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第一章 殺人未遂ノート
姫は青春クソ野郎どもに問う
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「ねぇ。『キャット先輩の青春お悩み相談室』って知ってる?」
「何それ。ラジオのお便りコーナー?」
「違うよ。うちの学校の裏サイト的なやつ」
「裏サイト? 陰口が飛び交っているイメージしかないんだけど」
「そう思うでしょ? でも大丈夫。キャット先輩の青春お悩み相談室は健全な裏サイトだから」
「裏サイトが健全……その時点でちょっと怪しいよ。都市伝説とかじゃなくて?」
「いやいや、キャット先輩は実在するんだよ。実際にあった人もいるもん」
「え。お悩み相談って対面式なの?」
「そうだよ。サイトに書かれた連絡先に相談内容メールを送ると、指定された日時と場所が送られてくるんだって。当日そこに行くと、猫の仮面を被ったキャット先輩が青春の悩みを聞いてくれるらしいんだ」
「容姿もだいぶ怪しい……で、そのキャット先輩とやらは誰なの?」
「それがわからないんだ。猫の仮面を被ってるからね。まぁ性別が男ってことだけは、容姿と声でわかるけど」
「ますます怪しいんですけど……」
「怪しくないって。私の知り合いも事件を解決してもらったって言ってたし」
「それってどんな事件?」
「殺人未遂ノート事件」
「何それこわっ! 詳しく教えてよ」
「わかった。でもこの話をする前に、お姫様の話をしなきゃいけないんだ」
「お姫様?」
「うん。だってこの事件は、キャット先輩が青春を知らないお姫様と出会ったところから始まるから――」
◆
東鶴見高校に入学して二度目の春がやってきた。
体育館で始業式を終えた俺は、渡り廊下を歩いていた。
目の前を桜の花びらが横切る。優雅にくるくると回転しながら、コンクリートの上にふわりと着地した。
少し離れたところを新入生たちが楽しそうに談笑しながら歩いている。講堂でガイダンスでもあったのだろうか。これからの高校生活に期待しているのが、彼らの表情を見るとよくわかる。
渡り廊下を抜けて校舎を歩く。階段を上って新しいクラス――二年三組の教室に入った。
黒板には「進級おめでとう」という文字とともに、出席番号の順番に割り振られた座席表が書かれている。俺の番号は二十五番。窓側から二列目の一番前だ。
着席すると、後ろの席の女子が声をかけてきた。
「よろしくね。名前、なんていうの?」
「俺は猫村太一。よろしく」
「私は浜田由里。猫村くんか。可愛い名前だね」
初対面の人によく言われる定型句だった。たぶん、猫という単語が含まれているせいだ。
猫なのは名前だけではない。俺の髪は細くて柔らかい猫毛で、背も丸まっていて猫背ときている。小学生の頃は、名前と容姿をセットでよくからかわれた。
そういえば、うちのクラスにもう一人だけ猫毛で猫背の男子がいるが、彼の名前は鰐淵という。去年同じクラスだったが、さっき名簿を確認したところ、今年も同じクラスらしい。名は体を表すという言葉を真っ向から否定する好例だ。
「猫村くん。先生が来るまでお話しよ?」
特定の誰かと仲良くするつもりはないが、積極的に敵を作るのは得策ではない。俺は浜田の提案を快諾した。
適当に雑談をしていると、浜田は会話の途中で声のボリュームを落とした。
「猫村くん、知ってる? うちのクラスに変な子がいるんだって」
「えっと……まさか俺のこと?」
真面目に言ったつもりだったが、浜田は声を上げて笑った。
「あはは、違うよ。なになに? 猫村くんって変人なの?」
「変わっている自覚はあるよ。少なくとも、普通ではないと思う」
