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視界の隅で、里田と男の刑事が取っ組み合っている。
その里田が逃げずに応戦を選んだ理由も、自分を逃がすためだときららは理解している。
確かに、逃げたほうが良いのだろう。ここで捕まってしまえば、もう誰にもキラキラを届けられなくなる。それを防ぐためにも、里田は身を挺してきららを守っているのだ。きらら個人ではなく、きららが未来に繋げるだろうアイドルの輝きを守り抜くために。
それに、ここで逃げてもいつかまた別のステージで歌うことはできる。同じセトリ、同じ演出で今夜のステージを再現もできる・・・
でも。
できない。できるわけない。だって音楽は今も続いている。スポットライトは輝いている。ひとたび幕が上がったなら、たとえ隕石が落ちてもステージに立ち続ける。そこに、歌を待つ観客がいる限りー-それがアイドルだ。
だからきららは歌う。歌い続ける。
「早く逃げなさい朝倉さん! 歌は、また、歌えるわ!」
刑事と揉み合いながら、またしても里田は叫ぶ。でもー-ごめんね里田さん。私はアイドルだから。
ようやく曲が間奏に入る。と、ほんの一瞬刑事の手を逃れた里田が、きららの身体を強く突き飛ばす。倒れた弾みでマイクが手を離れ、ステージの袖に転がり出てしまう。
「いいから早く逃げて!」
そう叫ぶと、里田は駆け寄ってきた刑事に、その進路を阻むように飛びかかる。それでもきららは、なおも頭の中で次の流れを考えている。
この『ハイレートクライム』は、間奏からの突き抜けるようなサビが爽快感を与える楽曲だ。戦闘機の急速上昇を意味するタイトルに恥じない力強さと、多少の音のハズしは厭わない蛮勇を要する曲。元は『乙女軍七〇七飛行隊』の楽曲で、彼女たちのライブでもここが一番盛り上がる。
逆に言えば、ここでキメなければその時こそライブは死んでしまう。だから早く、早くマイクを回収しに行かないと。
「ー-っ!?」
蹴り出そうとした足がずきりと痛む。さっき倒れたときに痛めてしまったのかもしれない。それでも痛みを堪えて立ち上がるも、踏み出すたびに脳天を貫くような激痛が走る。
「っ・・・く」
ライブのためならこんな身体、たとえぶっ壊れても構わない。だから走るの。走って、早くマイクを拾うのー-そう自分に言い聞かせるも痛いものは痛い。
ああ、腹が立つ。大事な時に足を痛めたことじゃなく、この程度の痛みも堪えきれない弱い自分が。だって、他のアイドル達ならきっと、これぐらいの怪我は何でもなくてー-
やっぱり私、本物のアイドルにはなれないんだな。
どんなに歌を頑張って、こんな舞台を用意してもらっても、少し足を捻っただけで動けなくなる私は、どのみち本物のアイドルにはなれなかたのだ。
フロアでは、包囲した警官隊と包囲された観客との小競り合いがあちこちで勃発している。・・・ああ、終わらせなくちゃ。これ以上ライブを続けたら、状況はいっそう悪くなる。早くライブを切り上げ、みんなにも警官隊に従うよう促そう。それが、常識的に考えてベストな選択。だからー-・・・
「・・・えっ?」
ふと、目の前を横切った人物にきららははっとなる。見慣れた燐光学園の制服。その腕には金糸で縁取られた紅色の腕章。何より、あの特徴的な顔と眼帯、さらりと流れる長い黒髪は。
あたしはぁぁぁぁ!
ここにぃぃぃぃぃ!
いるのぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!
それまでの不穏なざわめきが、一瞬、水を打ったようにひたりと止む。観客も、それに突入した警官隊も、その視線を例外なくステージの少女に向けている。そんな数えきれないほどの視線の中で、彼女は目元の眼帯を勢いよく脱ぎ捨てる。乱れる髪。それを手櫛で無造作に掻き上げる仕草さえ、彼女のそれは美しい。
何より・・・露わになったその横顔は。
どういうことだ。
新たにステージに現れた少女を見つめながら、そう、水原は自問する。あの痛々しく爛れた顔と、何より、星屑きららに瓜二つの顔立ちは間違いない、宵野議員の娘じゃないか。
「てめぇ、彼女まで巻き込んでやがったのか!?」
が、里田は答えない。ただじっと、魂を奪われたようにステージの少女を見つめている。
その目には、今にも溢れて零れそうな、涙。
「うそ・・・でしょ。こんなこと・・・」
そんな数多の視線を一身に受けながら、少女はふたたび歌声を響かせる。
強さこそ存在証明
残酷なこの世界で
それでもあたしは飛ぶことを選んだ
突き刺さる視線 痛み乗り越えて
誰も追いつけない あの空へ 空へ
「よ、宵野様、これは・・・」
画面越しに届けられた信じがたい光景に、種田は半ば呆然と呻く。全てのチャンネルは、もう三十分近くも青梅での強制捜査を生中継で追い続けている。そうして遂に、警官隊によって一網打尽にされた不貞分子達。混乱と恐慌の中、それでもなおしぶとく続く少女の歌唱。
しかしそれも、ステージに飛び込んだ刑事によって遂に断たれるかに思われたー-ところが。
「種田さん」
「は・・・」
おそるおそる、種田は振り返る。これまで十年以上、ただアイドル文化殲滅のためだけに邁進してきた宵野。その彼が今、どんな顔でテレビに映る娘を見つめているのか、想像するだけでも心底恐ろしい。
「車を出してください、今すぐに」
「か、かしこまりました!」
逃げるように種田は宵野の執務室を飛び出す。結局、宵野の顔を確かめることはできなかった。ああ、どうしてこんなことに。本来なら幸せな家庭を築けていたはずの親子がー-・・・
