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28 それで良かったんだ
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ぎくり。
その一瞬の反応を、おそらくウェリナは見抜いたのだろう。はぁ、とそれはそれは深い溜息をつく。
「見縊られたもんだな。俺の気持ちが、あんな小娘ごときに動くとでも?」
「だから……そういう言い方すんなって……」
でも言っちゃうんだよな。そうでも言わなきゃ収まらないほどお前は怒っているんだ。わかるぜ。俺にだって覚えがある。マジで腹が立つと、誰が傷つこうがお構いなしに怒りの刃をぶん回したくなるんだ。その誰かに本人が含まれていようがな。
そうやってウェリナが、俺だけでなく奴自身も傷つけているのが俺はなんかちょっと悲しい。
「あーもう、悪かったよ!」
カトラリーを置き、俺は両手を軽くホールドアップする。
「ええそうです。ぶっちゃけお前とマリーちゃんがくっつけばいいと思ってました! けどさ、俺だって色々しんどいわけよ。何にもわからない中にいきなり放り出されて、殺されかけたと思ったら、今度はお前にぐいぐい攻められて……」
言いながら、これはちょっと嘘が入ってるなと頭の片隅で俺は思う。事実、そのあたりの混乱はとっくの昔にクリアしている。ただ、現に俺は戸惑っていて、じゃあ何が俺を戸惑わせているのかと言われると、そこがうまく答えられない。
ただ、少なくともウェリナに絡む話ではあるのだろう。
事実この戸惑いは、昨晩のアレからさらにひどくなっている。
端的に言えば、やるんじゃなかったという後悔。でもそれは、男相手に致したからだけじゃない。というか、そのあたりの葛藤は意外と大きくはない。むしろ、ウェリナが相手ならしょうがないかという妙な納得がある。……でも、現に俺は後悔していて、かといって、二度とシたくないかと言われるとそれも違う。いやいや、別にシたくてたまらないとかそういうわけじゃない。こいつが求めるなら応じてもいい、というだけの話だ。ただ……
そうやって致しても、きっと俺はまた後悔する。
「なるほど。確かに……アルの気持ちを考えていなかった」
「……アルの気持ち」
違う。これはアルカディアの気持ちじゃない。今この身体に入ってんのは全くの別人で、未知の世界で生き延びるために、どうにかアルカディアを演じていて……ああそうか。要するに俺は、こいつに嘘をついている今の状況を後ろめたく感じているんだな。
多分、そうだ。そうに違いない。
「なぁ、ウェリナーー」
いっそ打ち明けてしまおうか。俺が別人だと。だが、そんな俺の喉を、不意に這い登った恐怖がきゅっと塞ぐ。ここでそんな話を打ち明けてみろ。ただでさえブチ切れモードのこいつが一体どうなると思う? 昼間も問答無用でマリーを切り捨てかけたイケメン蛮族だ。そのイケメン蛮族が、想い人の中身が全くの別人だと知ったら。
「どうした、アル」
「あ……いや」
「ひどく思い詰めた顔をしていたが?」
「何でもない! 何でもないんだ……気にしないでくれ。その……」
ううう、どうすりゃいいんだよこの状況!!!!
そんな俺の葛藤を切り裂く甲高い悲鳴。明らかに若い女性のそれだが、マナーの行き届いたメイドの声では絶対にない。ということは……
「……ランカスタ嬢か」
俺より先に声の主に思い至ったウェリナが、唸るように吐き捨てる。一方、苦しい追及をひととき逃れた俺は、ほっと息をつき、それから、いや「ほっ」じゃねぇしと急ぎ席を立つ。
「何だ」
相変わらずウェリナは、当たり前のように食事を続けている。いやいや、そこはほら騎士としてのムーブってやつがあるだろ! ご婦人を守れ的なさ!