「へぇ、意外。どこが変なの?」
「いや。俺の話はまた今度にしよう。それで、うちのクラスの変な子って?」
「あ、うん。噂なんだけどね。なんか言動と行動が破天荒らしくって。なんでも『青春きらきら姫』なんて言われているらしいの」
「青春きらきら姫……?」
変人というか、単純にイタイやつじゃないのか、そいつ。
「その青春きらきら姫ってどの子?」
尋ねたとき、ちょうど担任の山田先生が入ってきた。若い女の先生で、生徒からはわりと人気がある。
浜田は「先生来ちゃった。また後でね」とウインクした。明るくて社交性があり、しかも可愛らしい子だ。彼女は俺と違って友達が多いのだろう。
山田先生は軽く自己紹介を済ますと、俺たちにも自己紹介をするように促した。
自己紹介はつつがなく進行していく。無難に済ます者、笑いを取りにいく者、恥ずかしそうに話す者。俺はクラスメイトの自己紹介を、どこか他人事のようにぼんやりと眺めていた。
俺の番が回ってきた。簡単に自己紹介を済ますと、誰にも聞こえないような小さな声で「この人、変人でーす」と浜田が言った。振り向くと、浜田は舌をちろっと出して笑っている。まるで母親に悪戯が見つかった子どもだ。
続いて浜田の自己紹介が始まる。彼女は名前と趣味、今年度の抱負などを述べた。
「次、姫宮さん。お願いします」
山田先生がそう言うと、浜田の後ろの席の生徒が「はい」と返事をして起立する。
周囲がさざ波のように静かにざわめく。クラスメイトたちは姫宮に好奇の視線を送り、ひそひそと何か言っている。
姫宮という生徒は控えめに言って美少女だった。メレンゲのような雪を思わせる白い肌。見る者を吸い込んでしまいそうな大きな目。艶やかな唇。すべてのパーツが完成されていて、現役女子高生モデルだと言われても説得力のある容姿だ。
窓の外から春の悪戯な風が舞い込んでくる。風は姫宮の肩まで伸ばした黒髪をふわりと揺らした。
「私の名前は姫宮小夜です。趣味は読書。部活は入っていません」
華やかな見た目とは裏腹に、かなり地味な自己紹介だった。彼女も簡単に済ますつもりなのだろう。
そう思っていた矢先だった。
「青春真っ只中のクソ野郎どもに質問があります」
俺は耳を疑った。いや俺だけじゃない。教室の空気が一瞬にして凍りついたのを感じる。姫宮の綺麗な唇から零れた言葉だとは、到底思えなかったからだ。
「青春とはどういうものですか? 青春の何がいいんですか? 私にはまったくわからないんです」
姫宮は真顔でそう言った。
青春とは何か。どこか哲学的な問いにも聞こえる。彼女は本気で青春を理解できていないのだろうか。何もかもが唐突すぎて、思考が追いつかない。
「下校途中、友達と一緒にファーストフード店に寄り道すれば青春ですか? 恋人と映画館や遊園地でデートすれば青春ですか? それらを否定するつもりはありませんが、みんなが渇望するほど大切なものだとは到底思えないのです。例に挙げたような青春に比べたら、消しゴムのカスのほうがまだ役に立つのでは?」
つまり、青春なんて消しカス以下のゴミ。そうでなければ、誰か青春の素晴らしさを教えてほしい。姫宮はそう言っているのだ。
進級して新しいクラスになれば、当然人間関係も新しく構築される。自己紹介も含め、第一印象はかなり大事だ。
それなのに、姫宮はクラスメイトの大半をクソ野郎と揶揄した。さすがにこの最低な自己紹介をしてしまったら、第一印象の修復は困難だろう。
だが逆説的に言えば、姫宮にとって青春を理解することは、同級生から距離を取られても理解したいことなのだろう。もっとも、今の自己紹介が青春するうえで自傷行為であることに姫宮は気づいていないのだが。
呆れていると、浜田は俺の耳元に顔を近づけた。
