ギフテッド

路地裏乃猫

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2章

20話 メメントモリ②

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「えっ?」

 意外な言葉に、漣は完全に虚を突かれる。まさか彼女の口からその話題が出てくるとは。大方、瑠香に聞いたのだろう、が――

「ああ……瑠香さんに聞いたんですね。それが何か――」

「死ぬぜ。お前」

「――は?」

 またしても思いがけない言葉に、漣は言葉を失う。……死ぬ? ただキュレーターになるだけでどうして。いや、どうせただの脅しだ。たちの悪い冗談で漣の反応を楽しむつもりだろう。そうに決まっている。

 そんな漣の内心を見透かしたように、三原は「冗談だと思ったろ」とうんざり顔で吐き捨てる。

「まあ、あたしは別に、お前がどうなろうと構わねぇけどな。ただ……瑠香はそうじゃない。お前に死なれると、今度こそあいつは駄目になっちまう」

「今度こそ……?」

 ――今度こそ、助けさせて。

 あれは、最初に施設内を案内された時だったか。医務室を案内した後で、そう、瑠香は縋るように漣に言った。あの時、漣はとくに何の引っかかりもなく聞き流し、そして……今の今まですっかり失念していた。

「待ってください。どうして、キュレーターになったら死ぬんですか? 今いるキュレーターの皆さんも別に死んでませんよね?」

「じゃあお前、このチョーカーが何だか知ってるか?」

 そして三原は、自分の首元を軽く指さす。漣のそれと同じ黒いチョーカー。いや、チョーカーというより、どちらかといえば首輪に近い。幅は概ね三センチ、厚さは五ミリ程度で、素材はおそらくプラスチックだが、それにしては金属っぽいずしりとした重量感がある。

 二人に限らない。今回ツアーに参加するギフテッドは、皆、同じものを首に装着させられている。

「ええと……発信器、っすか」

 引率の事務員も、美術館から半径三百メートル以上は離れるなと忠告していた。が、数人程度の人員で、ギフテッド全員に監視の目を行き渡らせるのは物理的に不可能だ。おそらく、リアルタイムに場所を特定するためのGPS機能なりがついているのだろう。

 ところが三原は漣の返答を鼻で笑うと、皮肉っぽく唇を歪める。

「まあ、当たっちゃいるが満点じゃない。――こいつはな、実は爆弾なんだ」

「……は?」

 爆弾。
 その、どこか非現実的な響きを持つ単語と、それを首元に装着させられる意味とを理解するのに、漣は五秒ほどを要した。

「えっ……じゃあまさか、その……逃げたら、これが爆発して……」

「だけじゃない。例えば、協会に敵対する組織に拉致された場合も容赦なく爆発する。そんな奴らにギフトが渡るぐらいなら、っつう緊急措置だろうな。ちなみにこの首輪は、ギフテッドならキュレーターだろうが外出時は必ず装着する決まりになってる。んで、ちょっとでも行動予定と外れた場所に行くと、すぐにドカン、だ。……なぁ、お前も馬鹿じゃねぇなら、さすがにここまで話せば瑠香が反対する理由もわかるだろ」

「……」

 返事の代わりに、こく、と漣は小さく頷く。

 ああ、わかってしまった。なぜ漣に限って強く反対されるのか。仕事そのものは、必ずしも危険ではない。ただ、漣がキュレーターになる、となると話ががらりと変わってくる。

 かつて漣を保護した際、嶋野は言った。漣のギフトは複数の組織に狙われていたと。

 確かに、漣のギフトはあまりにも希少で、なおかつ利用価値が高い。その気になれば戦略核兵器レベルの効果も見込めるだろう。そんなギフトを持つ漣がキュレーターとして外を出歩けば、拉致される可能性は、他のギフテッドに比べて桁違いに高くなる。

 それは同時に、漣の死も意味している。

「ちなみに『死』のギフテッドは、日本じゃ支部が発足して以来、お前を含めて二人しか見つかっていないんだと。そうでなくともお前のギフトは、テロでも何でも起こし放題の激ヤバギフトだ。欲しがる奴はそれこそごまんといるだろうな」

「……でしょうね」

 初日に漣の保護を急いだ嶋野の言動からも、それは痛いほど身に染みている。ただ、だとすれば一つ不可解なことがある。その嶋野が、三原の言うリスクを承知していなかったとは考えにくい。にもかかわらず、なぜ嶋野はあえてキュレーターの道を漣に勧めたのか。

 本当は、死などという厄介なギフトを持つ漣をしたかった?

 一瞬、強い眩暈が漣を襲う。半月前にきざして以来、漣の心を侵食する薄墨色の不安。自分が思うほど、漣は嶋野凪という人間を知らない。だから例えば、嶋野が本当は漣の破滅を願っていたとしても何ら不思議ではないのだ……でも。

 ――そのギフトが、僕を君に出会わせた。

 あの夜、漣を抱き寄せてくれた優しさは紛れもなく本物だった。……ああ、そうだ。さもなければ漣に画材など贈っていない。

 漣にキュレーターの仕事を勧めたのも、本来は贖うことすらできない漣の罪を少しでも軽くするため。

 そんなことを、ポケットの中でいつも持ち歩く嶋野のメモを握りしめながら漣は考える。まるで子供だ。自分が信じたいものに必死に縋って――それでも、あの人だけは何があろうと疑いたくない。生まれて初めて、本当の漣を見つけてくれた人。受け入れ、抱きしめてくれた人。

 怖いから、じゃない。

 嶋野への信頼は、もはや漣の大切な一部なのだ。

「構いません」

「は?」

「だとしても俺は、キュレーターになりたい。これ以上、何も知らないギフテッドが、そうと知らずに誰かを傷つける悲劇を、繰り返したく、ない」

 それだけじゃない。

 もし、あれが嶋野の善意だったとして、それを無駄にしたくない――

「てめぇ!」

 唐突な怒声が、展示室の静寂を乱暴に切り裂く。周囲の目が一斉にこちらに集まり、しかしそれは「ああ、あいつか」という冷めた呟きとともに散る。三原の喧嘩っ早さは、住人の間ではそれなりに有名なのだ。

 その三原は、周囲の反応などお構いなしに漣の胸倉を掴み上げ、さらに怒鳴る。

「また、あいつに失わせる気か! あんなに苦しんで、最近やっと立ち直ったってのに何なんだよてめぇは!」

「そ、のことですけど……瑠香さんに何があったんすか」

 今度こそ、ということは、救えなかったが前提にある。そして、それを前提に踏まえると、なぜ瑠香が初対面からあれほど漣に良くしてくれたのかが納得できるのだ。

 すると三原は、猫だましを喰らった猛犬よろしくポカンとする。行き場を失くした怒りはそのままに。

「は……? お前、何も……聞いてねぇのか、あいつに……」
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