「お前こそ何やってんだよ。マリーちゃんの身に何かあったらどうするんだ」
「心配ない。メイドが対応する。彼女らの手に余る問題なら、いずれ報告が入るだろう」
「困ってる奴をほっとけるのかって話をしてんだ!」
言い捨て、俺は食堂を飛び出す。くそっ、いくらマリーのことを良く思っていないからって、あの態度はないだろうがよ。相手が誰であれ、助けを必要としているなら手を伸ばす。それが騎士ってやつじゃねぇのか? いや、騎士かどうかは関係ない。人間なら誰しも持つべき最低限の――
そっか。だから俺はすんなり受け入れられたんだ。
前世での一度目の死。でもあれは、人間として仕方のない死だった。目の前で誰かが死にかけていて、俺はそいつに手を伸ばした。結果、俺は死んじまったわけだが、でも、それで良かったんだ。
そんなことを考えながら、俺は屋敷の廊下をひた走る。
その一瞬の反応を、おそらくウェリナは見抜いたのだろう。はぁ、とそれはそれは深い溜息をつく。
「見縊られたもんだな。俺の気持ちが、あんな小娘ごときに動くとでも?」
「だから……そういう言い方すんなって……」
でも言っちゃうんだよな。そうでも言わなきゃ収まらないほどお前は怒っているんだ。わかるぜ。俺にだって覚えがある。マジで腹が立つと、誰が傷つこうがお構いなしに怒りの刃をぶん回したくなるんだ。その誰かに本人が含まれていようがな。
そうやってウェリナが、俺だけでなく奴自身も傷つけているのが俺はなんかちょっと悲しい。
「あーもう、悪かったよ!」
カトラリーを置き、俺は両手を軽くホールドアップする。
「ええそうです。ぶっちゃけお前とマリーちゃんがくっつけばいいと思ってました! けどさ、俺だって色々しんどいわけよ。何にもわからない中にいきなり放り出されて、殺されかけたと思ったら、今度はお前にぐいぐい攻められて……」
言いながら、これはちょっと嘘が入ってるなと頭の片隅で俺は思う。事実、そのあたりの混乱はとっくの昔にクリアしている。ただ、現に俺は戸惑っていて、じゃあ何が俺を戸惑わせているのかと言われると、そこがうまく答えられない。
ただ、少なくともウェリナに絡む話ではあるのだろう。
事実この戸惑いは、昨晩のアレからさらにひどくなっている。
端的に言えば、やるんじゃなかったという後悔。でもそれは、男相手に致したからだけじゃない。というか、そのあたりの葛藤は意外と大きくはない。むしろ、ウェリナが相手ならしょうがないかという妙な納得がある。……でも、現に俺は後悔していて、かといって、二度とシたくないかと言われるとそれも違う。いやいや、別にシたくてたまらないとかそういうわけじゃない。こいつが求めるなら応じてもいい、というだけの話だ。ただ……
そうやって致しても、きっと俺はまた後悔する。
「なるほど。確かに……アルの気持ちを考えていなかった」
「……アルの気持ち」
違う。これはアルカディアの気持ちじゃない。今この身体に入ってんのは全くの別人で、未知の世界で生き延びるために、どうにかアルカディアを演じていて……ああそうか。要するに俺は、こいつに嘘をついている今の状況を後ろめたく感じているんだな。
多分、そうだ。そうに違いない。
「なぁ、ウェリナーー」
いっそ打ち明けてしまおうか。俺が別人だと。だが、そんな俺の喉を、不意に這い登った恐怖がきゅっと塞ぐ。ここでそんな話を打ち明けてみろ。ただでさえブチ切れモードのこいつが一体どうなると思う? 昼間も問答無用でマリーを切り捨てかけたイケメン蛮族だ。そのイケメン蛮族が、想い人の中身が全くの別人だと知ったら。
「どうした、アル」
「あ……いや」
「ひどく思い詰めた顔をしていたが?」
「何でもない! 何でもないんだ……気にしないでくれ。その……」
ううう、どうすりゃいいんだよこの状況!!!!
そんな俺の葛藤を切り裂く甲高い悲鳴。明らかに若い女性のそれだが、マナーの行き届いたメイドの声では絶対にない。ということは……
「……ランカスタ嬢か」
俺より先に声の主に思い至ったウェリナが、唸るように吐き捨てる。一方、苦しい追及をひととき逃れた俺は、ほっと息をつき、それから、いや「ほっ」じゃねぇしと急ぎ席を立つ。
「何だ」
相変わらずウェリナは、当たり前のように食事を続けている。いやいや、そこはほら騎士としてのムーブってやつがあるだろ! ご婦人を守れ的なさ!
「お前こそ何やってんだよ。マリーちゃんの身に何かあったらどうするんだ」
「心配ない。メイドが対応する。彼女らの手に余る問題なら、いずれ報告が入るだろう」
「困ってる奴をほっとけるのかって話をしてんだ!」
言い捨て、俺は食堂を飛び出す。くそっ、いくらマリーのことを良く思っていないからって、あの態度はないだろうがよ。相手が誰であれ、助けを必要としているなら手を伸ばす。それが騎士ってやつじゃねぇのか? いや、騎士かどうかは関係ない。人間なら誰しも持つべき最低限の――
そっか。だから俺はすんなり受け入れられたんだ。
前世での一度目の死。でもあれは、人間として仕方のない死だった。目の前で誰かが死にかけていて、俺はそいつに手を伸ばした。結果、俺は死んじまったわけだが、でも、それで良かったんだ。
そんなことを考えながら、俺は屋敷の廊下をひた走る。
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