「猫村くん。あの子だよ、例の『青春きらきら姫』」
なるほど。『青春に憧れる姫宮』だから『青春きらきら姫』なのか。安直だが、彼女の性質を端的に表している。
「変わり者どころか、頭のネジがぶっ飛んでいる」
ぼそっと言うと、浜田は「でも、面白そうな子だよね」とフォローを入れて苦笑する。
姫宮が作り出した空気に担任までも凍りついていたが、勇気あるクラスメイトが挙手をした。
「はーい。姫宮さんも恋愛すれば、青春のよさがわかると思いまーす」
いかにもチャラそうな男子が、へらへらと笑いながらアドバイスをした。教室の雰囲気を変えるチャンスだと言わんばかりに、クラスメイトたちは同調して笑う。
姫宮は腕を組んで何かを考える仕草をした。
しばらくして、姫宮は細い顎を引き、唇をすぼめ、上目遣いで教室を見回した。男に媚びたようなその表情に、不覚にもくらっとする。
「では、男性諸君。何も知らない私に、恋を手取り足取り教えてください。よろしくお願いします」
絶対にわざとだろ。そう思わずにはいられない発言と仕草だった。
姫宮の照れくさそうな笑顔は控えめに言って天使だった。正直、恋愛に興味のない俺でも萌え堕とされそうになる。
彼女が着席すると、男たちの野太い歓声が爆ぜた。可愛い女の子に「何も知らない私に恋を教えて」と言われたのだ。あんなことやこんなことを教えてあげたくなり、興奮してしまう気持ちもわからなくはない。しかし男子たちよ。ついさっき「クソ野郎」呼ばわりされたことをもう忘れたのか。
「あはは。男の子って単純だねぇ」
浜田は盛り上がる男子たちを見て笑った。
俺も彼女と一緒に笑えればよかったのだが、一文字に結んだ唇はぴくりとも動いてはくれない。
明確な理由がないのに、妙に胸が騒がしくなる。
俺はなんとなく予感したのだ。
青春を捨てた俺の前に、姫宮が面倒事を持ってくるクソみたいな未来を。
◆
メール受信BOX
宛先 キャット先輩
件名 キャット先輩、相談に乗ってください
はじめまして、キャット先輩。
友達から『キャット先輩の青春お悩み相談室』のことを聞き、こうして連絡させていただきました。身の回りで奇妙な事件が起きたので、謎の解明をお願いしたいのです。
先日のことです。
放課後、一緒に帰る友人を待っていた私は、自分の席を離れてお手洗いに行きました。
五分後、教室に戻ると、私の机に上に一冊の真新しいノートが置かれていたのです。表紙には名前もタイトルも書かれていませんでした。
誰のノートだろう。悪いと思いつつも、私はノートの中身をぱらぱらとめくりました。何か持ち主のヒントが書かれているかもしれないと思ったからです。
中身は私の期待したものではありませんでした。とてもおぞましい内容だったのです。
そこには殺人計画が書かれていました。
包丁でざくっ。鉄パイプでガンッ。プールにどぼん。そして毒殺。同学年の女子四人の『殺人レシピ』が書かれていたのです。
私、家でノートを読み返して涙が出ました。
だって、その四人は私の友達だったんです。
ノートには実行日が書かれていましたが、日付はすべて過去のものでした。幸いなことに、この殺人計画は未遂で終わったようです。
しかし、私は殺人未遂ノートの存在を楽観視できません。
この一件が悪戯でなかった場合、いつかノートに書かれている方法で友人が殺されるかもしれない。そう思ったら、毎日が怖いです。
持ち主に実行の意思がなかったとしても、この四人と私に強烈な悪意を持っているのは明白です。でなければ、殺人計画なんて立てません。
私は友達を守りたい。
何よりも、持ち主に会って文句を言いたいのです。なんでこんな陰湿なことをするのかって。私たちに何か言いたいことがあるなら直接言ってほしいって。そして、できれば犯人と和解したいのです。
