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失せもの、探します
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「いらっしゃいませ。おひとりですか」
縁司くんの問いに、女性は一瞬びくりと首をすくめると、ややあって、「ええ、まぁ」と蚊の鳴くような声で答えた。
女性は、いかにも裕福なご家庭の奥様といったなりをしていた。春らしいライトグリーンのニットに白いフレアパンツ。手入れの行き届いた艶やかなショートボブ。健康的でなめらかな肌には、美容雑誌のお手本みたいなナチュラルメイクが施されている。
きちんとしている。
それが、彼女から私が受けた第一印象だった。
「じつは……こちらで、探し物をしていただけると伺って来たのですが」
「探し物?」
女性にではなく、縁司くんに私は問う。女性の口ぶりから察するに、以前ここで何かを忘れたというより、どこかで失くした何かをここで探してほしい、と言っているように聞こえる。
でもそれは、仮に頼むにしても探偵事務所にであって、間違っても珈琲専門店に持ち込むべき話題じゃない。
「とりあえず、まずは一杯いかがです」
やんわりと笑みながら、さっそくカウンター席を勧める縁司くん。そんな彼のスマートな挙措に促され、私もまた慌てて隣のスツールを勧める。
「いらっしゃいませ! どうぞこちらへ!」
すると女性は、どちら様? と言いたげな顔を私に向ける。ふと、視線を感じて振り返ると、縁司くんがそれはもう冷たいジト目で私を睨んでいた。うう、イケメンのキレ顔はこれはこれで眼福なんだけど余計に傷つく……!
「えーと、あんたは奥のテーブルで大人しくしててくれ」
「ううっ」
事実上の戦力外通告! いや、まぁ実際、戦力外ですけれども!
というわけで私は、縁司くんの言うとおり、珈琲を手にすごすごと店の奥にあるテーブル席に向かう。混み始めたらその時は改めてカウンターに移るとして、こんな流行らない商店街の路地裏でかくれんぼするみたいに商う店だ。満席になる、なんてことはないだろう(オーナーとして、そこに期待するのもどうかとも思うが)。
一方の縁司くんは、私の代わりにカウンターに着いた女性客に早くも声をかけている。
「珈琲は、お召し上がりになりますか?」
「えっ? ええ、それじゃあ……」
おそらく珈琲は二の次だったらしい女性客だが、それでも義理のつもりか注文を入れてくれる。なるほど、失せもの探しの依頼を受けつつ珈琲も売る……ん? これっていわゆる抱き合わせ商法ってやつでは!? 発覚したらいろいろまずいやつ?
「あ、あの、縁司くん――」
私のありあまる疑問は、しかし、縁司くんのひんやりとした一瞥に封じられる。黙ってろと言いたげなその一瞥に、私は叱られた子犬よろしく席にかけ直し、手元の珈琲をちびりと啜る。うう、美味しい。美味しいけど、今はのんびり味わう気分になれない……本当に大丈夫なの? この店。
そんな私の不安をよそに、縁司くんは背後の棚から瓶の一つを取り出し、さっそく豆をミルにかける。ゴリゴリと豆の砕ける音が次第に落ち着いてゆき、代わりに珈琲の香ばしい匂いがふわりと店に漂いはじめる頃、さりげなく、実にさりげなく縁司くんは切り出す。
「それで、お客様が結び直したい縁とは、何です?」
縁司くんの問いに、女性は一瞬びくりと首をすくめると、ややあって、「ええ、まぁ」と蚊の鳴くような声で答えた。
女性は、いかにも裕福なご家庭の奥様といったなりをしていた。春らしいライトグリーンのニットに白いフレアパンツ。手入れの行き届いた艶やかなショートボブ。健康的でなめらかな肌には、美容雑誌のお手本みたいなナチュラルメイクが施されている。
きちんとしている。
それが、彼女から私が受けた第一印象だった。
「じつは……こちらで、探し物をしていただけると伺って来たのですが」
「探し物?」
女性にではなく、縁司くんに私は問う。女性の口ぶりから察するに、以前ここで何かを忘れたというより、どこかで失くした何かをここで探してほしい、と言っているように聞こえる。
でもそれは、仮に頼むにしても探偵事務所にであって、間違っても珈琲専門店に持ち込むべき話題じゃない。
「とりあえず、まずは一杯いかがです」
やんわりと笑みながら、さっそくカウンター席を勧める縁司くん。そんな彼のスマートな挙措に促され、私もまた慌てて隣のスツールを勧める。
「いらっしゃいませ! どうぞこちらへ!」
すると女性は、どちら様? と言いたげな顔を私に向ける。ふと、視線を感じて振り返ると、縁司くんがそれはもう冷たいジト目で私を睨んでいた。うう、イケメンのキレ顔はこれはこれで眼福なんだけど余計に傷つく……!
「えーと、あんたは奥のテーブルで大人しくしててくれ」
「ううっ」
事実上の戦力外通告! いや、まぁ実際、戦力外ですけれども!
というわけで私は、縁司くんの言うとおり、珈琲を手にすごすごと店の奥にあるテーブル席に向かう。混み始めたらその時は改めてカウンターに移るとして、こんな流行らない商店街の路地裏でかくれんぼするみたいに商う店だ。満席になる、なんてことはないだろう(オーナーとして、そこに期待するのもどうかとも思うが)。
一方の縁司くんは、私の代わりにカウンターに着いた女性客に早くも声をかけている。
「珈琲は、お召し上がりになりますか?」
「えっ? ええ、それじゃあ……」
おそらく珈琲は二の次だったらしい女性客だが、それでも義理のつもりか注文を入れてくれる。なるほど、失せもの探しの依頼を受けつつ珈琲も売る……ん? これっていわゆる抱き合わせ商法ってやつでは!? 発覚したらいろいろまずいやつ?
「あ、あの、縁司くん――」
私のありあまる疑問は、しかし、縁司くんのひんやりとした一瞥に封じられる。黙ってろと言いたげなその一瞥に、私は叱られた子犬よろしく席にかけ直し、手元の珈琲をちびりと啜る。うう、美味しい。美味しいけど、今はのんびり味わう気分になれない……本当に大丈夫なの? この店。
そんな私の不安をよそに、縁司くんは背後の棚から瓶の一つを取り出し、さっそく豆をミルにかける。ゴリゴリと豆の砕ける音が次第に落ち着いてゆき、代わりに珈琲の香ばしい匂いがふわりと店に漂いはじめる頃、さりげなく、実にさりげなく縁司くんは切り出す。
「それで、お客様が結び直したい縁とは、何です?」
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