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8.来て早々……なんでこうなる……

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「待ってー。なんで逃げるのー?」

 間伸びした声を上げて、あの竜が俺を追いかけてくる。

 なんでだって? そっちこそ、何を言っているんだ! 血を吸われたら、俺が悪事を働いたことになるんだろう! そんなことになったら、また俺が一歩悪役に近づいてしまうではないか!!

「く、来るなっ……!! や、やっぱり、血はなしだ!! ち、血じゃなくてっ……! ほ、他のことなら、か、考えるからっ……!」
「だって、血をくれるって言っただろーー!」
「だ、ダメだってっ…………! お前だって罰を受けるんじゃないのか!?」
「まーてーーー」

 あいつ、全然聞いてない!! めちゃくちゃ楽しんでるっ……!

 くっそっ……! なんでこんなことになったんだ!! あんな奴に同情したばっかりにっ……!

 慌てて逃げる俺に、ヴァグデッドは嬉しそうに笑って、鋭い爪で襲い掛かってくる。そして、泣きそうになりながら避ける俺の頭上を飛んで行き、廊下の壁に激突してる。それで気絶でもしてくれればよかったのに、ボロボロと崩れていくのは壁の方。まるで砲弾みたいな勢いだ。

 う、うそ……!! 今のあたったら、俺、確実に死んでましたけど!??

 その爪であっさり壁を破壊したその竜は、ギラギラ光る目をして、俺に振り向いた。

「ちょろちょろ逃げるの? いいよ? だったらその分、痛めつけて動けないようにするから」
「な、なんでそうなるんだよ!! お、俺、盗みはしないけど、お、お前に協力するって言ってるだろっ……!!」
「待ってー!」
「お前楽しんでるだろっ……!!」

 これはダメだ。何を言っても、多分無駄だ。なんだこの乱暴な竜は。あんな竜に同情した俺を殺したい。

 あいつの方はじゃれついているつもりなのかもしれない。だったら竜同士でやれ。俺はあんなのに飛びつかれたら体がバラバラにされてしまうんだぞ! あれが俺の手下なんて、何かの間違いだ!!

 こうなったら、逃げるしかない。逃げなきゃ骨まで砕かれる!!

 俺は、必死に走って自分の部屋に逃げ込んだ。すぐにドアを閉めようとしたけど、小さな竜はドアの隙間から中に滑り込んでくる。

「うわっ……! 入ってくるなよ!! ここ、俺の部屋だぞ!!」

 ベッドの影に隠れながら抗議するけど、その竜は遠慮を全く知らないらしい。パタパタと部屋の中を飛び回っている。

「なんでこの部屋、何もないの? 公爵令息じゃないの?」
「に、荷物なんてないんだよ! そんなこと、お前に関係ないだろ! と、とにかく、そんな事情なら、血の話はなかったことに……」
「じゃあ、俺と一緒に素材盗みに行く?」
「それも行かないっっ!! お、お前だって、そんな真似やめろ!! し、死罪にな、なっても……し、知らない……ろ、ろろろくなこ、ことに……ならない…………からな……」

 だんだんそいつが近づいてきて、俺の声もだんだん小さくなっていく。
 だってもう本当に恐ろしくてたまらない。ついに腰が抜けたのか、俺は床に尻餅をついてしまう。

 ついさっき壁をあっさり破壊したヴァグデッドは、爪を見せつけるように飛びながら、俺に迫ってきた。

「何か言った? 聞こえなかったけど?」
「い、いや……だ、だからその……こ、こんなこと、やめましょう……お、俺もあなたも……こ、ここにいなきゃならないんだから……も、問題は起こさない方が……身のためだと思いませんか!?」
「身のため?」
「あっ……! いえ! ば、馬鹿にしているわけではなくてっ……!」
「なにそれ。俺の心配してるの?」
「え、えーーっとぉ…………あの、だからその……」

 もう、言葉が出てこない。むしろ泣きそう……なんて情けない俺なんだ。

 凶暴な竜を前に、力なんてまるでない俺にできることは、怯えることだけだ…………いや、そんなことないっ……!!

 後ずさる指先が、柔らかいものに触れた。見下ろせば、そばにクッションが落ちている! 真っ黒なそれは、中によほど軽い綿が詰まっているのか、触れただけでフワッと気持ちいい。さっき、ベッドの後ろに隠れた時に落ちたんだろう。

 今ある武器はこれだけ。だけど、俺には剣なんかまるで使えないし、クッションの方が今は役に立ちそう! これなら、ぶつけたところで敵意があるとは思われない!

 俺は、こっそりクッションの端っこを握った。もちろんその間、ヴァグデッドからは目を離さない。不意をつくなら、俺の方に注意を引きつけなくては!

