IDLE OR DIE

路地裏乃猫

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『特定の表現行為の制限およびそれらの表現行為に基づく商行為を禁じる特例に関する法律』
 などと長ったらしい正式名称を使うのは、主に法務絡みの人間だけで、大抵の人間はその法律をこう呼んでいる。
『アイドル禁止法』
 アイドルとは端的に言えば、歌やダンス等で観客を魅了するアーティストのこと。ただ通常のアーティストとは違い、多くの場合、そこに若さという条件が加味される。若さゆえの技術的未熟さ、人間的な至らなさも含めて価値として提供する。それがアイドルだ。
 このアイドル禁止法は、そうしたアイドル達の活動を文字通り禁じる法律である。アイドルとしての活動に留まらず、アイドルを応援すること、それらをビジネスにすることも含めて一切が違法行為とされている。違反者には最低でも十万円、最大で一千万円の罰金が科せられる。懲役も最大で十年と厳しい内容だ。
 とはいえ、それまで当たり前のように許されていたものを、ある日突然禁止されたところで、そう簡単に切り替えが利かないのが社会という名の巨鯨だ。結局、その後も多くのアーティストがアイドル活動を続けた。あるいは子供の頃の夢を叶えるため。あるいは当局への反抗心から。それでも、ひとたび国家の意志として示された禁則は強烈で、この法律を根拠に膨大な数の人間が検挙され、結果、アイドル活動そのものが次第に鳴りを潜めていった。
 そうして法律の施行から十年も経つ頃には、もはや表立ってアイドルを名乗るアーティストは皆無と化していたー-

「ー-そう、禁止されたのです! 心身ともに未熟な青少年の、まさにその未熟さを消費する行為の悍ましさに気付いた、心ある人々によって!」
 故に、と、檀上の少女は一層声を高める。
 講堂に集う全ての生徒、全ての教師の視線が少女の姿に集中する。彼女の挙措に合わせて颯爽と揺れる、青と白をメインとしたタータンチェックのプリーツスカート。同じ色と柄のリボン。クリーム色のブレザーの胸元には、純潔を示す百合をモチーフとしたエンブレムが金糸で縫い込まれている。それは、この学園の高等部生が等しく身に着ける制服で、唯一、左上腕に装着された深紅の腕章が、彼女がこの学園で特異な役割を担うことを表していた。
 もっとも、彼女の姿を真に印象付けるのは、そんなちっぽけな腕章ではなく、さらに別の特徴ではあるが。
「かつて、多くのアーティストをアイドルというかたちで輩出した我が燐光学園も、そうした過去を反省し、ハイカルチャーの揺籃として再スタートを切りました。今やこの学園生を、あのようないかがわしい興行の道具と見做す大人は一人もおりません。故に、新入生の皆さん。どうか三年間、安心してこの学園で学びを重ねてください。わが学園の生徒である限り、皆さんの若さが、未完成さが大人たちに収奪されることは一切ありません。本学の教師陣と、そして我々燐光学園生徒会執行部が、全力で皆さんをお護りすることを誓います!」
 凛と響くその声に、一人、また一人と立ち上がる生徒。感極まった彼女たちは皆、一様に涙を流し、縋るように壇上の少女を見上げている。疎らだった拍手はやがて万雷のそれとなり、狭くはない講堂を地鳴りのごとく震わせる。感動。居合わせる誰もが同じ想いに打ち震えている。この学校に入ってよかった。壇上の彼女に逢えてよかったー-
 その中に、一人。
 同じように立ち上がり、周囲の生徒の二倍、いや三倍のスピードでぱちぱちというよりしぱぱぱぱぱぱぱ・・・と拍手を打ち鳴らす新入生。白い頬を紅潮させ、大きく見開いたハシバミ色の双眸には満天の星。
 やがて彼女は、うっとりと称賛を口にする。
「すごい・・・アイドルみたい」
 それは今のご時世、決して許されるはずのない表現で。もっとも、この嵐のような拍手と歓声の中では、たとえ誰かの耳に届いたとしても、ただの空耳として聞き流されていただろう。
 でも、残念ながらそうはならなかった。
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