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24 ここにきて聖女登場!
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ほんと、何であんなことやっちまったかなぁ。
窓越しに中庭を望む廊下のソファ。そこで俺は、ぼんやりと紅茶を啜りながら一人、物思いってやつに耽る。あーいい香り。安らぐ。でも、今の俺が欲しいのは安らぎなんかじゃない。頭に溜まるぐちゃぐちゃを、一撃でぶっ飛ばす強烈な苦みだ。つまりコーヒーが飲みたい。それも胃が焼けるぐらい濃く淹れたブラックを。
が、この世界にコーヒーは存在せず、だから俺は、安らぎを押し付けるだけの紅茶を無感動に啜る。いやマジで、何だって俺はあんなこと。だってウェリナは男だぜ? そりゃ、ツラは綺麗だが……
いや。
本質はきっとそこじゃない。俺の心が引っかかっているのも。
「……帰りてぇ」
何となしにそんな呟きを口にしてから、これは、どっちに対する「帰りたい」だろうなと俺は思う。宮殿? それとも……前世? ああ、そういや俺、異世界転生ってやつをやっちまったんだよな。本来の俺は、日本の一介の男子大学生に過ぎなくて、クリステン国の王太子でもなければ、ましてやウェリナの恋人でもない。……そう、そこだ。付き合ってもいないのに、ウェリナにあんなことをやらせちまった。その奇妙な後味の悪さ。
いや、でも、あれはウェリナが勝手に……本当にそうか? そうだと胸を張って言い切れるか?
「くそぉ……何なんだよちくしょう……」
まぁいい。ここは宮殿に帰りたいということにしよう。いや、まぁ帰れるもんなら前世にも帰りたいし、家族も今頃は悲しんでいるだろうし、ただ、死んじまったもんは仕方がないというか、こういう割り切りは意外と上手かったんすね俺、ハハハ……まぁ、何にせよそこは望んでも仕方がないことで、だからせめて、多少は目のある可能性を望みたいのだ俺は。
ただ、宮殿に帰るにせよ、まずはその安全を確保しなくては。
そのためにも、事件に関する調査の進展が気になるところだ。ところが、その調査の責任者がよりにもよってウェリナときている。奴としては、一日でも一刻でも長く俺を屋敷に留め置きたいところだろう。そのためにわざと調査を長引かせることも、やろうと思えばできる立場にある。ただ……一方で、このまま黙ってはいられない連中も、いるにはいる。ウェリントン家を除く他の四侯爵家だ。
精霊五侯は王のもとで等しく、というのが、この国における一応の建前だ。ただ実情は、現国王の正室であるカサンドラ妃を出した炎のモーフィアス家と、鉱山開発で莫大な富を築く岩のシスティーナ家が強大な発言権を有している。うちシスティーナ家は、ご存じ我が婚約者イザベラのご実家だ。大事な娘を差し出してでもバカ王子たる俺を抱き込み、財だけでなく政の面でもアドバンテージを手に入れたいシスティーナ家としては、ウェリントン家に俺の身柄を押さえられた今の状態は決して愉快なものではないはずだ。
何にせよ、特定の家が独断で王太子を抱え込めば、余計な角が立つのは目に見えている。が、戻れば戻ったで、いつまた身の危険に晒されるか知れたもんじゃない。アルカディアの母親は、遠い先祖にウェリントンの血を迎えただけの田舎貴族の出で、しかもすでに病没している。王太子といっても、アルカディアの後ろ盾は極めて弱いといえる。要は、いつ誰に始末されようが不思議ではない状況なのだ。……って、あれ? よく考えたらバカ王子とか悪役令嬢モノとか関係なしにヤバくね、俺?
