完璧な元親友との付き合い方

路地裏乃猫

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伝わる思い

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 結局、治療はホテルの一室に医者が呼ばれ、そこで行われることになった。
 どうやら本気で内密に済ますつもりらしい御園の父親に、なりゆきを見守る会社の人間はもちろん、渉も反感を覚えないではなかったが、鷹村の言うとおり、下手におおやけにすると鷹村本人の評判に傷がつくことも考えられるなら、うっかり強く出ることもできなかった。
 もう一つ、渉にはこの件で強く出られない理由があった。
 要するにそれは、御園を狂わせた責任の一端が自分にあるのだという自覚だった。あるいは御園は、女性ならではの第六感で渉と鷹村の関係を察していたのかもしれず、となると、今回の凶行に走らせたのはほかでもない渉自身あって、彼女にすまなく思いはしても、怒りや憎悪を覚えることはなかった。
 彼女の罪は、結局、あの場にいた人々の胸の内だけにしまわれることになるだろう。
 それが良いことだとは渉も思わない。金と権力さえ持っていれば、どんなに恐ろしい罪――たとえば殺人未遂さえ揉み消されることに怒りを覚えないわけではない。が、そういう義憤は、持ちたい奴だけ持てばいい。渉自身は正義のヒーローでもなければ、それを名乗る資格さえ持たないのだから。
「俺が今の会社に入ったきっかけ、サキに話したことあったっけ?」
 待合室にあてがわれた隣室のソファで、並んで掛けていた速水がふと思い出したように呟いた。
「きっかけですか? ……いえ」
「社長が、自分でプロデュースした店が開店したあとも、客の入りや経営の状況を見るために定期的に視察に行くのは知ってるよな? ――そんな店の一つで、俺は当時、一学生バイトとして働いていた」
 テーブルのウーロン茶で軽く喉を湿すと、速水は続けた。
「その店で、俺は問題ばっか起こしてた。店長の言うことは聞かない、マニュアルは守らない、まぁ要するに問題児だわな。んで、とうとうブチ切れた社長が俺を叱り飛ばしてるところにやってきたのが、鷹村さん――今の社長だったわけだ」
 そこで鷹村は、まず店長から詳しい事情を聞くと、続いて速水にも事情を訊いてきた。
 速水は語った。今のマニュアルではこういう作業の流れになっているが、俺はもっと、こうした方が効率的でいいと思う。それと、こういうサービスを加えた方が客は喜んでくれる……
「後になって考えれば、まぁずいぶん青臭い意見だったと思うぜ。それでも社長は、頭ごなしに否定したり、嘲笑ったりすることなくていねいに俺の話に耳を傾けてくれた」
 やがて速水の話を聞きおえると、おもむろに鷹村は言った。――だったら、君のその意見が本当に正しいか、うちで試してみないか。
「あとで社長に訊ねたことがあるんだ。あの時、どうして社長は、あんな未熟な人間のダメな意見にも真面目に耳を傾けられたんすか――ってね。だって、俺なら絶対笑ってるもん」
 すると鷹村は、笑って答えたという。――俺自身、未熟なダメ人間だからさ。
「ったく、あの社長にこんなこと言われたら、俺ら凡人としちゃ立つ瀬がねぇよなぁ」
 そうぼやく速水は、だが、どこか誇らしげだった。
「とにかく、その一言で俺は社長についていくって決めたわけだが……」
「が、何です?」
「その時、社長はこうも言ったんだよなぁ。少なくとも、高校時代の失恋をいまだに未練がましく引きずってるような人間に、お前もあれこれ言われたかないだろう、ってね」
 ようやく部屋から医者が出てくる。その彼の説明によれば、鷹村の言ったとおり傷はそれほど深くなく、さいわい内臓にも届いてはいなかった。どうやら、御園に言われてジムで鍛えていた腹筋が幸いしたらしい。
「で、社長は今……?」
 不安げに速水が問えば、医者は、
