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7.冗談はやめてくれ!

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 色々と言いたいことはある。だけど、俺とこいつがやり合って、俺が勝てるはずがない。魔法もろくに使えないし、剣術もまるでダメな俺なんだから。

 ヴァグデッドは、クルンと回ってまた小さな猫くらいの大きさになって、楽しそうに笑う。

「よかったー。素材がある部屋には、竜を寄せ付けないための鍵がかかっているんだ。フィーディが手伝ってくれるなら助かるよ」
「あ、あはは……お、お役に立てて何より…………」

 この竜……自分が世話になっている城から盗みを働こうとは! 下っ端の悪役め!!

 俺はこんな奴を助けて、盗みの片棒を担ぐなんてごめんだ。今はこいつの手下になってやるけれど、こんな竜を助ける気はない! 盗みも悪役もどっちも嫌だ!!

 情報の少ないヴァグデッドだけど、一つ、分かっていることがある。確かこの竜、城主のルオン・フォークに手綱を握られているはずだ。

 ヴァグデッドがここに来たのは、王国で暴れたからで、城主はヴァグデッドが逃げ出さないように、その行動を見張っているはず。

 見てろよ……手伝うふりをして、告げ口してやる!!!! 胸を張れるような計画ではないが、俺はバッドエンドを逃れるためなら、卑怯でもいい!

 ……こんなところが、また悪役な気もする。だけど、俺にできることなんて、その程度だ。

「い、行こうっ……! 素材の部屋は……こっちだよな!?」

 前世の知識で、目的のものがある部屋の方を指すと、ヴァグデッドはますます楽しそうに笑って、羽をパタパタ動かしながら、空中でくるくる回る。

「すごーい。なんで知ってるのー?」
「は!?? あ、いや……し、知っているわけではないんだ。その……こ、ここに来るまでに、ここの城のことは予習してきた! だから知っているだけだ!」
「ふーん……この城の素材の部屋の場所は、限られた人しか知らない秘密なんだけどなー」
「へっ……!? あ、いやっ……その、城の地図を見たときに、何の部屋か分からない部屋があったような気がしてー…………」
「そうなんだー。地図なんて渡してないけど」

 ……もう黙れ、俺。ますます怪しまれている。変に怪しまれて、今度は最初から盗み目的で来たんだろうなんて言われたらどうするんだ!!

「そ、それより、素材ってなんだ? お、俺も興味がある! 話してくれないか!?」

 と、話を逸らしてみる。

 しかしヴァグデッドは、自分で盗み出せなんて言っておきながら、そっぽを向いた。

「それは後で教えてあげる」
「そ、そうか……だが、盗みなんて……な、何に使うものなんだ? 盗むくらいなら、俺が城主様に頼んで……や、やろうか?」

 慣れない親しげな会話で舌を噛みそうだ。しかも相手が恐ろしい竜だと、舌くらい噛みちぎるかもしれない。

 頑張って笑顔だって作ってみたのに、ヴァグデッドは、小さな竜とは思えない迫力で俺を睨む。

「……本気で言ってる? 城主は、俺をここに軟禁するように言われてるんだよ?」
「な、軟禁……? な、なんのことだ?」

 分からないふりをして聞いてみる。

 城主のルオン・フォークは、国王から暴虐な竜、ヴァグデッドをこの城から出さないように言い付けられている。絶海の孤島であるここは、乱暴な竜を繋いでおくのに、ちょうどよかったらしい。
 ヴァグデッドは今、吸血を制限されて、魔力もあまり使えない状態でここに封じられているんだ。

 そんな目的で使われているから、この城は監獄なんて呼ばれてしまうんだろう。早い話、ここは王国が抑えておけないような悪人を押し込めておく場所なんだ。

 前世の知識で知っているけど、そんなの勘繰られたら、ますます怪しまれる。

 ヴァグデッドにとっては不愉快な質問になってしまったかと思ったが、彼は、ニヤリと笑って言った。

「悪行の末にここに連れてこられたのは、君も俺も一緒だろ? 義理の兄弟を殺して、召使を手篭めにしようとした君が、そんなことを言うとは思わなかった」
「はあ!?? て、手篭め??!! なんだそれ!!」

 なんだその言われのない汚名は! 冤罪もいいところだ!!

 義理の兄弟を殺すなんて怖いこと、できるはずがないし、まして手篭めなんて、あり得ない。こう見えて俺は、自慰でしか出したことないんだからなっ! ……何を言っているんだ。俺は……

 とにかく、人が苦手で、できるだけ関わりたくない俺に、そんなことできるはずがない。なんでそんなことになってるんだっ……!!

「じ、冗談はやめてくれっ……! 俺は誰も手篭めになんかしないし、そもそも、義理の兄弟暗殺を企んだなんて話も、誤解なんだ!!」
「ふーん……公爵様は、君をここに一生幽閉しておいて欲しいって、城主に頼んだみたいだけど?」
「…………」

 嫌われていることは分かってたけど……そんな風に頼んでいることは知らなかった。そういえば、二度と帰ってくるなって言ってたな……

 肩を落とす俺が、落ち込んでいると思ったんだろう。ヴァグデッドは、わざわざ俺の前に回り込んできた。

「そう落ち込むなよ。俺だって、ここから出してもらえない身なんだし? 仲良くしよう?」
「……お前は竜だろ? 逃げようと思えば、その魔法の力を使って逃げられるんじゃないのか?」
「そうだけどー……ここも居心地いいから」

 そう言って、ヴァグデッドは俺の前でまたクルンと一回転。機嫌がいいとそうするのかな……

 そいつは、楽しそうに前を飛んでいく。こいつみたいに割り切れたら、俺ももう少し楽しかったのか?

