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45.そんなにそいつを助けたかった?

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 まるでやる気のない二人を置いて、俺はウィエフが襲われている方に走った。

 はっきり言って怖いし、行きたくなんかないし、できるなら無視しておきたいが、すぐそばで人が襲われているのも怖い。それを無視するのも怖い。万が一、死んじゃったりしたら、もっと怖い。
 正義感はまるでないが恐怖に負けた俺は、ビクビクしながら、魔物が放つ光の方に近づいていった。

 真っ暗な中、草むらを抜け、たまに木にぶつかりながら歩くと、背後からにゅっと、ぼんやりした光が出てきた。

「ひ、人魂っっ!?」

 びっくりして飛び退くと、今度は背後にあった木に頭をぶつけた。痛い……

 出てきた光はもちろん人魂ではなく、魔法の明かりだ。ヴァグデッドの魔法らしい。彼は明かりの下をパタパタ飛びながら、堪えきれないと言った様子で笑っている。

「人魂だってー」
「う、うるさい!!! な、なんだ! 結局ついてきたのか!!??」
「だって、魚、美味しそうに焼けたんだもん。食べてよ」
「なぜ人が襲われてる時に魚を食べるんだ!」

 と怒鳴っても、彼は串焼きにした魚を咥えて楽しそう。ティウルの方は、「コーヒーが入ったよ」なんて言いながらマグカップを持ってくる。
 なぜこんな時に二人とも俺に食事を勧めてくるんだ。彼らは怖くないのか?

 しかし、断る勇気も持てなくなってきた俺は、串焼きの魚を口の中に突っ込んで、マグカップも受け取った。

「あ……これ、うまい……」
「だろ?」

 ちょっと得意げに言うヴァグデッドは、なんだか楽しそうで、少し心が温かくなるけど、そんなことしてる場合じゃない!

「じ、じゃなくてっ……! ウィエフはどこだ!? く、暗くて見えないんだっ……! 魔法で照らしてくれ!」
「…………そんなにあいつが心配なの?」
「頼む!! お、俺にはできないんだ! 頼めるのはお前だけなんだ!」
「…………俺だけ?」
「は、早く!!」
「……今回だけだよ」

 ヴァグデッドはそう言って、ウィエフがいた方に魔法の光を飛ばす。すると、少し離れた木々の向こうに、弱い光に照らされた、ウィエフの姿が見えた。
 ウィエフを追っているのは、彼の身長を遥かに凌駕する大きさの真っ黒な蜘蛛のような魔物だ。
 ウィエフは、自分を照らす光に気づいたようだけど、こっちには一瞬視線を送っただけで、すぐに魔物に向き直り、自分に向かって振り下ろされる魔物の足を避ける。同時に魔物に向かって魔法の光を放つけど、それは効かなかったようだ。魔物は微かに怯んだだけで、すぐにウィエフに向かっていく。

 彼を追う魔物には、さっきから魔法がほとんど効いていない。かなり不利な状況なんじゃないか?

「な、なあ……ヴァグデッド……あ、あれ……だ、大丈夫なのか?」
「……かなり力の強い魔物みたいだけど、ウィエフなら、死にかけるくらいにまで追い込まれれば勝てるんじゃない?」
「は!? え!? そ、そんなにまずいのか!? 落ち着いてる場合じゃないだろ!」
「監獄の島だから。それくらい、いつものことだ。心配しなくてもいい。放っておけ」
「ば、馬鹿言え! だからって、見てるなんて良くないっ……!」

 なんて、偉そうに言いながらも、俺には助ける力なんてない。とは言え、放ってはおけない。

 そうだ! 俺は眠りの魔法を強化したんだ!!

「ヴァグデッド!! 魔物の位置がわかるように照らしていてくれ!」

 叫んで、俺は魔物に向かって、思いっきり魔法を放つ。さっきだってできたんだ!! 俺にだって、できるんだ!!

 けれど、俺が放った魔法は魔物ではなく、それに応戦しようとして飛びかかるウィエフに当たってしまう。
 ウィエフはふらふらと木にもたれかかり、そのまま動かなくなった。

 う、嘘だろっ……! はずした!? しかもこんな時に限ってめちゃくちゃ効いてる!!

