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不穏な手紙
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結局。
いつものようにロアは、何事もなくスパを出た。汗を流してすっきりしたはずが、相変わらず気分は晴れない。重い足を引きずりながら、とりあえず秋風亭へと戻る。
なぜ、こいつを殺せなかったのだろう。
そんな、もう何度目とも知れない自問をロアは繰り返す。獣人なんぞ、もう何十、いや何百と屠ってきたはず。その数がたった一匹増えるだけのこと。ただそれだけのことが、なぜ。
そんなロアの隣では、なぜかリクも悄然としている。普段はいくら諫めてもはしゃぎ回るのを止めないリクが。
「ごめんね、ロア」
「……今度は何だ」
「だってロア、怒ってる。……おれが傷のこと聞いたから」
違う。怒っているわけではないし、傷のことも今更だ。何もかも的外れなのがつくづく可笑しい。……いや違う。苛ついているのだ。そんな自分にロアはまた愕然となる。
理解を、求めているのか。こいつに。
「そう……だな。わかったら、もう二度と聞くな」
うん、と、いつものように無責任な肯定が返るだろうと思った。ところが、いくら待ってもリクから答えはない。さりげなく横目で見上げると、何か強い痛みでも堪えるようにじっと俯いている。
「……おれは」
やがてリクは、何かを振り切るようにロアを見下ろす。いつになく思い詰めた顔。こんな顔もできるようになったのかと今更のようにロアは驚く。……いつの間に、こんなに大きく。
「それでも、ロアのこと、もっと知りたい」
一瞬、何かが胸を掠めて。
その耐え難い感触に、ロアは足を止める。
「ロア?」
気付いたリクが足を止め、振り返る。その柔らかな眼差しに、またしてもロアは名状しがたい感情を抱く。それは、少なくとも怒りや恨みの類ではなく、まして恐怖でもない。むしろ……それらとは対極の何か。
「……お前は」
どうして、あの日。
「何なんだ、お前は。どうして……」
俺に殺されてくれなかった。名もなき獣人として。
お前さえ、俺に出会わなければ。
「ロア?」
「……いや、何でもない」
秋風亭に戻ると、待ちわびたと言いたげにカウンターからカミラが声をかけてきた。その手は、一枚の封筒を見せつけるようにひらひらさせている。
「よう、手紙だぜ、ロア」
「手紙? 誰からだ」
「誰って、ええと、ほら、こないだの同業者――」
「あいつだ」
カミラが答えるよりも先に、リクの鼻が差出人を特定する。そのままリクはロアの代わりにカミラから手紙を掴み取ると、なおもスンスンと執拗に臭いを嗅ぎ続けた。嗅げば手紙の中身もわかる、とでも言いたげに。
「おれ、こいつ嫌い」
「返せ」
今度はロアがリクの手から手紙を奪い取る。追いかけるようにリクが腕を伸ばしてきたが、それをバックステップで軽く避けると、さっそくロアは中を検める。
中身は、何の変哲もない一通の手紙だった。内容は先日の件の謝罪。だが、そもそもあの男は、こんな殊勝な手紙を書いて寄越すタイプの人間ではない。少なくとも、掃討部隊にいた頃のゲインはそうだった。傲岸不遜。常に他人を見下し、謙虚さなど薬にしたくとも持ち合わせのない男。それが、ロアがゲインに抱く印象の全てだ。
「……ん?」
軽く文面に目を通したところで、ロアは手紙の後半に目を止める。
『獣人の新しい弱点を見つけた。ただ、並の獣人殺しには逆に危険で教えられない。ロアにだけ伝えたいから一人で来てくれ』
そして追記には、待ち合わせの店とその場所。なるほど、本題はこっちか。……が、正直、気は乗らない。そもそも、好んで話をしたい相手でもない。ただ、手紙の内容が事実なら、獣人殺しとしては捨て置けない。単にこれが、リク抜きで話をするための口実だとしても、だ。
「少し出かけてくる」
言い残し、踵を返す。するとリクも慌てて追いすがってくる。
「待って! おれも行く!」
「お前はここで待っていろ。――おい、カミラ」
巾着から金貨を摘まみ出し、カミラに放る。これだけ払っておけば、いくらリクが好きに飲み食いしても充分賄えるだろう。
意図を察したらしいリクは困ったようにロアとカミラを見比べる。カミラは肩をすくめると、仕方ないと言いたげにリクに軽く手招きした。
「積もる話があるんだろ。昔話なんて、部外者には退屈なだけだぜ」
「で、でもあいつ、ロアのこと、」
「大丈夫だって。今のロアには、お前が一番なんだからさ」
そして何故か、「な?」と同意を求めてくる。またこいつは適当なことを。答えの代わりにカミラをひと睨みすると、今度こそロアは秋風亭を後にした。