だからって、なぁ。
この屋敷に籠っていても、それはそれでヤバいんだよなぁ……。ここはワンチャン、ウェリナの気持ちが別の女子(いや男子でも可)に向いてくれりゃあ……
「あのおおお!」
そんな俺の物思いを不意に破る大声。調子外れの管楽器を思わせるその声に、早くもうんざりしつつ振り返ると、立っていたのはメイドではなく、なぜか修道服姿の女の子だった。長い栗色の髪を後ろでまとめ、いかにも活動的といった印象の彼女は、顔立ちも愛らしく、充分美人で通るだろう。ただ、なぜか近寄りがたい――というより、お近づきになりたくない何かを感じさせる。多分それは、全身からビンビンに放たれる独特なオーラのせいだ。……独特、というのは俺なりに気を遣った表現で、要はその、トラブルの匂いがする、というか、バイトでこいつと同じシフトにだけは当たりたくない、というか……
「王太子殿下でいらっしゃいますかあああ?」
「えっ? あ、うん……で、君は?」
「お怪我の様子はいかがですかああ? 拝見したところ、随分と回復しておられるご様子ですがああ!」
「えっ? あー……ええと……」
そんな彼女の背後から、ばたばたと足音がする。見ると、珍しく泡を食ったメイドさん数名がこちらに駆け寄るところだった。その様子は明らかに、ドッグランから脱走したバカ犬を追いかける飼い主のそれ。
「お帰りください! いくら教会の方でも、侯爵様の許可がないかぎり通すわけにはいきません!」
「教会?」
すると女の子は満面の笑みで「はい!」とそれはもう大きく頷く。メイドさんたちの言動からして明らかに不法侵入犯なのだが、それを気にも留めない神経の図太さと空気の読めなさ、何より全身から放出される無能な働き者オーラに、俺は「あ」と思う。ひょっとしてひょっとすると、こいつ……
「……つかぬことを訊くけど、君、聖女なんて呼ばれてない?」
すると無能な働き者もとい教会から来た女の子は、「どうしてわかっちゃったんですかぁあああ!?」と、これまた場違いな大声で答える。そんな彼女の満面の笑みを前に、俺は内心マジかよ、と思う。悪役令嬢モノに聖女はつきものだが、この世界ではとんと見かけないのですっかり存在を忘れていた。
地獄に仏、いやむしろ、カンダタの目の前に思いがけず垂らされた蜘蛛の糸。
やるしかねぇ。こいつは、戦いなんだ。俺の貞操をかけた。
窓越しに中庭を望む廊下のソファ。そこで俺は、ぼんやりと紅茶を啜りながら一人、物思いってやつに耽る。あーいい香り。安らぐ。でも、今の俺が欲しいのは安らぎなんかじゃない。頭に溜まるぐちゃぐちゃを、一撃でぶっ飛ばす強烈な苦みだ。つまりコーヒーが飲みたい。それも胃が焼けるぐらい濃く淹れたブラックを。
が、この世界にコーヒーは存在せず、だから俺は、安らぎを押し付けるだけの紅茶を無感動に啜る。いやマジで、何だって俺はあんなこと。だってウェリナは男だぜ? そりゃ、ツラは綺麗だが……
いや。
本質はきっとそこじゃない。俺の心が引っかかっているのも。
「……帰りてぇ」
何となしにそんな呟きを口にしてから、これは、どっちに対する「帰りたい」だろうなと俺は思う。宮殿? それとも……前世? ああ、そういや俺、異世界転生ってやつをやっちまったんだよな。本来の俺は、日本の一介の男子大学生に過ぎなくて、クリステン国の王太子でもなければ、ましてやウェリナの恋人でもない。……そう、そこだ。付き合ってもいないのに、ウェリナにあんなことをやらせちまった。その奇妙な後味の悪さ。
いや、でも、あれはウェリナが勝手に……本当にそうか? そうだと胸を張って言い切れるか?