 真っ青になる俺の横で、ヴァグデッドは「眠らせて殺そうなんて、やるねー」なんて言って大笑いしているけど、そんなことしてる場合じゃない。
 ウィエフと戦っていた魔物は、その足を大きく振り上げて、今にも彼の体を切り裂いてしまいそう。

「い、今のはっ……ね、狙いが外れたんだ!」

 言い訳をしながら走って、ウィエフに駆け寄る。
 彼は、木に寄りかかったまま動かない。立ったまま眠ってしまっているんだ。

「お、起きてっ……! 起きてください! 起きて起きて起きて!! ま、魔物が来てるっ……!! 起きて起きて起きてーー!!」

 いや、違う!! 魔法で魔物を眠らせればいいんだ!

 俺は飛びかかってくる魔物に向かって魔法を放った。今度は遠くから動く魔物を狙うんじゃなくて、自分に向かってくる魔物を狙うんだから、外さなかった。

 魔物は俺の目の前で倒れて、その体が崩れていく。

 あ、当たった……成功した……

「や、やった…………やった……」

 まだ、恐怖が残っているようで、声も足も震えている。とっくに腰が抜けていたらしく、もう立っていられない。その場にへなへなと座り込む俺のすぐ背後で、声がした。

「大丈夫?」
「ヴァグデッド……なんだ……放っておけ、なんて言っておきながら……お前も来たのか……」
「…………フィーディが行っちゃうから。放っておけばいいのに。そんなにそいつを助けたかった?」
「お、襲われてたんだから……見てるわけにはいかないだろ……なぜ拗ねているんだ?」
「拗ねてない」
「そうか? さっきからひどく機嫌が悪いような気がしたのだが……お、俺が何か……き、気に食わないことをしたなら、教えてくれ……」
「別にしてない……」

 ……そうか? それにしては、さっきから目を合わせてくれない。

 ティウルも、多分素材を集めるためのものだろう大きな袋を持って、俺たちの方に走ってきた。

「フィーディ! ヴァグデッド!! 無事? 素材!」

 ……俺たちの無事を聞いているのか、素材の無事を聞いているのか、どっちなんだ……

 彼は、俺たちの前を素通りして、地面に散らかった魔物の破片を集め始める。

「よかった! 素材は無事だね!」
「……そうだろうと思ったよ」
「……? 何が?」
「……なんでもない」
「ウィエフはなんで寝てるの?」
「な、なんでって……見てなかったのか!?」
「素材に夢中だったんだもん。ウィエフのことはあまりにもどうでもよすぎて、見えてなかった」
「……俺が間違えて眠りの魔法をかけちゃったんだ……ま、まだ起きないし……あの……目を覚まさせる方法を知らないか?」
「これを飲ませれば起きるよ」

 そう言って、彼は怪しげな瓶を渡してくれた。瓶も不気味だけど、中身はもっと不気味だ。薬というより灰色の泥のようで、黒いもやのようなものが浮いている。その上、蓋がしてあるにもかかわらず、瓶全体から煙のようなものが出ている。

「こ、こんなの飲ませて……大丈夫なのか?」
「もちろん! よく効くよ!!」
「……で、でも……ウィエフは眠っているんだ。飲ませれば、と言われても、寝てる人相手に、どうすればいいんだ?」

 俺がたずねると、ティウルは自分の唇に人差し指で触れて、可愛く笑った。

「口移しで飲ませればいいよ」
「口移し!? これ、俺も口に入れなきゃダメなのか!?」
「自分で飲めないものを人に飲ませちゃダメだよー」
「もっともらしいことを言わないでくれ! だ、だったらティウルがやってくれよ!」
「嫌。僕には殿下がいるんだから」
「お、俺だって、こんな怖い薬嫌だ!」

 言い合っていたら、ヴァグデッドが俺の握っていた瓶を叩き落としてしまう。

「お、おいっ……! 何するんだっ……ヴァグデッド!??」

 彼は落ちた瓶に炎を吹いて焼いてしまう。一体何をしているんだ!?

 俺が止めてもやめてくれないし、ティウルはそれを見て大笑いしていた。
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