いつものようにロアは、何事もなくスパを出た。汗を流してすっきりしたはずが、相変わらず気分は晴れない。重い足を引きずりながら、とりあえず秋風亭へと戻る。
なぜ、こいつを殺せなかったのだろう。
そんな、もう何度目とも知れない自問をロアは繰り返す。獣人なんぞ、もう何十、いや何百と屠ってきたはず。その数がたった一匹増えるだけのこと。ただそれだけのことが、なぜ。
そんなロアの隣では、なぜかリクも悄然としている。普段はいくら諫めてもはしゃぎ回るのを止めないリクが。
「ごめんね、ロア」
「……今度は何だ」
「だってロア、怒ってる。……おれが傷のこと聞いたから」
違う。怒っているわけではないし、傷のことも今更だ。何もかも的外れなのがつくづく可笑しい。……いや違う。苛ついているのだ。そんな自分にロアはまた愕然となる。
理解を、求めているのか。こいつに。
「そう……だな。わかったら、もう二度と聞くな」
うん、と、いつものように無責任な肯定が返るだろうと思った。ところが、いくら待ってもリクから答えはない。さりげなく横目で見上げると、何か強い痛みでも堪えるようにじっと俯いている。
「……おれは」
やがてリクは、何かを振り切るようにロアを見下ろす。いつになく思い詰めた顔。こんな顔もできるようになったのかと今更のようにロアは驚く。……いつの間に、こんなに大きく。
「それでも、ロアのこと、もっと知りたい」
一瞬、何かが胸を掠めて。
その耐え難い感触に、ロアは足を止める。
「ロア?」
気付いたリクが足を止め、振り返る。その柔らかな眼差しに、またしてもロアは名状しがたい感情を抱く。それは、少なくとも怒りや恨みの類ではなく、まして恐怖でもない。むしろ……それらとは対極の何か。
「……お前は」
どうして、あの日。
「何なんだ、お前は。どうして……」
俺に殺されてくれなかった。名もなき獣人として。
お前さえ、俺に出会わなければ。
「ロア?」
「……いや、何でもない」
秋風亭に戻ると、待ちわびたと言いたげにカウンターからカミラが声をかけてきた。その手は、一枚の封筒を見せつけるようにひらひらさせている。
「よう、手紙だぜ、ロア」
「手紙? 誰からだ」
「誰って、ええと、ほら、こないだの同業者――」
「あいつだ」
カミラが答えるよりも先に、リクの鼻が差出人を特定する。そのままリクはロアの代わりにカミラから手紙を掴み取ると、なおもスンスンと執拗に臭いを嗅ぎ続けた。嗅げば手紙の中身もわかる、とでも言いたげに。
「おれ、こいつ嫌い」
「返せ」
今度はロアがリクの手から手紙を奪い取る。追いかけるようにリクが腕を伸ばしてきたが、それをバックステップで軽く避けると、さっそくロアは中を検める。
中身は、何の変哲もない一通の手紙だった。内容は先日の件の謝罪。だが、そもそもあの男は、こんな殊勝な手紙を書いて寄越すタイプの人間ではない。少なくとも、掃討部隊にいた頃のゲインはそうだった。傲岸不遜。常に他人を見下し、謙虚さなど薬にしたくとも持ち合わせのない男。それが、ロアがゲインに抱く印象の全てだ。
「……ん?」
軽く文面に目を通したところで、ロアは手紙の後半に目を止める。
『獣人の新しい弱点を見つけた。ただ、並の獣人殺しには逆に危険で教えられない。ロアにだけ伝えたいから一人で来てくれ』
そして追記には、待ち合わせの店とその場所。なるほど、本題はこっちか。……が、正直、気は乗らない。そもそも、好んで話をしたい相手でもない。ただ、手紙の内容が事実なら、獣人殺しとしては捨て置けない。単にこれが、リク抜きで話をするための口実だとしても、だ。
「少し出かけてくる」
言い残し、踵を返す。するとリクも慌てて追いすがってくる。
「待って! おれも行く!」
「お前はここで待っていろ。――おい、カミラ」
巾着から金貨を摘まみ出し、カミラに放る。これだけ払っておけば、いくらリクが好きに飲み食いしても充分賄えるだろう。
意図を察したらしいリクは困ったようにロアとカミラを見比べる。カミラは肩をすくめると、仕方ないと言いたげにリクに軽く手招きした。
「積もる話があるんだろ。昔話なんて、部外者には退屈なだけだぜ」
「で、でもあいつ、ロアのこと、」
「大丈夫だって。今のロアには、お前が一番なんだからさ」
そして何故か、「な?」と同意を求めてくる。またこいつは適当なことを。答えの代わりにカミラをひと睨みすると、今度こそロアは秋風亭を後にした。
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