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 気付くと、俺はその店の前にいた。
 歩き慣れた駅前からアパートまでの道。いつものようにいつもの角を曲がり――そう、曲がったはずだった。なのに、いつしか見知らぬ路地に入り込み、おっかしいなぁ、でもまぁそのうち見知った道に出るだろ、なんて緩い気持ちでずんずん進むもいっこうに行き当たらず、焦る俺の目の前に、忽然と、その店は現れたのだった。
 昭和レトロを感じさせる二階建ての瀟洒なビル。その一階部分のまん中に入り口と思しき扉があり、その両袖は腰板つきのショーウィンドウになっている。棚には、商品と思しき品物がずらりと並んでいる。木製の置き時計に、ブリキの人形、陶器の花瓶……いまいち品目に統一感がない。一体ここは? と扉に目を移すと、嵌め込み窓のガラスに金文字でこう記されている。

『蓬莱質店』

「質屋……ね」

 何にせよ、今の俺には無縁の店だ。
 俺に言わせれば、この手の店は夜職の女が客に貢がせたプレゼントを在庫処分のために持ち込む店でしかない。片や俺は、その夜職女が勤める店にも通えない、通う気にもなれないド底辺。端からお呼びじゃない。
 ……と、頭では理解するのに。
 気づくと俺は、その古めかしいガラス戸の把手を握りしめていた。
 ドアを押し開く間際、ふと、目の前のガラスに映る自分の姿が目に入る。痩せぎすの体形は、いわゆるモデル体型には程遠く、ただただ貧しい食生活を想起させる。服装も体形に負けず劣らずで、GUの値下げ品のシャツと、高校時代から着倒すボロボロのジーンズは、俺の今の経済状態を如実に表していた。泥まみれのコンバースもだ。
 頭は……そういえば、最後に散髪に行ったのはいつだろう。もじゃもじゃのくせっ毛を頭の後ろで雑にひっつめた髪は、改めて見るとひどく汚ならしい。……実際、かなり臭う。それもそのはずで、もう三日も風呂に入っていないのだ。
 やっぱ……やめとくかな。
 が、そう躊躇を覚えるよりも先に俺の手はドアを押し開いてしまう。
 不精髭まみれの頬を撫でるひやりとした空気。空調の作り出す人工的な冷気ではない。日陰と、近頃じゃ珍しい風通しの良い(単に建物がボロくて断熱が行き届かないせいかもだが)建物の構造が造り出す優しい冷気だ。これが冬なら、逆に寒くてかなわないだろうな。今が夏で良かった。
 ただ、昔の建物にありがちな問題として店内はどこか薄暗い。頭上に灯る白熱電球は、昨今主流のLED光に慣れた目には何とも頼りない。
 フロアは、外観から想像されるよりもずっと広かった。
 これは一種の寄せ木細工だろうか。さまざまな色味の木材が幾何学的に敷き詰められたフロアには、三段ほどの腰高の棚がいくつも並んでいる。それらの棚には例外なく、値札のついたアイテムがずらりと陳列されている。両袖の壁は書架状の高い陳列棚になっており、やはり、こちらもみっしりと商品で埋め尽くされていた。
 ふと俺は、妙だな、と思う。
 通常、この手の店に並ぶのは宝飾品だとかブランド物のバッグが主だろう。なのにどうして、使い古しと思しき野球のグローブや名前入りの大学ノートが置かれているんだ。
 ほかにも、片腕の欠けた古いウルトラマンの人形、芸能人のグラビアではないごく普通の家族写真、まだ棒のついた編みかけのマフラー……そういう、何の共通項も持たないガラクタたちが、これまた何の文脈もなく雑然と棚を飾っている。

「何なんだ、この店……」

「何かお探しですか」
 
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