「くそぉ……何なんだよちくしょう……」
まぁいい。ここは宮殿に帰りたいということにしよう。いや、まぁ帰れるもんなら前世にも帰りたいし、家族も今頃は悲しんでいるだろうし、ただ、死んじまったもんは仕方がないというか、こういう割り切りは意外と上手かったんすね俺、ハハハ……まぁ、何にせよそこは望んでも仕方がないことで、だからせめて、多少は目のある可能性を望みたいのだ俺は。
ただ、宮殿に帰るにせよ、まずはその安全を確保しなくては。
そのためにも、事件に関する調査の進展が気になるところだ。ところが、その調査の責任者がよりにもよってウェリナときている。奴としては、一日でも一刻でも長く俺を屋敷に留め置きたいところだろう。そのためにわざと調査を長引かせることも、やろうと思えばできる立場にある。ただ……一方で、このまま黙ってはいられない連中も、いるにはいる。ウェリントン家を除く他の四侯爵家だ。
精霊五侯は王のもとで等しく、というのが、この国における一応の建前だ。ただ実情は、現国王の正室であるカサンドラ妃を出した炎のモーフィアス家と、鉱山開発で莫大な富を築く岩のシスティーナ家が強大な発言権を有している。うちシスティーナ家は、ご存じ我が婚約者イザベラのご実家だ。大事な娘を差し出してでもバカ王子たる俺を抱き込み、財だけでなく政の面でもアドバンテージを手に入れたいシスティーナ家としては、ウェリントン家に俺の身柄を押さえられた今の状態は決して愉快なものではないはずだ。
何にせよ、特定の家が独断で王太子を抱え込めば、余計な角が立つのは目に見えている。が、戻れば戻ったで、いつまた身の危険に晒されるか知れたもんじゃない。アルカディアの母親は、遠い先祖にウェリントンの血を迎えただけの田舎貴族の出で、しかもすでに病没している。王太子といっても、アルカディアの後ろ盾は極めて弱いといえる。要は、いつ誰に始末されようが不思議ではない状況なのだ。……って、あれ? よく考えたらバカ王子とか悪役令嬢モノとか関係なしにヤバくね、俺?
だからって、なぁ。
この屋敷に籠っていても、それはそれでヤバいんだよなぁ……。ここはワンチャン、ウェリナの気持ちが別の女子(いや男子でも可)に向いてくれりゃあ……
「あのおおお!」
そんな俺の物思いを不意に破る大声。調子外れの管楽器を思わせるその声に、早くもうんざりしつつ振り返ると、立っていたのはメイドではなく、なぜか修道服姿の女の子だった。長い栗色の髪を後ろでまとめ、いかにも活動的といった印象の彼女は、顔立ちも愛らしく、充分美人で通るだろう。ただ、なぜか近寄りがたい――というより、お近づきになりたくない何かを感じさせる。多分それは、全身からビンビンに放たれる独特なオーラのせいだ。……独特、というのは俺なりに気を遣った表現で、要はその、トラブルの匂いがする、というか、バイトでこいつと同じシフトにだけは当たりたくない、というか……
「王太子殿下でいらっしゃいますかあああ?」
「えっ? あ、うん……で、君は?」
「お怪我の様子はいかがですかああ? 拝見したところ、随分と回復しておられるご様子ですがああ!」
「えっ? あー……ええと……」
そんな彼女の背後から、ばたばたと足音がする。見ると、珍しく泡を食ったメイドさん数名がこちらに駆け寄るところだった。その様子は明らかに、ドッグランから脱走したバカ犬を追いかける飼い主のそれ。
「お帰りください! いくら教会の方でも、侯爵様の許可がないかぎり通すわけにはいきません!」
「教会?」
すると女の子は満面の笑みで「はい!」とそれはもう大きく頷く。メイドさんたちの言動からして明らかに不法侵入犯なのだが、それを気にも留めない神経の図太さと空気の読めなさ、何より全身から放出される無能な働き者オーラに、俺は「あ」と思う。ひょっとしてひょっとすると、こいつ……
「……つかぬことを訊くけど、君、聖女なんて呼ばれてない?」
すると無能な働き者もとい教会から来た女の子は、「どうしてわかっちゃったんですかぁあああ!?」と、これまた場違いな大声で答える。そんな彼女の満面の笑みを前に、俺は内心マジかよ、と思う。悪役令嬢モノに聖女はつきものだが、この世界ではとんと見かけないのですっかり存在を忘れていた。
地獄に仏、いやむしろ、カンダタの目の前に思いがけず垂らされた蜘蛛の糸。
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