お願いです、キャット先輩。
殺人未遂ノートの持ち主を特定してください。
差出人 二年三組 浜田由里
「何それ。ラジオのお便りコーナー?」
「違うよ。うちの学校の裏サイト的なやつ」
「裏サイト? 陰口が飛び交っているイメージしかないんだけど」
「そう思うでしょ? でも大丈夫。キャット先輩の青春お悩み相談室は健全な裏サイトだから」
「裏サイトが健全……その時点でちょっと怪しいよ。都市伝説とかじゃなくて?」
「いやいや、キャット先輩は実在するんだよ。実際にあった人もいるもん」
「え。お悩み相談って対面式なの?」
「そうだよ。サイトに書かれた連絡先に相談内容メールを送ると、指定された日時と場所が送られてくるんだって。当日そこに行くと、猫の仮面を被ったキャット先輩が青春の悩みを聞いてくれるらしいんだ」
「容姿もだいぶ怪しい……で、そのキャット先輩とやらは誰なの?」
「それがわからないんだ。猫の仮面を被ってるからね。まぁ性別が男ってことだけは、容姿と声でわかるけど」
「ますます怪しいんですけど……」
「怪しくないって。私の知り合いも事件を解決してもらったって言ってたし」
「それってどんな事件?」
「殺人未遂ノート事件」
「何それこわっ! 詳しく教えてよ」
「わかった。でもこの話をする前に、お姫様の話をしなきゃいけないんだ」
「お姫様?」
「うん。だってこの事件は、キャット先輩が青春を知らないお姫様と出会ったところから始まるから――」
◆
東鶴見高校に入学して二度目の春がやってきた。
体育館で始業式を終えた俺は、渡り廊下を歩いていた。
目の前を桜の花びらが横切る。優雅にくるくると回転しながら、コンクリートの上にふわりと着地した。
少し離れたところを新入生たちが楽しそうに談笑しながら歩いている。講堂でガイダンスでもあったのだろうか。これからの高校生活に期待しているのが、彼らの表情を見るとよくわかる。
渡り廊下を抜けて校舎を歩く。階段を上って新しいクラス――二年三組の教室に入った。
黒板には「進級おめでとう」という文字とともに、出席番号の順番に割り振られた座席表が書かれている。俺の番号は二十五番。窓側から二列目の一番前だ。
着席すると、後ろの席の女子が声をかけてきた。
「よろしくね。名前、なんていうの?」
「俺は猫村太一。よろしく」
「私は浜田由里。猫村くんか。可愛い名前だね」
初対面の人によく言われる定型句だった。たぶん、猫という単語が含まれているせいだ。
猫なのは名前だけではない。俺の髪は細くて柔らかい猫毛で、背も丸まっていて猫背ときている。小学生の頃は、名前と容姿をセットでよくからかわれた。
そういえば、うちのクラスにもう一人だけ猫毛で猫背の男子がいるが、彼の名前は鰐淵という。去年同じクラスだったが、さっき名簿を確認したところ、今年も同じクラスらしい。名は体を表すという言葉を真っ向から否定する好例だ。
「猫村くん。先生が来るまでお話しよ?」
特定の誰かと仲良くするつもりはないが、積極的に敵を作るのは得策ではない。俺は浜田の提案を快諾した。
適当に雑談をしていると、浜田は会話の途中で声のボリュームを落とした。
「猫村くん、知ってる? うちのクラスに変な子がいるんだって」
「えっと……まさか俺のこと?」
真面目に言ったつもりだったが、浜田は声を上げて笑った。
「あはは、違うよ。なになに? 猫村くんって変人なの?」
「変わっている自覚はあるよ。少なくとも、普通ではないと思う」
「へぇ、意外。どこが変なの?」
「いや。俺の話はまた今度にしよう。それで、うちのクラスの変な子って?」
「あ、うん。噂なんだけどね。なんか言動と行動が破天荒らしくって。なんでも『青春きらきら姫』なんて言われているらしいの」
