93 / 96
後日談
93.順番!?
しおりを挟むさっきまで小さな竜だったのに、ヴァグデッドが男の姿になったら、急に緊張してきた。可愛らしく俺の周りを飛び回っている時は、そんなことなかったのに。
「うっ……ヴァグデッド……き、急に人の姿にならないでくれっ……」
「なんで?」
「え!?」
ドキドキして顔も上げられなくなるから……とは言えない……
な、なんて答えればいいんだ……くそっ……! なんでゲームに悪役令息フィーディの選択肢がなかったんだ!
こうして誰かとデートをするのも初めてなら、二人で歩くのも初めて。ただ会話するだけなのに心臓が高鳴って、何も考えられなくなりそうだ。
何か言わなくては……でも、何も思いつかないっ……
もうこの際、包み隠さず正直に言うか? ドキドキして歩けなくなるからって。
それとも。
ごまかすか? 周りの人が驚くだろ? みたいに……
「……あ…………その……き、急に人の姿になったら、みんな驚くんじゃないかなって…………」
……言いながら、自分の不甲斐なさが嫌になる……俺だって、ヴァグデッドにこうされているのは嫌じゃないのに。
絶対今、照れずに正直に言うべきだった……
自分の選択に、後悔ばかりの俺に、ヴァグデッドは周りを見渡して言う。
「そんなことないよ。誰も見てもいないし」
言われて、俺も周りを見渡せば、誰もこっちを向いてない。いきなり小さな竜が人になっても、それはここでは驚くことでもなんでもないらしい。
慌てているのは俺だけ。しかも、ヴァグデッドが人になったからじゃなくて、彼がこうしてすぐそばにいるからだ。
彼が俺を見下ろしている。そうされて、目があっただけで緊張する。
やっぱりどうしても昨日押し倒されたことを思い出してしまうっ……!
ベッドに倒されて、組み敷かれて、俺は微かに抵抗したが、彼はびくともしなかった。しかも、いつもの俺なら、絶対怯えていたのに、鼓動が高鳴っていくばかりだった。これはどうすればいいんだっ……嬉しいんだか怖いんだか分からないっ……!
一人で混乱していく俺に、ヴァグデッドは首を傾げて言う。
「……フィーディ? どうしたの?」
「へっ……!? な、なんでもない!! なんでもないっ……! な、なんでもっ……ないんだ……」
「ふーーん…………だけど、顔が赤いよ?」
「へ!? ……あ、えっと……さ、寒いっ……寒いからだな!!」
腕をさすりながら言うと、ますます彼に強く抱き寄せられてしまう。彼の体が温かくて、もう寒さなんて全く感じないどころか、熱い。
「あっ……あのっ…………ヴァグデッドっ……お、俺っ…………ち、ちょっとあのっ……」
「なに?」
「……あのっ…………お、俺っ……ひ、一人で歩けるから……あの…………」
「寒いって言ったのに?」
「そ、それはっ……」
「それに、さっきから人にぶつかりそうになってるのに?」
「そ、そんなことは……ない……」
いいや……あるな……
確かに彼の言うとおりで、俺はさっきから、しょっちゅう人にぶつかりそうになっている。さっきからずっとヴァグデッドのことばかり考えてしまって、彼のことばかり見上げてしまうからだ。
……ちょっと抱き寄せられたくらいで、こんなに心臓が高鳴るなんてっ……
体まで熱くなってきたし、さっきから、俺の服と彼の服が擦れ合っている。俺と彼の距離が、服一枚ほどもあいていないようで、ますます恥ずかしくなってきた。しかもさっきから考えるのは昨日ベッドに押し倒されたことばかり……こんな顔、ヴァグデッドに見せられるものか!
ずっと俯いてしまう俺に、彼は俺の耳元で言う。
「……フィーディがよくても、俺が嫌」
「へっ……!??」
「俺が嫌なんだよ……フィーディが良くても。フィーディの体が他の男に触れるの、見たくない」
「はい!???」
ただ、道を歩いているだけなのに!?
