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59.特別な感情などあるはずがない!

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 ウィエフには、この眠りの魔法がよく効くような気がする。だけど、いつ起きるか分からない。

 キラフェール王子は、倒れたウィエフに近づいていく。

「ウィエフ……私を狙ったのか…………」
「多分……でも、お、俺のことも、一緒に処分しようと思ったんだと思います。ルオン様に近づく俺を、相当邪魔だと思っていたらしいので」
「そうか……ところで…………」
「何でしょうか?」
「そんなところで何をしている?」
「心を落ち着けています……すみません……もう、怖すぎて……」

 俺は、ソファに隠れてうずくまり、自分の胸を強く両手で押さえて、息を整えようと努力していた。

 もう、恐怖が受け入れられる量を超えている。魔物には襲われるわ、暗殺者には狙われるわ、ティウルとウィエフは喧嘩を始めるわ。だいたい、今一緒にいる王子も、俺の命を狙っている男ではないか。
 少しくらい落ち着く時間を取らないと、頭がほとんどパニック状態だ。

「な、何で俺がこんな目に……もう帰りたい。城に帰りたい……城じゃなくていいから怖くないところに行きたい。平穏が欲しい……平穏であれば他のものは何もいらない……」
「……フィーディ……どうした?」

 王子は困っているようだが、少し待って欲しい。

 緊張しきってしまった体を落ち着けながら、ずーーっと愚痴を吐いていると、少し楽になってきた。
 しばらく経って、なんとか人と話せそうになった俺は、恐る恐る王子に振り向いた。

「で、殿下……すみません…………落ち着きました……」
「……それは何よりだ」

 殿下はソファに座って、俺が落ち着くのを待っていたようだ。

 ウィエフのことは、俺が愚痴を言っている間に、魔法で後ろ手に縛っていたらしい。ソファのそばで縛られたまま寝ている。
 鎖は、魔法を封じるためのものだ。ウィエフの体は、特に傷つけられたりもしてない。ここにいる俺たちの身の安全を確保するための最低限の拘束にとどめたのだろう。 

 王子は、倒れたウィエフから目を離さずに言った。

「……ルオンはいつここへ来る?」
「分かりません…………逃げる時は、それだけで必死だったので……」
「そうか……」
「……」
「…………王家を恨んでいることは知っていた」
「恨んでません!!」
「……お前がそうでないことは分かっている……落ち着け」
「俺のことじゃないなら……誰の…………」
「……ウィエフだ。昔から優秀な魔法使いだったが、平気で王の命令も無視する男だった」
「そ、それは……王族に無理難題を押し付けられている人を見てきたからです…………ルオン様のことだって、ウィエフは尊敬しています。それなのに、こ、ここで何かあるたびに、ルオン様に責任を押し付けるから……」
「貴様も一応貴族なら、事情は理解しているだろう。貴族社会で生きることを拒んだのはルオンだ」
「……」

 魔法の才能に恵まれたルオンを取り込もうとする貴族が多かったことは知っている。彼を召し抱えようとする人が多かったことも。それをことごとく断り、貴族たちに邪魔者扱いされた魔法使いや、ヴァグデッドのような竜を庇い立てするルオンは、貴族たちにとっては目障りな存在だ。

 しかし、ルオンが彼らに居場所を作っていることも事実。ヴァグデッドが今までこの城で大人しくいたのも、ここの居心地が良かったからじゃないか。

「……ルオン様がいなくなったら…………お、王国がどうなっても、知りませんよ!?」
「何だと!! 貴様っ……王族を脅すのかっ……!!」
「な、何をどう聞いたらそうなるんですか! 俺に手を出すのも、ルオン様やウィエフに余計なことを言うのもやめてください! 王位を継ぐ前に死にたいんですか!?」
「さっきから、貴様はどういうつもりだ! 私の暗殺を目論んでいるのか!!」
「ち、ちがっ……! 違います違います違います違います!!! な、何をどう聞いたらそう聞こえるんですか! 俺はただ、恐ろしい目にあいたくないだけです! 俺を狙っても……な、何もいいことなんかありません!! あなたはここで、魔力を高めて強力な魔法を学んで、ルオン様がしていることを知って彼の国に対する功績を知って、絆を深めてティウルとハッピーエンドになればいいんです!」
「ティウルと?」
「……あ、す、すみません…………い、今のは、忘れてください……」
「……忘れない。ティウルがどうした?」
「…………気になるんですか?」

 たずねると、王子は急に黙って、俺から顔をそむける。

「…………」
「あの……殿下?」
「……ティウルは強い魔力を持っていると期待されている。気になるのは当然だろう」
「……」

 やっぱり、気になっているんじゃないか。ティウル……惚れ薬だけやめれば絶対に上手くいく。というか、王子殿下は何度か薬を飲まされていることは気にならないのだろうか。

 王子は、ソファに座り直した。そして、手近にあったクッションを手に取る。

「熱心だとは思っている。貴族たちの狙いを知りながら……健気な男だ」
「……殿下……あ、あの! それ、危ないです!」

 俺は、王子の持っているクッションを取り上げた。

 危なかった。これは、俺の部屋にあったものと同じ、魔法の道具だ。俺は、この城に来た日にヴァグデッドに追われ、このクッションを投げつけ爆発させ、ひどい目にあった。下手に触ると、また爆発するかもしれない。

 けれど、急にそんなことをされた王子は、俺を怒鳴りつける。

「な、何だ急にっ……!! 聞いたのは貴様だろう!!」
「す、すみませんすみませんすみません! で、でもこれ、あ、危ないんです!!」
「……なんだ、それは。魔法の道具か? なぜこんなところにある?」
「……こ、これが魔法の道具だと分かるのですか?」
「……ああ。王族として、魔法の道具のことは学んでいる。それを教えたのも、ウィエフだった」
「……」

 ウィエフ、ちゃんと魔法を教える仕事もしていたんだ……

 ウィエフは本気で殿下を狙っていた。それなら、キノコをヴァグデッドを脅してまで求めたのは、やはり王家を潰すためか? だとしたら、すでにバッドエンドに向かい始めている。
 ゲームでは、ティウルがウィエフとキラフェール王子の間に入って二人を繋いでくれる。けれど、ティウルは常に王子を後ろから惚れ薬持って付け回しているし……こんな三人が組んだら、それはそれで怖い気がする……

 身震いしそうになるのを、何とか抑える。今は、無事に城に戻ることを考えなければ。

「と、とにかく、寝ているウィエフも、いつ目が覚めるか分かりません。早く、ルオン様たちと合流しないと……」
「そうだな……」
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