「お、落ち着いてくれ……な? ち、血の件で期待させたなら……あ、謝るっ……! だけど、そのっ……お、俺は……問題を起こすと、だ、断罪されてしまうっ……う、運命なんだ!」
「運命ー? 面白いこと言うなあ、君は。俺の前で、そーんな寝言をほざいたのは、君が初めてだなあー……」
「おおおお落ち着いてくれ! からかっているわけじゃない!! 落ち着けっ……俺はっ……そのっ……! な、何にもない平穏な日々を心から願うだけの社畜です!」

 勢いに任せて、思いっきりクッションを投げる。ふわふわしてたそれは、そこにいた竜にぶつかるなり、一瞬で破裂した。

「うわっ……!」

 声を上げた口に、風が入ってくる。

 暴風が吹き荒れた。ベッドの布団を吹き飛ばして、窓にかかってきたカーテンが浮き上がり、今にも飛んでいきそう。さっきまで俺が一人で頭を抱えていたテーブルのクロスは飛んで、花瓶は割れ、それに生けてあった花がドアのあたりまで飛んでいく。

 なに今の!? な、なんでクッションが破裂して風が吹くんだ!? あのクッション、何かの魔法がかかっていたのか!? それとも魔法の道具!? それならそう書いておけ! 紛らわしい!!

 俺はもちろん、そんなことまるで知らなかったが、ヴァグデッドにしてみれば、自分を攻撃されたようなものだ。というか、攻撃そのものだ……

 吹いたのは、ただの風。だけど、突然魔法を自分に向かって放たれたら、誰だって自分が攻撃されたんだって思う。

「フィーディっ……!」

 恐ろしい声で、ヴァグデッドが俺を呼ぶ。
 その声を聞きながら、俺はそいつの横をすり抜け、部屋から飛び出した。

 それで相手に火をつけたらしい。ヴァグデッドは、獲物を狙う捕食者と変わらない目をして迫ってくる。

「逃げるの? 俺に喧嘩を売っておいて!? 好きなだけ逃げろ!! 捕まえる楽しみが増えた!」

 嬉々とした声だ。俺を捕まえられるのが、本気で楽しいらしい。どうかしてる。追われる俺の方は、もう泣きそうだ。

 廊下を走る。だけど俺は走るのは苦手なんだ。その上、相手には羽がある。逃げたってすぐに捕まる。

 爪を振りかざすヴァグデッドは、すでに理性もないのか、振り回す爪で廊下の壁も床も切り裂いている。そいつの目は、血と同じ色をして光っていた。

 なんだかやけに楽しそうで何よりです。こんなの手下にした令息が今は死ぬほど嫌いになりそうです。もうちょっと従順で素直で……何より乱暴じゃないやつをそばに置いておけーーーーっっ!!!!

 逃げてもすぐに捕まるっ……だったら、一か八か、苦手な魔法で眠らせる!!

 俺も、簡単な魔法なら使える。相手をちょっと眠らせるだけだけだし、しょっちゅう失敗するけど……

 ……失敗して怒らせたら、俺は今度こそ殺されるっ……!?

 どうする? 失敗するくらいなら、もう一回話し合いを試みる? それとも……眠らせて逃げるか??

 こんな選択肢、ゲームになかったーーーー!!

 背後から襲ってくる竜は、その爪で次々に床も壁も破壊していく。

 あんなに城を破壊してる奴が、話なんか聞いてくれるもんか!! もう理性があるとは思えない! あれは野獣だ!! 怪物か何かの類なんだ!!

「あ、あのっ……! ヴァグデッド!!」
「なーにー? 首を差し出す気になった?」
「い、いやっ……! 殺されるのは嫌だけどっ……血ならあげるのでっ……! あ、手から……っ!」

 左手を出すと、そいつはひどく恐ろしい顔で笑う。

 今だと思って魔法をかける。すると飛んできていた竜は墜落するように床に落ちた。そのまま動かない。

 ね、寝た……? 魔法……成功した? 久しぶりに?

 恐る恐る近づいていくと、ヴァグデッドは、床に羽を落としたまま、くーくーと、やけに可愛らしい寝息を立てて寝ていた。成功……したみたいだな……

 よ、よかったー…………

 だけど、廊下はズタズタに切り裂かれてしまっている。
 床には無数の切り傷があり、壁はところどころ崩れている。

 来て早々、城が傷だらけになってしまったのだが……こ、こんなの……どうしたらいいんだ……

 茫然として力が抜けた俺は、呑気に寝ている竜の隣に、力なく座り込んでしまった。
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