その里田が逃げずに応戦を選んだ理由も、自分を逃がすためだときららは理解している。
確かに、逃げたほうが良いのだろう。ここで捕まってしまえば、もう誰にもキラキラを届けられなくなる。それを防ぐためにも、里田は身を挺してきららを守っているのだ。きらら個人ではなく、きららが未来に繋げるだろうアイドルの輝きを守り抜くために。
それに、ここで逃げてもいつかまた別のステージで歌うことはできる。同じセトリ、同じ演出で今夜のステージを再現もできる・・・
でも。
できない。できるわけない。だって音楽は今も続いている。スポットライトは輝いている。ひとたび幕が上がったなら、たとえ隕石が落ちてもステージに立ち続ける。そこに、歌を待つ観客がいる限りー-それがアイドルだ。
だからきららは歌う。歌い続ける。
「早く逃げなさい朝倉さん! 歌は、また、歌えるわ!」
刑事と揉み合いながら、またしても里田は叫ぶ。でもー-ごめんね里田さん。私はアイドルだから。
ようやく曲が間奏に入る。と、ほんの一瞬刑事の手を逃れた里田が、きららの身体を強く突き飛ばす。倒れた弾みでマイクが手を離れ、ステージの袖に転がり出てしまう。
「いいから早く逃げて!」
そう叫ぶと、里田は駆け寄ってきた刑事に、その進路を阻むように飛びかかる。それでもきららは、なおも頭の中で次の流れを考えている。
この『ハイレートクライム』は、間奏からの突き抜けるようなサビが爽快感を与える楽曲だ。戦闘機の急速上昇を意味するタイトルに恥じない力強さと、多少の音のハズしは厭わない蛮勇を要する曲。元は『乙女軍七〇七飛行隊』の楽曲で、彼女たちのライブでもここが一番盛り上がる。
逆に言えば、ここでキメなければその時こそライブは死んでしまう。だから早く、早くマイクを回収しに行かないと。
「ー-っ!?」
蹴り出そうとした足がずきりと痛む。さっき倒れたときに痛めてしまったのかもしれない。それでも痛みを堪えて立ち上がるも、踏み出すたびに脳天を貫くような激痛が走る。
「っ・・・く」
ライブのためならこんな身体、たとえぶっ壊れても構わない。だから走るの。走って、早くマイクを拾うのー-そう自分に言い聞かせるも痛いものは痛い。
ああ、腹が立つ。大事な時に足を痛めたことじゃなく、この程度の痛みも堪えきれない弱い自分が。だって、他のアイドル達ならきっと、これぐらいの怪我は何でもなくてー-
やっぱり私、本物のアイドルにはなれないんだな。
どんなに歌を頑張って、こんな舞台を用意してもらっても、少し足を捻っただけで動けなくなる私は、どのみち本物のアイドルにはなれなかたのだ。
フロアでは、包囲した警官隊と包囲された観客との小競り合いがあちこちで勃発している。・・・ああ、終わらせなくちゃ。これ以上ライブを続けたら、状況はいっそう悪くなる。早くライブを切り上げ、みんなにも警官隊に従うよう促そう。それが、常識的に考えてベストな選択。だからー-・・・
「・・・えっ?」
ふと、目の前を横切った人物にきららははっとなる。見慣れた燐光学園の制服。その腕には金糸で縁取られた紅色の腕章。何より、あの特徴的な顔と眼帯、さらりと流れる長い黒髪は。
あたしはぁぁぁぁ!
ここにぃぃぃぃぃ!
いるのぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!
それまでの不穏なざわめきが、一瞬、水を打ったようにひたりと止む。観客も、それに突入した警官隊も、その視線を例外なくステージの少女に向けている。そんな数えきれないほどの視線の中で、彼女は目元の眼帯を勢いよく脱ぎ捨てる。乱れる髪。それを手櫛で無造作に掻き上げる仕草さえ、彼女のそれは美しい。
何より・・・露わになったその横顔は。
どういうことだ。
新たにステージに現れた少女を見つめながら、そう、水原は自問する。あの痛々しく爛れた顔と、何より、星屑きららに瓜二つの顔立ちは間違いない、宵野議員の娘じゃないか。
「てめぇ、彼女まで巻き込んでやがったのか!?」
が、里田は答えない。ただじっと、魂を奪われたようにステージの少女を見つめている。
その目には、今にも溢れて零れそうな、涙。
「うそ・・・でしょ。こんなこと・・・」
そんな数多の視線を一身に受けながら、少女はふたたび歌声を響かせる。
強さこそ存在証明
残酷なこの世界で
それでもあたしは飛ぶことを選んだ
突き刺さる視線 痛み乗り越えて
誰も追いつけない あの空へ 空へ
「よ、宵野様、これは・・・」
画面越しに届けられた信じがたい光景に、種田は半ば呆然と呻く。全てのチャンネルは、もう三十分近くも青梅での強制捜査を生中継で追い続けている。そうして遂に、警官隊によって一網打尽にされた不貞分子達。混乱と恐慌の中、それでもなおしぶとく続く少女の歌唱。
しかしそれも、ステージに飛び込んだ刑事によって遂に断たれるかに思われたー-ところが。
「種田さん」
「は・・・」
おそるおそる、種田は振り返る。これまで十年以上、ただアイドル文化殲滅のためだけに邁進してきた宵野。その彼が今、どんな顔でテレビに映る娘を見つめているのか、想像するだけでも心底恐ろしい。
「車を出してください、今すぐに」
「か、かしこまりました!」
逃げるように種田は宵野の執務室を飛び出す。結局、宵野の顔を確かめることはできなかった。ああ、どうしてこんなことに。本来なら幸せな家庭を築けていたはずの親子がー-・・・
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