極道の密にされる健気少年

安達

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遅咲きの花は大輪に成る

りく、ちゃんと帰るからね

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「…なんで抱きしめてくれないの?」

「あ?」

「いつもしてくれるじゃんか…。」

「なんだ時間稼ぎか?志方が行ったから意味ねぇぞ。その前にもう組長に痛めつけられてるみたいだしな。組長も怖いよな。あんな普通に話してお仕置きも一緒にしてたのに急に欺くんだから。」

「違うっ、時間稼ぎじゃないっ、してくれないの…?」



駿里の精一杯のおねだりだった。それは決して演技ではない。本当に抱きしめて欲しかった。松下が怖かったから。その駿里の思いがやっと松下にも通じたようで松下は渋々であったがベットに座り駿里を優しく抱きしめた。



「んなわけねぇだろ。お前の事愛してんだから。」



松下が時より頭を撫でながらそう言ってくれた。その手が優しくて暖かくて駿里は泣きそうになった。もう後戻りは出来ないかもしれない。元の関係には戻れないかもしれない。戻れたとしても絶対に時間がかかる。その時間を駿里は少しでも短くしたかった。ここから出たいとすら思ったがやっぱりここが駿里の居場所であることには違いない。だけど怖い。色々な感情が重なって駿里は松下にバレないように声を殺して涙を流し始めた。メンタルがズタボロになっていることもきっと関係しているはず。そして思った。あの過去を消し去りたい…と。あれさえなければこんなことにはならなかった。駿里がこんなにも過去に戻りたいだなんて思ったことはあっただろうか。いやきっとないだろう。




「…………っ。」



1度泣き始めたら涙が止まらなくて駿里は困った。顔を上げられない。泣いていることを松下に知られたくなかった。どうしてか分からないけど隠し通したかった。だが松下がそんなことに気づかない訳もなく駿里の顔を掴み上げさせた。



「また泣いてんのかお前は。ほんとに泣き虫だな。ほら、抱きしめてやるから泣きやめ。」



松下は駿里の顔を確認するとそう言ってきた。その口調が優しくてこの事件が起こる前の松下そのまんまだった。それが駿里を余計に悲しくさせる。



「うぅっ、ぅ、こ、うじ、さん…。」



松下の匂いに包まれると駿里は我慢していた声が漏れ始めた。だが松下はその声を聞いても答えてはくれなかった。ただ抱きしめるのみ。そして時よりキスが降ってくるだけ。駿里は松下の行動全てに悲しさが増してしまい泣き止むまでに時間がかかった。その時間があまりにも長かったために駿里はずっと松下に見捨てられると思っていたが松下は見捨てずに駿里を抱きしめ続けてくれた。そして松下は駿里が落ち着いたことを確認すると口を開き話し始めた。



「そういや俺及川さんにお前の事を相談したんだ。遠回しにお前をどうやったら手に入れられるのかってな。その時あの人当たって砕けろとか言ってたなぁ。レイプした口でよく言えたもんだ。」

「………。」



駿里の頭を優しく撫でながら松下はイラついたようにそう吐き捨てた。その松下に駿里は返す言葉が見つからず黙り込んでしまう。そんな駿里の頭を撫でながら松下は話を続ける。



「お前は俺達のもんだ。組長のもんだが俺たちのでもある。それを忘れるな。分かったな?」

「っ…。」

「おい。返事は?」

「…分かってる。」

「良い子だ。じゃあほんとに時間ねぇから俺は行く。そのまま良い子にしてろよ。」



その松下の言葉で駿里は半分嬉しく半分悲しくなった。時間が無いのに駿里の言うことを聞いて待ってくれた。だがその時間はもう終わり。これから松下は及川の拷問に参加する。その事実を駿里は受け入れたくなかった。だけどこれ以上我儘を言えば今の松下は何をしてくるか分からないので駿里は自分の気持ちを押し殺して松下を見送ることにした。



「…いってらっしゃい。」

「ああ。行ってくる。」



そう言って松下は駿里の唇にキスをしてきた。駿里はそれを拒否することは決してせずいい子のフリをして松下を見送った。その後しばらくその場に立ち尽くした。りくも心配そうに駿里を見ていた。だが駿里は初めから松下が居なくなったあと逃げるつもりだった。そうすれば及川に対する怒りよりも自分に対する怒りが大きくなるはずだから。そしたら及川が痛い目に遭わなくて済む。だから駿里は脱走計画を企てた。企てたと言っても単に逃げるだけ。それは単なる時間稼ぎなのだから。とりあえず服を着て外に出ても大丈夫なようにした。そして玄関の前まで来ると…。



「ごめんね康二さん。俺これ開けられるんだ。」



そう。駿里は知っていた。それは寛也から教えて貰っていたから。隠しているカードキーを持っていたのだ。



「ごめんりく。ちゃんと帰ってくるから待っててね。及川さんを助けに行かなきゃいけないから。」



駿里はりくにそう言い残してカードキーを使いあっさりと玄関を開けた。そして玄関を出てすぐにそばにあるエレベーターに乗り込もうとボタンを押した。



「…見つかったらどうなるだろ。」



それを考えると怖かった。だけど及川を助けなくちゃいけない。自分のせいでそうなったのだから。もちろんレイプしてきた方が悪いけれど拷問されのはもっとおかしい。骨を折られて泣き叫ぶほどの痛みを味わされるのも違う。人の過ちは許してやらなければならない。だってその人がそうなったのは環境のせいだから。及川の場合は特にそうだ。だから駿里は及川のために歩き出した。エレベーターにのり1番下の階に行くまでしばらく待った。そしてエレベーターから出るとフロントのような所に出た。だがそこが問題だった。なぜなら…。



