうか。
 たくさんの明かりがちりばめられ、遠くには、船の明かりも見える。港町らしい。街の向こうには、大きな城と、時計台も見えた。祭りでもやっているのか、時計台から大通りまで、ランタンの明かりが続いている。

 光に満ちたその街は、たった一人で崖の上に立つチイルには、別世界に見えた。

(あと少しだ……っ!!)




 決死の思いで走って、次の朝が来て、その日が沈む頃、チイルは港町に入ることができた。

 道の端のゴミ捨て場に服が捨ててあるのを見つけ、それを着込んで街に入る。

 大きな建物がいくつも並び、遠くには海も見えた。丘の方には領主の城があるようで、そちらへ向かう通りには、旗が立っている。

 歩いているのは、人族、魔族、竜族、精霊族、妖精族など、幾つもの種族が住んでいることは間違いないようだ。


(すごい……これが街?? なんて賑やかなんだ……)


 小さな町で生まれ、そこを出てからはずっと森で暮らし、村に捕まってからは暗い地下にいたチイルには、全てが別世界だった。

 街灯の明かりが煌々と灯り、夜だというのに、星を隠すほどの明るさだ。

 通り沿いにある店は、きらびやかな服を売る店や、観光客向けの土産を売る店、美しい宝石のような菓子を売る店、仕事終わりに酒を楽しむバーなど様々で、どこも賑わっている。


 そこで笑いながら酒を楽しむ町の人たちを見ると、どうしても、自分のみすぼらしい格好が気になった。


 隠れるように路地裏に入る。


 フラフラ歩いて行くと、かすかに、水の音がした。側溝を流れるような小さなものじゃない。川の流れる音だ。


 それを頼りに、チイルは走った。


(やった……水が飲める!!)


 もうずっと、何も口にしていない。喉もカラカラだった。


 川沿いに植えられた木の下を抜け、芝生で整備された土手を越え、広い川に飛び込んだチイルは、そこで浴びるほど水を飲んだ。

 街中なのに清流の中のように美味しい。それに冷たい。

 腹いっぱいになるまで水を飲んで、体も洗って、やっとチイルは川辺に上がった。


 濡れてしまった耳と尻尾を震わせ、そこに倒れる。
 青々とした芝生は、包むようにチイルを迎えてくれた。
 血と泥に塗れていた体は、すっかりきれいになった。



 夏の始まりの河原は、夜でも少し生暖かい。その風が、体を乾かしてくれそうだ。


 もう動けそうにない。


(今夜は……ここで寝よう。明日の朝になったら仕事を探そう……お腹が空いた…………)


 本当は森に戻りたかった。

 果物をとって、自由気ままに暮らす方が、性に合っている。

 しかし、森に戻れば、また捕まるかもしれない。それが恐ろしかった。




 チイルは、昔街に住んでいた時の記憶を頼りに、夜が明けたら仕事を探そうと決めて、草むらの中で丸くなった。

 大きな尻尾がくるんと体を包んで、チイルを守ってくれる。


(明日になったら、仕事をして、お金をもらって、それからたくさんご飯を食べたい。お腹いっぱいになるくらい。それだけ叶えられればいい……)


 そう思いながら、その日は深い眠りに落ちた。久しぶりだった。
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