 けれど、「君も俺と一緒」と言ったそいつの背中をじっと見ていたら、だんだん辛くなってくる。

 こいつは、出会ってすぐに俺を脅した奴だ。今だって、何をするか分からない。そんな奴、どうなったっていい。今は、他人のことを気にしている場合じゃないんだ。

 前を飛ぶ竜に、トボトボついて行く。

 少しも行かないうちに、ヴァグデッドは黙ってしまい、俺も黙る。静かだと、悪いことばかり考えてしまいそうで、俺は恐る恐る、そいつに話しかけた。

「…………あ、あの……ヴァグデッド……素材って、何に使うんだ?」
「んー……? 魔法の強化……かなー…………」

 振り向きもせずに答えるヴァグデッド。

 そのくらいなら、盗みなんて必要ないだろ!

 我慢できなくなって、俺はそいつに手を伸ばして、その尻尾を掴んだ。
 突然そんなところを強く握ったものだから、ヴァグデッドは、初めて驚いた様子で俺の手を振り払う。

「うわっ……何っ!? 尻尾に触るなっ!! そんなところ握って、どういうつもりだよ!!」
「え!!?? あ、ああ……ごめん。わ、悪気はなかったんだ。許してくれ…………ただ、その……」
「なに? 次やったらその腕食いちぎるから!」
「それはやめてくれ…………う、腕はダメだが……その……」
「なに? 手下のくせに、早くも反乱?」
「ち、ちがっ……!! そうじゃない……ただその……」

 恐る恐る、俺はそいつに左手を差し出した。怖くて怯えているせいで、握りかけの拳みたいになってしまい、ヴァグデッドは首を傾げている。

「なに……? 喧嘩売ってる?」
「違う違う違う! な、なんでそうなるんだ! ま、魔法の強化がしたいんだろっ……!? そ、それなら、お、俺の血をやる……吸血鬼の血を引くお前なら、血を飲めば、魔法も強化されるはずだ……そ、それで手を打ってくれ……ぬ、盗みなんかやめて!」
「……」
「……こ、ここが気に入ってるなら、そんなことしない方がいい。お前は追い出されるの、嫌じゃないのか!? 俺はあんなところ、いたくなかったけど、ひどく糾弾されて摘み出されたら辛いっ…………だ、だ、だいたい、そんなことしたら、今度はもっと酷い処分を言い渡されるかもしれないんだぞ!」
「なに? 同情?」
「ちがっ…………! そうじゃなくて、俺のせいでお前がそんな目に遭うの、嫌だって言ってるんだ! 城主にバレたら、こうやって自由に出歩くこともできなくなるかもしれないだろ?」
「………………」

 だってそんなの、なんとなく寝覚め悪いじゃないか!

 けれど、ヴァグデッドはジーーっと俺の手を見つめているだけで、血を吸おうとはしない。そして、ニヤリと笑う。

「君のせいではないと思うけど……だって俺が言い出したんだし。君は面白い人だなあ……」
「か、からかうな……」
「……」

 な、なんだか、そんなに顔を近づけられると落ち着かない。

 一歩二歩と後ずさる俺に、そいつもゆっくりついてくる。というか、迫ってくる。

 なんなんだ……

 ついに、背中に壁が当たった。逃げ場がない。
 そもそも、なんで俺は逃げているんだ? そんなに気に食わないことを言ったか?

「あ、あの……あ、あんまり近づかないでくれ……」
「なんで? 血をくれるんだろ?」
「あ、あげるけど、手から……」
「えー? 手?」
「な、なんだよっ……! 不満か? と、とにかくっ……!! 盗みはできない!! 俺の評判に関わる! 俺は下手すると断罪される運命なんだよっ……! お、お前もだからなっ!!」
「俺が? もうされてるけど?」
「あっ……そうか…………」
「……君さー。分かってる? 吸血を制限されている俺に血をあげたりしたら、君も処分されるんだよ?」
「は!!?? え!? そ、そうなの!? は、早く言えよ!」
「だから、今こうして教えてあげただろ?」
「ま、待ってくれ! そ、それならダメだ!! ち、血は待って……べ、別の方法を考えよう!」

 慌てる俺を見て、そいつはますます楽しそうに笑う。

 なんだこいつ……! さっきから絶対、俺を見て楽しんでるだろ!! ゲームでは俺に、乗り物にされていたくせに!!

 それなのに今は、俺の鼻先まで近づいてきて、壁に背中を貼り付けて怯える俺を、笑いながら見上げている。

「血をくれるんだろ?」
「や、やっぱりだめ! そ、そんな事情があるならダメだ! た、ただでさえ俺は悪役なのに……これ以上何かしたら殺される!! お前だって、断罪されるぞ!」
「だから、もうされてるんだって」
「いや、でもっ……!」

 俺の馬鹿野郎。こんな奴に同情するから、こんなことになるんだ。

 もう今にも竜の牙が、俺の首に触れそう。

 吸われたら俺も断罪……それは嫌だっ……!

「じゃあ、いただきまーす」
「ま、待って……やっぱりだめ!!」

 焦った俺は、竜を突き飛ばして逃げ出した。

 くそっ……! 馬鹿なこと言うんじゃなかった!!
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