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31 もやもや

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 うーーーーーん。
 よかった。
 よかったんだが、何だろうなこの微妙にぐずついた気分は! 快晴どころか荒れる気配を孕んだ微妙な曇り空。でも俺は、確かに二人がくっつくことを望んでいたのだ。それがベストな成り行きだと――俺からウェリナを引き剥がすにはうってつけの方法だと。なのに……
「あ、そう。ふーーーーーん」
 ちぎったパンを口に押し込み、もそもそと咀嚼する。美味い、が、今はとてもじゃないが味わう気分ではない。その後も俺はスープやらオムレツを半ば機械的に胃袋に押し込み、ぼっちの朝食を終える。
 食後の紅茶も速攻で喉に流し込むと、さっそく俺はマリーの部屋に向かう。場所はサリエに聞いたので把握済みだ。ただ、行って何がしたいのかと訊かれると、正直、俺にもよくわからない。
 昨晩のことを聞きたいんだろうか。
 うーんどうだろうな。人様のプライベートをほじくり返すのは趣味じゃないし、多分、そう、彼女の様子を確かめたいだけなのだ。クモにビビっていた彼女が、新しい部屋で快適に過ごせているかを確認したいだけ。そう、それだけの話だ。うん。
「あ、殿下ぁ!」
「え……?」
 それは、中庭に面する内廊下に差しかかった時のこと。ウェリントンの屋敷は、ざっくり言うとカタカナのロの形になっていて、中央には噴水つきの庭園が設けられている。その、噴水をぐるりと丸く囲む大理石に、これから会うはずのマリーが腰を下ろし、のんびりと俺に手を振っていた。
「あ、ああ……おはよう。あれから、クモは出なかった?」
 何食わぬそぶりで歩み寄りながら、本当に知りたいのはそんなことじゃねぇだろ、と俺は思う。じゃあ本当は何を訊きたかったのかと言われると……それもそれで、うまく問いを言語化できない。
「ええ。クモは……あ、で、でも……」
 なぜか気まずそうに目をそらすと、マリーはえへぇ、と曖昧に笑う。よく見ると、目元にはうっすらと隈が浮かんでいる。表情にも疲れが滲んでいるようだ。
「侯爵様と……その……ひ、一晩、御一緒させて頂きまし、た……?」
「一晩」
 その単語に、ぞわ、と腹の虫が蠢く。いやいや、むしろいい流れじゃねぇのコレ? サッカーで二点を先取する敵チームから一点もぎ取って、さぁこれから反撃の流れ、みたいな? ……なのに何だってんだ。この、じくじくとはらわたを食い荒らす不快な疼きは。
「やぁマリー。ここにいたのか」
 その声に、俺はまたぞわりとなる。振り返ると、珍しく機嫌の良さそうなウェリナが、俺がついさっきまで歩いていた内廊下のへりに立っている。すらりと高い長身。その広く逞しい肩を、瀟洒な大理石の柱にゆるく預けた立ち姿はあたかも一幅の絵画のようで、不覚にも俺は見惚れる。そよ風を受けて揺れる若草色の髪。澄んだエメラルドの瞳。
 やっぱ……綺麗だよな、あいつ。言動は無茶苦茶だけどさ。
 そのウェリナに「ああ、殿下もいらしたのですね」とついでのように声をかけられ、それがまた妙に俺の癇に障る。
「お、おう、いたぜ?」
「昨晩は、ランカスタ嬢へのお気遣い、ありがとうございます。本来であれば、ホストであるわたくしが配慮すべきだったこと。殿下には、至らぬ点をお見せしてしまい、お恥ずかしい限りです」
 マリーの前だからか、それとも俺への当てつけか、やけに勿体ぶった物言いをするウェリナに俺は渾身の苦笑いを返す。ほんっと腹立つなこいつ。いや、改めて思い出すと、コイツの前では俺はいっつもイライラしている。こう見えて俺、他人にはわりと寛容な方だと自負しているんだが。
 こいつだけが、俺の調子を狂わせる。いつもそうだ。いつも。
「マリー」
「は、はい!?」
 唐突に名を呼ばれ、物音に驚いたミーアキャットよろしくピンと背筋を伸ばすマリー。そんなマリーに、ウェリナはなおも爽やかに笑いかける。
「大丈夫かい? 昨晩は、随分と無理をさせてしまったが」
「えっ? あ……は、はい!」
 こくこく、と、そういう玩具のようにマリーは頷く。一方のウェリナは何やら満足そうに笑むと、俺に対しては「では」とだけ告げ、離れのある方角へと去ってゆく。その、次第に小さくなる逆三角の背中を睨みながら、俺は、やっぱムカつくなぁと改めて思う。奴とマリーがどんなお熱い夜を過ごそうが俺には関係ない。なのに、俺は確かにムカついていて、そんな自分にまた苛つく。怒りの無限ループ。イライラのプルサーマル発電。
 やってらんねぇな、もう。
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