「青春きらきら姫……?」
変人というか、単純にイタイやつじゃないのか、そいつ。
「その青春きらきら姫ってどの子?」
尋ねたとき、ちょうど担任の山田先生が入ってきた。若い女の先生で、生徒からはわりと人気がある。
浜田は「先生来ちゃった。また後でね」とウインクした。明るくて社交性があり、しかも可愛らしい子だ。彼女は俺と違って友達が多いのだろう。
山田先生は軽く自己紹介を済ますと、俺たちにも自己紹介をするように促した。
自己紹介はつつがなく進行していく。無難に済ます者、笑いを取りにいく者、恥ずかしそうに話す者。俺はクラスメイトの自己紹介を、どこか他人事のようにぼんやりと眺めていた。
俺の番が回ってきた。簡単に自己紹介を済ますと、誰にも聞こえないような小さな声で「この人、変人でーす」と浜田が言った。振り向くと、浜田は舌をちろっと出して笑っている。まるで母親に悪戯が見つかった子どもだ。
続いて浜田の自己紹介が始まる。彼女は名前と趣味、今年度の抱負などを述べた。
「次、姫宮さん。お願いします」
山田先生がそう言うと、浜田の後ろの席の生徒が「はい」と返事をして起立する。
周囲がさざ波のように静かにざわめく。クラスメイトたちは姫宮に好奇の視線を送り、ひそひそと何か言っている。
姫宮という生徒は控えめに言って美少女だった。メレンゲのような雪を思わせる白い肌。見る者を吸い込んでしまいそうな大きな目。艶やかな唇。すべてのパーツが完成されていて、現役女子高生モデルだと言われても説得力のある容姿だ。
窓の外から春の悪戯な風が舞い込んでくる。風は姫宮の肩まで伸ばした黒髪をふわりと揺らした。
「私の名前は姫宮小夜です。趣味は読書。部活は入っていません」
華やかな見た目とは裏腹に、かなり地味な自己紹介だった。彼女も簡単に済ますつもりなのだろう。
そう思っていた矢先だった。
「青春真っ只中のクソ野郎どもに質問があります」
俺は耳を疑った。いや俺だけじゃない。教室の空気が一瞬にして凍りついたのを感じる。姫宮の綺麗な唇から零れた言葉だとは、到底思えなかったからだ。
「青春とはどういうものですか? 青春の何がいいんですか? 私にはまったくわからないんです」
姫宮は真顔でそう言った。
青春とは何か。どこか哲学的な問いにも聞こえる。彼女は本気で青春を理解できていないのだろうか。何もかもが唐突すぎて、思考が追いつかない。
「下校途中、友達と一緒にファーストフード店に寄り道すれば青春ですか? 恋人と映画館や遊園地でデートすれば青春ですか? それらを否定するつもりはありませんが、みんなが渇望するほど大切なものだとは到底思えないのです。例に挙げたような青春に比べたら、消しゴムのカスのほうがまだ役に立つのでは?」
つまり、青春なんて消しカス以下のゴミ。そうでなければ、誰か青春の素晴らしさを教えてほしい。姫宮はそう言っているのだ。
進級して新しいクラスになれば、当然人間関係も新しく構築される。自己紹介も含め、第一印象はかなり大事だ。
それなのに、姫宮はクラスメイトの大半をクソ野郎と揶揄した。さすがにこの最低な自己紹介をしてしまったら、第一印象の修復は困難だろう。
だが逆説的に言えば、姫宮にとって青春を理解することは、同級生から距離を取られても理解したいことなのだろう。もっとも、今の自己紹介が青春するうえで自傷行為であることに姫宮は気づいていないのだが。
呆れていると、浜田は俺の耳元に顔を近づけた。
「猫村くん。あの子だよ、例の『青春きらきら姫』」
なるほど。『青春に憧れる姫宮』だから『青春きらきら姫』なのか。安直だが、彼女の性質を端的に表している。
「変わり者どころか、頭のネジがぶっ飛んでいる」