「外に出してください。」

「…漲 駿里様ですよね。すみませんが松下様から出すなと申しつかっておりますので出来かねます。」

「そうですか。では自分で出ます。」

「無理です。こちらから開けるかまたは旭川様が所持いているカードキーがなければ開けられません。」

「これのことですか?」



駿里がそう言ってフロントの人間にそれを見せた。その瞬間フロントにいた男性は大慌てでフロントから出てこようとする。だがそれよりも先に駿里が外に出たため1歩遅かった。そして駿里そこから出ると急いで外へと向かい目的地が定まっていないまま走り出した。



「とりあえず離れなきゃ…。」



先程からずっと駿里の携帯から音が鳴っている。携帯を持って逃げだしたのにもちゃんとしたわけがある。そのわけとはこの携帯に入ってるGPSだ。これはとても有能なもので駿里がマンション外に出れば寛也と幹部達に連絡が行くようになっている。だから駿里は外にいち早く出て寛也たちの意識をを自分の方に向かせようとしたのだ。

そして駿里の思惑通り…。



「…来た。」



駿里がある程度進んでいた時目の前に黒塗りの車が現れた。これは全て計算通りだが一応逃げなければならないので駿里は車相手に逃げようと後ろを向いて走り出そうとした。しかしその時あるものが目に入りその場に立ちつくすことになった。そのあるものと言うのは黒塗りの車だった。



「…っなんで、」



これは想定外だった。駿里は自分の脱走劇に寛也がそんなに多くの幹部を使うと思わなかった。だって誰かしらは及川のことを見張らなければならないから。なのに2台も使っている。これでは時間稼ぎすらできない。どうしよう。駿里がその場に打つ手がなくなり立ち尽くしていると目の前にある狭い道が目に入った。



「あそこしかない…っ。」



駿里は少しでも時間を稼ぐためにその狭い道目掛けて走っていった。ここは絶対に車では通れない。だから走ってくるしかない。体力がある松下らも差さえつければ追いつくのに時間がかかるはず。そう思って駿里は死に物狂いで走り始めた。だが相手は日本でも有名なヤクザたち。そう簡単に上手くいくわけがなかった。駿里が走って走って逃げていたその時誰かに横から急に腕を掴まれた。



「いっ…っ、ぁ。」



全速力で走っていた駿里は急に腕を捕まれ壁に軽くぶつかった。誰だ…と恐る恐る見るとそこには怒りに満ち溢れた松下が立っていた。



「ぁ…、なんで、」



意味がわからない。なんでここにいるんだ。だってずっと逃げてたはずなのに…。なんで松下がここにいるんだ。もしかして松下は車に乗っていなかったのか?車は罠だったのか?状況が分からず駿里が目を見開き驚いていると松下が口を開いた。



「俺らを舐めてもらっちゃ困る。ここは何処だと思ってんだ。俺達のシマだぞ。近道ぐらい知ってるに決まってんだろ。ですよね、組長。」

「ああ。」



松下の最後の発した言葉に駿里は震え上がった。心の準備がまだできていない状態で寛也に会いたくなかった。怒らせることがわかっていたから。だから駿里は後ろに寛也がいると分かっていたけれど振り向くことが出来なかった。それほどまでに今の寛也は怒っている。怒りが伝わってくる。ついに駿里はガタガタと震え出した。



「おいおい駿里。一体どういうつもりだ。これはなんの真似なんだ。なんでお前がここにいる。」



そう言った寛也の声は聞いた事がないほど低く恐ろしいものだった。目を合わせられない。怖すぎて消えたい。逃げたい。その気持ちが昂ってしまい駿里は足を動かしてしまった。寛也がいる方向とは真逆の方向に…。だが今松下に腕を掴まれている。そんな状況で逃げられる訳もなく駿里は松下によって寛也の方に無理やり体を向かせられてしまう。



「逃げれると思うなよ。どんな手を使ってでも俺はお前を探し出して俺の手元に戻すからな。つかそれよりも俺は聞き捨てならねぇことを康二から聞いたんだがありゃほんとか?なぁ駿里。」



怖い。怖い。怖い。寛也の声があまりにも怖くて駿里はガタガタと震えまともに立てなくなる。そんな駿里を松下が支えていた。だが寛也はそれにも腹が立ったようで駿里の腕を掴み引っ張りあげると顔をわしずかみにして駿里を壁に押付けた。



「なぁお前舐めてんのか?全部康二から聞いたぞ。映像も全部見た。ありゃなんだ。お前はそもそもあんなことをされてなんで黙ってた。あのまま及川の所に行って俺から逃げるつもりだったのか?そんなことさせるわけねぇだろ。許すわけねぇよな。お前にはどうやらきつい折檻が必要なようだな。帰るぞ。それと康二、あいつらに連絡しろ。躾のなってない駿里を連れ戻したってな。」

「承知しました。」



松下のその返事を聞くと歩き始めたが寛也はあることが引っかかったらしく動かし始めた足を止めた。



「なぁ駿里。帰る前に一つだけ聞いていいか?」

「…っ、なっ、に?」

「俺の事愛してたよな。お前そう言ったよな。ありゃ全部嘘か?」



嘘なわけが無い。愛してた。誰よりも愛してた。だって初めてできた駿里のたった一つの居場所なのだから。そんなわけが無い。なのに駿里はそういえなかった。寛也の迫力があまりにもすごくて口が震えた。言葉が出なかった。そんな駿里をみて寛也は悔しくなった。その悔しさをぶつけるように駿里を松下に投げつけると寛也は車をめざして歩き出した。



「もういい。話は帰ってから聞いてやる。康二、さっさとその躾のなってない犬を連れてこい。」
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