ギフテッド

路地裏乃猫

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3章

4話 確かな違和感

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 バヂッと耳障りな音が響いたと思った時には、早くも高階の身体はゆっくりと崩れはじめていた。その身体を受け止めようと足を踏み出した漣の目に、早くも立ち上がろうとするロイド=カーペンターの姿が映る。――まずい。そう、漣の中で本能が警告を発し、その本能に従うかたちで漣は高階ではなくカーペンターに飛びかかる。と、奇襲に慌てたのだろうか、飛び退いた弾みでカーペンターは虎の子のスタンガンを取り落とし、さらに、それを拾い直す手間も惜しいと判断したか、足で蹴って近くのラックの下に滑らせる。

 代わりにカーペンターが手にした新たなに、漣は息を呑む。

「しょ……正気かよ」

 するとカーペンターは、たったいま棚から取り出した化粧箱を抱えたまま「君こそ正気か?」と苦笑する。

「人類を教え導く力を持ちながら、こんな狭い鳥籠で大人しく才能を浪費する。そんなふざけた人生をよしとする君らの在り方こそ、僕に言わせれば正気の沙汰じゃないよ。……そんな調子だから、恋人にも愛想を尽かされるんだ」

「は? 恋人? ……まさか、」

 瑠香のことか? だとしたらとんだ誤解だが、今はその誤解を正している場合じゃない。瑠香の離反に、おそらくこいつは関わっている。そういえば高階も、瑠香を焚きつけた渡良瀬の協力者が別にいる、と話していた。まさか、こいつが――

「お、お前がッ、瑠香さんを、おかしくして――」

「ああ、言っておくがそこは僕の責任ではないよ。僕が接触を図ったとき、彼女の心はすでに壊れていた。詳しい事情こそ何も話してはくれなかったがね。だからてっきり、君に手酷く裏切られでもしたのかと思ったんだが」

「は?」

 すでに壊れていた? その疑問がしかし、漣に一瞬の油断を与える。不意にカーペンターは手元の箱に手をかける。縦横約五十センチ、厚さ五センチほどの白い化粧箱は、特にテープなどで閉じられてはおらず、蓋はあっけなく開け放たれる。

 その開き口は、漣の方に向けられており――

「――あ」

 不意に頭蓋を襲う強烈な頭痛。何だこれは、と思う間にくずおれる身体。一方のカーペンターは、ふたたび化粧箱の蓋を閉め直すと、それを小脇に抱えて倉庫の出口に駆けてゆく。いや、待て。そんなもの、外に持ち出したら――

 ドゥルン、と、倉庫の外で派手なエンジン音が響いたのはそんな時だった。

 その音に、漣は確かに聞き覚えがあった。いつも七階の廊下に鳴り響くあの騒音。いくら共用部での作業はやめろと注意されても、狭いんだからしょうがねぇだろと怒鳴り返してくる、あの。

「やっぱお前のせいやったんか」

 地獄の底から響くような、極限まで怒気を孕んだ声。薄れゆく意識の中で、それでも辛うじて顔を上げると、出口を塞ぐように二つの人影が立っている。一人は、声の主である三原。その手元では、彼女の怒気を代弁するかのように愛用のチェーンソーが勢いよく回転している。そして、もう一人は――

「怪しいな思うとったんや。ずっと瑠香につきまとって、なんやこそこそ話しして……瑠香を誑かしたんは、やっぱお前やったんか!」

「三原さん、くれぐれも彼が持つ箱の中身を見てはいけませんよ。――大丈夫ですか、海江田くん!」

「し……まの、さん」

 もはや嶋野の声にすら、焼かれるような痛みを覚える脳。これが、不破光代のギフトの力だろうか。このまま自分は死ぬのだろうか。途方もない激痛と、瑠香を狂わせた真犯人がいまだ確保されない中途半端な状況で。

 あの人を、危険に晒したままで。

「人聞きの悪い。僕は、ただ彼女と話をしただけだ。彼女は、ずっと救われたがっていた。誰も彼女を必要としないこの世界で、彼女は必死に居場所を求めていた。僕はただ、そんな彼女に新たな居場所を示しただけだ」

「何が新しい居場所だクソッタレ! あ……あいつの居場所なら……ずっと、ここにあったろうが……っ!」

 憤りと悔しさの滲む声で怒鳴ると、三原は大上段にチェーンソーを振り上げる。と、その隙を突くようにふたたびカーペンターは箱に手をかけ――そのまま凍りついたように動かなくなる。

 見ると、その視線の先には、小型のスケッチブックを突き出した嶋野の姿が。

「絵を床に置きなさい。それから、以後は渡良瀬さんではなく僕の命令に従うこと。いいですね?」

 するとカーペンターは、それまでの反抗的態度が嘘のようにしおらしく絵を床に置く。大方、嶋野に似顔絵でも見せられたのだろう。

「よろしい。では、腕を頭の後ろに回したまま、別命あるまで扉の外に立っておくように」

「……はい」

 のろのろと、嶋野の命令に従うカーペンター。そんな、つい今しがたまで鋭く睨み合っていた男の変節を、三原は毒気を抜かれた顔でぽかんと眺める。一方の嶋野は、床に置かれた化粧箱を用心深く抱えると、そのまま漣のもとに駆け寄ってきた。

「海江田くん!」

「あ……しま、うっ」

 再びその名を呼ぼうとして、またしても激しい頭痛に襲われる。ひょっとして本当に脳味噌を切り刻まれているんじゃないか。そんな恐怖すら抱くほどの痛みに何とか抗いながら、辛うじて漣は笑みを浮かべる。それが精一杯の空元気だと自覚しながら。

「す、んません……もう、おれ……」

「もう喋らないで! ――三原さん、すぐに医療スタッフを呼んできてください!」

「お、おう」

 頷くと、三原はチェーンソーを抱えたままエレベーターを駆けてゆく。その場に置き去りにしてカーペンターに奪われるとまずいと判断したのか、それとも単に慌てていたせいか、それは漣にもわからない。

 一方、残った嶋野は箱を手近な棚に収めると、跪き、漣の状態を抱き上げる。今にも泣き出しそうな嶋野の顔に、きっと今頃、ひどい顔を晒しているんだろうなと自嘲気味に漣は思う。

「い……いやだ。なぁ、約束しただろう……一緒に、いてくれるって……ずっと……」

「す……んませ……っ」

 その間も頭蓋を襲う痛みは強くなる。呼吸が乱れ、全身の血管がどくどくと脈打つ。ただ、そんな危機的状況の最中にあって、漣の頭のやけに冷めた場所では、違う、と何かが囁いている。

 違う。

 これは、〝死〟じゃない。これは――




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