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60.こんな時だけ
しおりを挟む周りには気味の悪い泥が溜まっていて、そこから次々に魔物が湧いてきた。
ヴァンケズは俺と魔獣を乗せ、魔物を切り裂いて走っていく。
その背中の魔獣を守りながら、俺は飛びかかってくる魔物を短剣で斬り裂いた。
破壊された魔物は地面に降り積もっていく。どれだけ出てくるんだよ! この魔物ども!!
ふと、何か、人の声のようなものが聞こえた気がした。
振り向けば、崩れて消えていく魔物の向こうに、さっき魔獣と戦っていた連中が倒れているのが見えた。泥が溜まったところに、体がもう半分くらい沈んでいる。あのままじゃ窒息する。
「ヴァンケズっ……! まだあいつらがいる!!」
「あいつらっ……!? 誰!??」
「さっき魔獣と戦ってた奴らだよ!!」
「放っておけ!! そんなの!」
「待てって!! あいつら置いてったら、魔獣に何があったか分かんねーままだぞ!!」
「……それは……」
「魔獣の縄張り見つけるんだろ!! このままだと街が危ねーんじゃねーのかよ!!」
「………………仕方ないな…………俺が魔物を蹴散らすから、リューオは倒れた奴ら回収して。落とした奴は捨てていく」
「マジかよ!!?? じゃあ、一人も落とせねーな!!」
飛びかかってくる魔物を引き裂いて、ヴァンケズは走る。
その手綱を俺は片手で握って、倒れている男に手を伸ばした。
「おいっ……! 起きてんのか!? 掴め!! 逃げるぞ!!!」
叫んでも、泥に埋もれた男はピクリとも動かない。
くっそ……! 仕方ねーな!!
手綱を握って、身を乗り出す。地上スレスレまで手を伸ばして、倒れた男の胴をなんとか抱えることができた。強化の魔法のおかげだろう。片手だけで倒れていた男をヴァンケズの背中まで引き上げることができた。手綱から伸びた紐で、男の体を縛って、ヴァンケズの体に縛りつける。これでやっと一人か。
魔物を倒しながら走る狼の背中で、落ちないように自分を支えながら、倒れた奴らを回収するのは思っていたよりきつい。
何しろ、魔物の中に倒れた奴らは俺がどれだけ呼んでも、全く動かないか、動けたとしても、微かに返事ができる程度。
なんとか全員回収する頃には、俺はもうくたくただった。周りを見渡しても、もう人はいない。
捨てていくなんて言ってたくせに、ヴァンケズは倒れていた人全員のそばを走ってくれた。こいつはこういう時だけ素直じゃない。
だが、これでやっと全員連れて逃げられる。
周りの魔物も、だいぶ少なくなった。俺の体力も、そろそろ限界だ。手綱を握る手にも、気を抜いたら力が入らなくなりそう。あとは逃げるだけ……
そう思った時、微かに、俺の手元の魔獣の体がピクリと動いた。ずっと眠っていたのに。起きたのか?
「おいっ……! お前!! 大丈夫か!?」
俺が声をかけると、魔獣はピクっと耳を動かした。かと思えば急に立ち上がり、手綱を食いちぎってしまう。
手綱にすっかり頼りきりでヴァンケズの体に乗っていた俺は、千切れた手綱と一緒に、背中から転げ落ちそうになった。
「うわっ……」
間一髪で彼の体にしがみついて、落ちることは防げたが、魔獣は地面に飛び降りてしまい、大きく吠える。すると、その体から光が溢れて、俺より少し大きいくらいの獣の姿になった。
「ヴァンケズっ……! 先行け!!」
叫んで、俺は自ら彼の背中から飛び降りた。
「リューオ!??」
立ち止まるヴァンケズと俺の間に、次々魔物が飛び出してくる。周りの木々に負けないくらい背の高い魔物に阻まれて、ヴァンケズの姿は見えなくなってしまった。
俺は、魔獣の方に向き直った。
魔獣は、俺のことがよほど気に入らないのか、振り上げた腕で攻撃してくる。
咄嗟に短剣だけでそいつの爪を受ける。手が痺れそうだ。
「……そんなキレんなよ……やっぱお前、迷子だろ……俺も似たようなもんだ……俺は、帰る気なんかねーけどな!」
振り回した短剣でそいつの爪を押し返す。するとそいつはたたらを踏むようにフラフラと後ろに下がった。そしてその体からまた光の粒が溢れて、縮んでいく。
「お、おいっ……大丈夫か!?」
駆け寄って抱き上げても、魔獣は起きなかった。子犬みたいに小さくなったけど、生きてはいるようだ。また眠ってしまったらしい。
魔獣が無事で、ほっとした。
けれどすぐに、ヴァンケズが俺を呼ぶ声がする。
「リューオ!!!」
そっちに振り向いた時には、俺の背後には巨大な魔物がずらっと並んでいた。そしていくつも魔法の光の弾を撃ってくる。
くそっ……
短剣を構える。あんなもん、俺が切り落としてやるっ……!
ヴァンケズが、再び俺を呼ぶ声がしたような気がした。
すると、短剣はいきなり光りだし、短かった刃は光を集め膨らんでいく。ヴァンケズの魔法かっ……! あいつ、やっぱすげえ!
俺は、魔法がかかった剣を思いっきり振った。魔法の弾は全て光に破壊されて消えていく。俺に向かって魔法を放った魔物まで、破裂するようにして消えて、崩れていく魔物の向こうから、ヴァンケズが走ってきた。
「リューオ!!」
「ヴァンケズっ……!!」
手を伸ばす俺に、ヴァンケズの手綱が降りてくる。それを掴むと、彼は俺を乗せて駆け出した。
「馬鹿っっ……!! 何してるんだよ! 死ぬ気か!?」
「んなわけねーだろ!! 俺、生きてるじゃねーか!!」
「何かあってからじゃ遅いんだよっ……!! リューオに何かあったらっ……」
そう言いながら走るそいつは、たまに声を詰まらせている。すげえ心配かけたみたいだ。
そう思ったら、俺はそいつの体にしがみついていた。やっぱりこいつの体、あったかいしもふもふで気持ちいい。
「……ヴァンケズ……お前が俺のこと怒鳴るの、初めてだよな……」
「何を呑気なことを…………俺、本当に怖かったんだから……」
「だけど、魔獣は無事だ!! なあ、これで依頼成功か!?」
「……生きて帰らなきゃ、成功とは言えない。今度はちゃんと乗っててよ?」
「分かってるって!」
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