ぼそっと言うと、浜田は「でも、面白そうな子だよね」とフォローを入れて苦笑する。
姫宮が作り出した空気に担任までも凍りついていたが、勇気あるクラスメイトが挙手をした。
「はーい。姫宮さんも恋愛すれば、青春のよさがわかると思いまーす」
いかにもチャラそうな男子が、へらへらと笑いながらアドバイスをした。教室の雰囲気を変えるチャンスだと言わんばかりに、クラスメイトたちは同調して笑う。
姫宮は腕を組んで何かを考える仕草をした。
しばらくして、姫宮は細い顎を引き、唇をすぼめ、上目遣いで教室を見回した。男に媚びたようなその表情に、不覚にもくらっとする。
「では、男性諸君。何も知らない私に、恋を手取り足取り教えてください。よろしくお願いします」
絶対にわざとだろ。そう思わずにはいられない発言と仕草だった。
姫宮の照れくさそうな笑顔は控えめに言って天使だった。正直、恋愛に興味のない俺でも萌え堕とされそうになる。
彼女が着席すると、男たちの野太い歓声が爆ぜた。可愛い女の子に「何も知らない私に恋を教えて」と言われたのだ。あんなことやこんなことを教えてあげたくなり、興奮してしまう気持ちもわからなくはない。しかし男子たちよ。ついさっき「クソ野郎」呼ばわりされたことをもう忘れたのか。
「あはは。男の子って単純だねぇ」
浜田は盛り上がる男子たちを見て笑った。
俺も彼女と一緒に笑えればよかったのだが、一文字に結んだ唇はぴくりとも動いてはくれない。
明確な理由がないのに、妙に胸が騒がしくなる。
俺はなんとなく予感したのだ。
青春を捨てた俺の前に、姫宮が面倒事を持ってくるクソみたいな未来を。
◆
メール受信BOX
宛先 キャット先輩
件名 キャット先輩、相談に乗ってください
はじめまして、キャット先輩。
友達から『キャット先輩の青春お悩み相談室』のことを聞き、こうして連絡させていただきました。身の回りで奇妙な事件が起きたので、謎の解明をお願いしたいのです。
先日のことです。
放課後、一緒に帰る友人を待っていた私は、自分の席を離れてお手洗いに行きました。
五分後、教室に戻ると、私の机に上に一冊の真新しいノートが置かれていたのです。表紙には名前もタイトルも書かれていませんでした。
誰のノートだろう。悪いと思いつつも、私はノートの中身をぱらぱらとめくりました。何か持ち主のヒントが書かれているかもしれないと思ったからです。
中身は私の期待したものではありませんでした。とてもおぞましい内容だったのです。
そこには殺人計画が書かれていました。
包丁でざくっ。鉄パイプでガンッ。プールにどぼん。そして毒殺。同学年の女子四人の『殺人レシピ』が書かれていたのです。
私、家でノートを読み返して涙が出ました。
だって、その四人は私の友達だったんです。
ノートには実行日が書かれていましたが、日付はすべて過去のものでした。幸いなことに、この殺人計画は未遂で終わったようです。
しかし、私は殺人未遂ノートの存在を楽観視できません。
この一件が悪戯でなかった場合、いつかノートに書かれている方法で友人が殺されるかもしれない。そう思ったら、毎日が怖いです。
持ち主に実行の意思がなかったとしても、この四人と私に強烈な悪意を持っているのは明白です。でなければ、殺人計画なんて立てません。
私は友達を守りたい。
何よりも、持ち主に会って文句を言いたいのです。なんでこんな陰湿なことをするのかって。私たちに何か言いたいことがあるなら直接言ってほしいって。そして、できれば犯人と和解したいのです。
お願いです、キャット先輩。
殺人未遂ノートの持ち主を特定してください。
差出人 二年三組 浜田由里
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