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6.ちょっと気に入っちゃった

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 ついさっきまで猫くらいの大きさだったヴァグデッドは、もう俺よりずっとでかい。羽を広げたら天井まであるし、伸びた爪は俺の顔ほどもある。あんなので切られたら、俺の首なんか、すぐに落ちてしまうだろう。

 震える俺を、ヴァグデッドは冷たい顔で見下ろしていた。

「随分度胸がある奴が来たなぁ。ちょっと気に入っちゃった」
「き、気に入るな!! い、いや……き、気に入っていい!! 気に入ったなら、落ち着いてくれ!! 俺はただ……こ、言葉を間違えただけだ! お前を蔑ろにする気はまるでないっ……! だから、拘束はやめてほしいっ……!」
「それはできないよ。俺だって、頼まれて来てるんだし、せっかく君がこうして来てくれたのに、今更逃げられたら困る」
「逃げないから!! 本当に逃げない!! 俺は苦しんで死ぬのが嫌なだけだ! さ、さっき言った手下なんていうのも、冗談だ!!」
「それに君、君と同じようにここに来てくれたティウルを追い出すつもりだったんだろ?」
「違う違う違う! それも誤解だ!!」
「俺を手下にして、ティウルを追い出したかったの? そんなに、平民のティウルが気に入らない?」
「違う違う違う違う! なんでそうなるんだ!!」

 そんな俺の言い訳を全く聞いていないようで、ヴァグデッドの口元には、魔法の光が灯る。それは焼ける炎のような色で、俺は慌てて飛び退いた。ただの拘束の魔法なら、あんな風に光らない。

 まずい……本気だ。しかも、だいぶ恐ろしい方法で、俺を捕まえる気だ!

「お、おおお落ち着いて! な、なんだ、その魔法はっ……! 違うって言ってるだろ!? 本当に誤解だ!! 俺はっ……! ティウルさんに危害を加えたりなんかっ……!」
「……じっとしていれば、痛くない」
「い、痛くないって……」

 痛くないなんて、冗談にもならない。

 だってヴァグデッドの口元から噴き出す炎は、今もメラメラ燃え上がっている。
 こんな状態で冗談とか言われても!! 絶対焼き尽くされる!!

 こんなの取り巻きにするなんて、フィーディは何を考えているんだ!? こんな竜が背後にいたら、怖くて毎日落ち着かないだろ!!

 ヴァグデッドは、俺の体まで凍らせてしまいそうな冷たい目をして、凶悪な顔で笑いながら俺を見下ろしている。それどころか、とんでもないことを言い出した。

「まずは逃げられないように、足を焼くか。腕も砕いて……そうだ。内臓も少し潰すかー。痛くないようにするから、じっとしていて」
「そ、それっ……痛くない……の……?」
「大丈夫だよ……その体、一人じゃ維持できないくらいボロボロにしてから、痛みがなくなる魔法をかける。そうしたら、お前はずっと、ぼろぼろの体を引きずって歩くだけの奴隷だ」
「はあ!??」

 確かに、対象の痛みを消す魔法というものは存在する。けれど、その魔法が切れたら、また苦痛を味わわなくてはならない。魔法が切れるのを恐れた対象は、やがて術者に屈服する。俺でも知っている下衆の術だ。

 そんなことをされたら、俺はこの男から離れられなくなる。

 なんなのこいつ!! こんな奴を手下にするなんて、令息はどうかしている。むしろ令息は、どうやってこんな奴を手下にしたんだ!? こんなの背後に従えて、怖くなかったのか!?

 俺は怖い…………怖い怖い怖い怖い!!

「あ、あの……ま、待って。待って……俺は逃げないし、拘束なんて、ひ、必要ないって言ったよな!?」
「だって俺を手下にして、ティウルを追い出すんだろ?」
「それはそっちの誤解だ!! 手下!? 手下なら俺がなる!!!」
「なるって……俺の手下に?」
「なりますなります本当になります!! 手下にしてください!! 何でも言うこと聞きます! だから拘束とか、そんなのはなしで…………お、お前だって、手下が役に立たないんじゃ困るだろ!」
「…………」

 このままじゃ、本当に手も足も食いちぎられる。そんなことになったら、もうバッドエンドがどうとか言ってる場合じゃない。

 慌ててひたすら命乞いする俺を、ヴァグデッドはじーっと見下ろしている。そして、しばらく考えてから、頷いてくれた。

「分かった」
「ほ、本当にっ……!?」
「じゃあ、俺の頼みを聞いてくれる?」
「た、頼み……?」
「俺の手下になるんだろ?」
「ああ……まあ……」

 そんなの、その場しのぎで言っただけだっ! お前が俺の足を折るとかいうからだろ! 脅しておきながら、図々しい竜め……っ!!

 こんな竜の手下なんて、絶対に嫌だ。絶対ろくな目に合わない。いや……今は俺の方が手下なんだから、彼は俺の主になるのか。って、そんなのどっちでもいい!

 とにかく、そんなの絶対にお断りだが、下手に取り消せば、本当に体を切り裂かれるかもしれない。今くらいは、従順にしておくしかない。

 くそ……見てろよ!! そっちは手下で、俺は一応、最後まで主人公の前に立ち塞がる悪役令息なんだぞ! ラスボスなんだからな! ……って、それを回避したくて頑張ってるんだった……とはいえ、今逆らったら俺はここでこいつに食われてバッドエンドだ。

「……て、手下にはなるけど、あの……え、えっと……その…………こ、怖くない命令しか、き、聞かないぞ…………」

 何を言われるかとビクビクして待てば、ヴァグデッドは俺の前で、ニヤリと笑った。

「俺と一緒に、城主からとある素材を盗み出してほしいんだ」
「は!!?? えっ……!? ぬ? 盗む?」
「うん。そう。どうしても欲しい素材があるのに、城主が渡してくれないんだ。独り占めなんて、よくないだろ? だから、城主からそれを盗み出す手伝いをしてほしい」
「そんなのダメだっっ!!」

 そんなことをしたら、俺はますます悪役に近づいてしまう!!
 そうでなくても、俺はこれからこの城の世話になるのに、盗みなんか働いたら、ここにいることもできなくなるじゃないか!! 言っておくが、俺はもう公爵邸には帰れないんだからな! ここからも追い出されたら、野垂れ死して魚の餌になるしかなくなるんだからな!!

 なんで主人公に会う前から危機を迎えているんだ……俺は……こんなことなら、優しい主人公くんを相手にしていた方がマシだった。

 内心泣き出しそうな思いでいると、竜はその場でニヤリと笑う。

「嫌なら仕方ないな……その足を食いちぎろうか」
「お手伝いさせていただきます!!」

 即座に喚く俺は、なんて情けないんだ。
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