俺は別に誰かに触られたわけではなく、単にぶつかりそうになっただけだ。それなのに……なんだかこの前の嫉妬から、彼の独占欲が増している気がする……
しかも、そんなことを言われて、俺は怖いどころか嬉しい。
もうだめだ……! こんな風に肩を抱かれていたら、前を見ることすらできなくて、彼にまでぶつかってしまいそうだ!
「あ、あにょっ…………」
「フィーディ? どうしたの?」
「そのっ…………お、俺っ……そ、そのっ…………さ、さっきはすまない!! 周りの通行人を言い訳にしたりして……ただ俺がっ……そのっ…………距離が近くてひどくドキドキしてっ……お、お前の顔も見れないからっ…………!」
「…………」
「て、手を……つ、繋ぐのはどうだろうか! 手を繋げば、はぐれることもない!! な、なんていいアイデアだ!!」
「…………フィーディ……俺と手を繋ぎたいの?」
「へっ……!? あ、えっと…………そ、そうだな……つ、繋ぎたい……です……」
何を言っているんだ俺はっ…………手を繋ぎたいだなんて、言うのも恥ずかしいのにっ……!!
真っ赤になっていたら、ヴァグデッドのちょっと意地悪そうな声が聞こえた。
「でも、手を繋ぐのは、付き合ってからなんだろ?」
「へ!??」
どういうことだ?
驚いて見上げたら、彼はニヤリと笑っていた。
「フィーディ、言ってたじゃん。付き合ったら、手を繋ぐことから始めたいって」
「あ……」
そう言えば、そんなことを言った。付き合ったら、手を繋ぐところからだって。そんなことを覚えていたのか……
……だからといって、肩を抱くところから始めるのは、違うんじゃないか!??
「ヴァグデッド……あ、あのっ……」
「俺たちはまだ付き合ってないから、肩にしよう」
「か、肩は……手より後かなって……お、思うんだけど…………」
「俺は手より肩が先」
「そんな無茶苦茶な……! あ、あのっ…………だ、だったら、お、お互い、順番を確認するのはどうだろう!? い、意見の相違があるかもしれない……だろう…………?」
だんだん俺の声は小さくなっていく。だってヴァグデッドが俺の首に鼻先を近づけてくるからっ……!!
く、くすぐったい!
彼の髪が俺の頬に触れて、首には吐息がかかる。その柔らかな感触にいちいち反応して、俺の体が震えている。
「ヴァグデッドっ……あ、あのっ…………」
「フィーディ……いい匂いがする…………吸っていい?」
「へ!? だ、だめだっ……あ、朝、クッキーいっぱいあげたじゃないかっ……だ、だからっ……」
「ちょっとだけ」
だから、そんな首元で離さないでくれっ……! ますますドキドキするっ……!! 彼の声が俺の体に響くようだ。
「……る、ルオンにだめだと言われているだろうっ……あ、後でまた、クッキーをやるっ……から……」
「…………約束?」
「う、うん…………」
ビクビク震えながら頷く。すると、ヴァグデッドは、そっと俺から離れてくれた。
「約束だよー」
「あ……うん…………」
怯えながらも、頷く。
すると彼は微笑んでくれて、俺の肩から手を離し、手を繋いで歩き出した。
もしかして……俺が怯えているようだったから、引き下がってくれたのかな……
12
お気に入りに追加
763
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
少女漫画の当て馬に転生したら聖騎士がヤンデレ化しました
猫むぎ
BL
外の世界に憧れを抱いていた少年は、少女漫画の世界に転生しました。
当て馬キャラに転生したけど、モブとして普通に暮らしていたが突然悪役である魔騎士の刺青が腕に浮かび上がった。
それでも特に刺青があるだけでモブなのは変わらなかった。
漫画では優男であった聖騎士が魔騎士に豹変するまでは…
出会う筈がなかった二人が出会い、聖騎士はヤンデレと化す。
メインヒーローの筈の聖騎士に執着されています。
最上級魔導士ヤンデレ溺愛聖騎士×当て馬悪役だけどモブだと信じて疑わない最下層魔導士
周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)
ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに
ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子
天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。
可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている
天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。
水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。
イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする
好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた
自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い
そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる