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第三章 原稿シンクロニシティ

生徒会選挙に潜む謎

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 俺たちは体育館に移動した。

 しばらくして、立候補者による演説が始まった。

 生徒はクラスごとに並んで座り、立候補者の演説や推薦人の話を聞いている。真面目に聞く者、友人とおしゃべりする者、居眠りする者。眼前に広がるありふれた光景を目にして、さっきのフラグは気のせいだったのだと思い直す。

 選挙演説はつつがなく進行していく。生徒会長候補者二名の演説が終了し、次に副会長候補の演説に移る。

『みなさん、はじめまして。二年二組、橋本博はしもとひろしと申します。少しの間、僕の話に耳を傾けていただければ幸いです』

 前置きを手短に済ませ、橋本は演説を始めた。

 橋本は「学校行事を増やすこと」と「地域交流の活性化」を公約に掲げた。ただ学校行事を増やすのではなく、地域交流のできる学校行事を増やすのだとか。自分たちの暮らす街と関わりを持ち、身近なところで社会貢献するのが狙いらしい。

 その目玉として挙げたのが「地域交流できる機会を増やすために、文化祭の開催日を一日増やす」だった。なるほど。生徒からのウケも良さそうだし、地域交流という真面目なお題目もある。バランスの良い公約だと思う。

 その他にも「部活動を通じての地域交流」や「街のゴミ拾いをするグリーンキャンペーン」などを計画していると説明していた。

『――以上で演説を終了します。ご清聴ありがとうございました』

 拍手が鳴り響く中、橋本は丁寧に頭を下げ、舞台袖へ消えていった。

 やや間があって、次の候補者が壇上に上がる。

 あれは……見間違いでなければ、クラスメイトの井上愛美いのうえまなみだ。

 直接会話したことはないが、井上はおとなしい性格で、クラスではあまり目立たない。もっとも、俺は浜田と村瀬、姫宮以外のクラスメイトとは、ほとんど会話しないのだが。

 それにしても、井上が生徒会に興味を持っているとは驚いた。目立つのは嫌いなのかと思っていたが、どうやら俺の偏見だったらしい。

 橋本は上手く演説した。後攻の井上にとって、やりにくい展開となっただろう。はたしてちゃんと演説できるだろうか。

 そんなことを考えながら壇上を眺めていたが、どうも井上の様子がおかしい。もう一分近くもマイクの前で何も言えないでいる。

 館内はざわついた。「あの子、大丈夫?」「緊張しすぎだよ、リラックス!」「まさか原稿失くしたか?」と心配する声があちこちで聞こえる。

 ここからでは壇上まで距離がありすぎて、井上の表情はわからない。いったい彼女の身に何が起きたのだろうか。

 しばらくして、一人の教師が井上のそばに駆け寄った。何かを話した後、井上と教師は舞台袖へと消えていった。

 すぐにアナウンスが流れる。

『立候補者の井上愛美さんは諸事情により演説中止といたします。繰り返します。立候補者の井上愛美さんは――』

 館内の至るところで上がる驚愕の声に、アナウンスはかき消された。

 どうして演説中止になったのだろうか。

 体調不良? それとも極度の緊張で声が出なくなったとか? あるいは、それ以外の謎が潜んでいるかもしれない。

 ふと遠くにいる姫宮と目が合う。彼女は俺を見て嬉しそうに目を細めた。

 騒然とする館内で、ほろ苦い青春が舞い込む予感がした。


 ◆


 メール受信BOX

 宛先 キャット先輩
 件名 キャット先輩、ご相談です


 はじめまして、キャット先輩。

 私はある悩みを抱えているのですが、誰かに打ち明けるべきか迷っていました。この相談メールを打っている段階では、まだ私を推薦してくれた友人にしか話していません。

 でも、ようやく決心がつきました。真相を知らなければ、前に進めないと思ったのです。どうか私の悩みを聞いてください。

 先日、わが校で生徒会選挙がありました。

 私は副会長に立候補したのですが、対抗馬がいました。橋本くんという同級生です。学級委員も務めていて、リーダーシップもある男の子です。

 キャット先輩はご存じないかもしれませんが、私は内気でおとなしい性格です。人前で話すことも、自分の意見を伝えることも得意ではありません。

 ですが、そんな性格を変えたくて生徒会役員に立候補しました。人前で話したり、意見を交わしたり、みんなをまとめたり。私のできなかったことが、できるようになるかもしれないと思ったのです。

 だから、この選挙は絶対に勝つという思いで臨みました。

 しかし、私は思わぬ形で敗北しました。

 演説は橋本くんが先攻でした。橋本くんのスピーチは素晴らしかったです。同じ役員を志す者として、大変共感できるものでした。

 それもそのはずです。

 私のスピーチと内容が同じだったのですから。

 スピーチの一部が偶然にも被ることはあるでしょう。しかし、公約が一から十まで同じということはありえません。それどころか、一言一句同じ文章も散見されました。

 私は確信しました――事前に原稿が盗まれたのだと。

 橋本くんは私よりも話慣れていますし、実際に演説は上手でした。そんな彼と同じ内容のスピーチを後攻の私がしたら、どうなるでしょうか。自分で言うのもなんですが、絶対に勝てません。最悪、私が彼のスピーチの真似をしたという、あらぬ疑いをかけられる……そう思いました。

 橋本くんのスピーチが終わり、私は壇上に立ちました。頭の中はパニック状態です。原稿が盗まれた、いつ盗まれたんだろう、いや今はスピーチに集中しなきゃ、でも同じ内容のスピーチをするわけにはいかない、アドリブで何か言うか、無理だ、そんなの私にできっこない。ぐるぐると意味のない思考が頭を駆け巡りました。次第に耳が遠くなり、胸が痛くなってきました。

 見かねた毛利先生がステージに上がってきました。先生は「演説、駄目そうか?」と声をかけてくれました。声さえ出せず、私は静かに首肯し、先生に連れられて舞台袖へ引っ込みました。

 私、悔しくて泣きました。無言でステージから去った無力な自分が許せなかったんです。変わりたいと思ったくせに、何も変われていなかった自分が惨めで、涙が止まりませんでした。

 今回の選挙は延期にしようかという話も出ましたが、私は辞退しました。こんな弱い自分では、学校を変えることなんて絶対にできないと思い知ったからです。

 ですが、真実だけはハッキリさせないと、私は前に進めないと思いました。

 どうして橋本くんは私の原稿を盗めたのか……キャット先輩に、この不可解な謎を解いてほしいのです。

 彼が私の原稿を盗めるはずがないんです。

 何故なら、私は今まで誰にも原稿を見せていませんし、肌身離さず持っていたのですから。


 差出人 二年三組 井上愛美
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