「はい。意識の方もしっかりしていらっしゃって、ただ、今はゆっくり休ませてくれとのことでした。今後の指示などは、今夜か明日の朝にでもメールで行なうとのことです」
 その言葉に、一同がほっと安堵の溜息をつく。ほとんど鷹村のワンマンで回る今の会社で、鷹村を失うことは、人体でいえば脳と心臓を同時に失うことを意味するわけで、社員の安堵は当然といえた。
 結局、その夜はこのまま全員がホテルを引き上げることになった。鷹村の状態も気になるが、医者が大丈夫と言うからにはまぁ大丈夫だろう。とはいえ渉としては、後ろ髪を引かれるような感覚は否めず――
「ああ、山崎さんという方だけは残るようにと」
「えっ?」
 振り返り、どういうことか医者に問う、と、
「ああ、あなたが山崎さん……あ、いえ、事務的な用事ではないらしいんですが、とりあえず、今すぐ会って話がしたいと」
 ぽん、と背中を叩かれ、ふり返ると、速水がニヤニヤと渉を見下ろしていた。
「行ってこいよ」
 からかうような声色に、なぜか渉は照れくさくなる。ひょっとすると速水は、鷹村の言う〝高校時代の失恋〟の相手が渉だと見透かしているのかもしれない。
「は、はい……」
 速水や仲間たちに一礼すると、渉は焦る気持ちをこらえながら静かに病室に入った。
 部屋は、プライベートバーもついた二間続きのスイートで、ざっと見た限りでも相当な広さがある。おまけに家具から内装、頭上のシャンデリアに至るまで、素人目にも一流のもので揃えられ、豪華で結構だが、渉のような庶民には気後れしか感じされない。
 そんな豪華な部屋の中に、これまたアラブの石油王が寝むような天蓋つきの豪華なベッドが置かれていて、鷹村はそこに横たわっていた。
「よう、来たか」
 そう軽く手を上げる鷹村は、思ったよりも元気そうで渉はほっとする。
「傷は?」
 ベッドに歩み寄りながら問えば、
「ああ。麻酔をかけて縫ってもらった。おかげで、今は痛みも和らいでる。――まぁ麻酔が切れたら、また痛み出すんだろうが」
「……そう」
 自責の念がふたたび渉の胸を襲う。本来、これは自分が負うべき傷だったのだ。それを、よりにもよっていちばん大切な人に負わせてしまった……
「自分を責めてるのか」
「えっ?」
「お前が考えてることぐらいすぐにわかる。――とりあえず、ここに座れ」
 鷹村の手が、ベッドの縁をぽんと叩く。渉は戸惑いながらも腰を下ろすと、身体をひねり、あらためて背後の鷹村と顔を合わせた。
「お前のせいじゃない」
 ぽつりと鷹村は言った。
「あれは、完全に俺が悪かったんだ。彼女に気持ちを打ち明けるタイミングを掴めないまま、結局、ここまでこじらせてしまった。……揚句、こんなかたちで彼女と、恩人であるはずの御園社長の顔にまで泥を塗ってしまった」
「違うよ!」
 気づくと渉は、そう叫んでいた。
「涼は……悪くない。むしろ悪いのは僕……あの日、ちゃんと君の気持ちを受け止められなかった僕のせいだ……好きだったのに、本当は大好きだったのに!」
「……好きだった?」
 驚いたように問い返す鷹村に渉ははっとなる。そういえば鷹村には、まだ一度も本当の気持ちを告げていないのだった。あの日の、あの頃の本当の気持ちを――
「そう……好きだったんだよ。君のことが……ずっとね」
「ってことは……俺たちはずっと、本当は両想いで……?」
「子供っぽい言い方になるけど、まぁ、そういうことになるね」
 布団からするりと手が伸びて、渉の後頭部を捉える。そのまま大きな手のひらに導かれるようにして、渉は鷹村と唇を重ねた。
「……やばい」
 濃密な口づけを重ねたあとで、鷹村が熱っぽく囁く。
「どうしたの?」
「今すぐお前を抱きたい」
「えっ……だ、ダメだよ、傷口が開いちゃう、」
 抗議する渉の唇は、だが、無理やりに塞がれた。塞いだのはもちろん鷹村の唇だ。
「だったらもう一度縫わせりゃいい」
 囁くと、鷹村は三度、渉の唇を重ねた。
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