完璧な元親友との付き合い方

出発

「おおっ！？　両方合格したのか！？　おめでとうっ！」
　ハーブ検定一級二級同時合格という渉の報告に、速水は我がことのように歓声を上げた。
「はい。あとは、セラピスト講習に通って試験を受ければ、僕も晴れて皆さんと同じハーブセラピストの仲間入りです」
「そっかー頑張れよ。まぁ渉なら大丈夫だって、うん」
　そこまで期待されると、何だか照れくさくなってしまう。ただ、かつてのように委縮してしまうことはなく、照れつつも渉は素直にうなずいた。
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
「えっ？　合格したん？」
　ふり返ると、いつの間に出勤してきたのだろう、私服姿の鬼塚が子供のように飛びついてきた。
「すごいなー。うち、最初の年は二級しか受からへんで、セラピストの資格取るのに二年もかかったんよ」
「お前の場合、単に勉強をサボってただけだろ」
「あっ、バレましたぁ？」
　懲りない口調で言うと、鬼塚はアハハと屈託のない笑いを店に響かせた。
　あれから鷹村と御園の婚約は立ち消えになり、恋人としても正式に別れることとなった。その御園は、今は鷹村の会社を辞めてミソノホテルに移り、留学のためにスイスに飛んでいるそうだ。速水たちは傷心旅行と揶揄しているが、本当のところは分からない。
　とはいえ渉としては、勝手な言い草ではあるけれども、いつか立ち直って素敵な恋を見つけてほしいと願わずにはいられない。多分それは可能だろう。あれだけタフな彼女になら。
「あれ？　社長」
　速水の声にふと渉はふり返る。店の入口に、今頃は新規直営店の打ち合わせでオフィスにいるはずの鷹村がなぜか顔を覗かせていた。
「渉はいるか？」
「はいはーい。いますよぉ」
　茶化すような速水の声に、鷹村はあからさまに不機嫌な色を浮かべた。が、すぐに渉に向き直り、命じる。
「茶を飲みに来た。ちょっと作ってくれるか」
「え？　今？」
「ああ、今だ」
　つかつかとカウンターに歩み寄り、どっと椅子に腰を下ろす。
「会議でちょっと行き詰まってな……気分をすっきりさせたい。そういうブレンドを頼む」
　横目で速水を盗み見ると、案の定、ニヤニヤとからかうように渉を見下ろしていて、渉はどうしようもなく照れくさくなる。こんなにあからさまに見せつけなくてもいいのに、と、鷹村を恨めしく思うのだけど、それでも結局は、鷹村のために何かをしてやりたいという気持ちが勝ってしまうのは否めず。
「う、うん。わかった」
　急ぎカウンターに飛び込み、棚に並ぶハーブを見回しながら最適なブレンドを頭に思い描いてゆく。すっきりしたいならミント系だろう。水は南アルプス系、いや、いっそ欧州の硬水系で作ってみるのもいい――
「それと」
「ん？」
　ハーブを選ぶ手を止め、カウンターをふり返る。なぜかいたずらっぽい眼差しで渉を見上げる鷹村と目が合い、渉は厭な予感をおぼえた。
　そして、その予感は的中した。
「今夜も元気になれるように、そういう系の茶葉も混ぜてもらおうかな」
「は？」
「は、じゃない。できるんだろ？　というか、やれ」
「それは……社長命令、ですか？」
「さぁな」
　人を食ったような答えを元親友は返すと、その左手薬指に嵌る指輪を、感触を確かめるように指先で軽く弄った。
　今、渉の左手薬指に嵌っているそれと同じ、天使の羽根をデザインした指輪を。

(おわり)