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冷血な極道
陰謀と再会
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陣が階段をかけおりる音が聞こえる。その間も銃声が聞こえてくる。手で目を覆い隠しているため駿里は何があったのか目で確認することは出来ないが音とこの迫力感で何があったのかはなんとなく想像ができた。でもなんでこんな状況になっているのか知らない駿里はパニック状態だ。慣れない銃声の音、叫ぶ声、誰かが苦しむ声、肉が焼ける匂い。どれも怖くて堪らなかった。そんな駿里の不安が陣にもヒシヒシと伝わってきた。そして少しでも希望を持たせてやろうと陣は口を開いた。
「もう少しで外やからな、駿里。すまんがそれまで辛抱してくれ。」
「…うん。」
そう返事をして駿里は先程よりも強く陣にしがみついた。陣はそんな駿里の思いに返すようにして手を強く握った。それからどのぐらい時間が経っただろうか。しばらくして再び陣が口を開いた。その言葉に駿里は心から安堵する。
「着いたで。駿里、目を開けてみろ。」
駿里が陣にしがみ続けていると陣が優しい声でそう言った。そして駿里が目を開けるとそこには…。
「じ、じんさん…!!!」
陣は腕やら足やらから血を垂らし立てているのも不思議なぐらいの重傷を負っていた。ここに来るまで気づかなかった。それもそのはず。陣は撃たれた時声すら出さないように必死に我慢していたのだから。駿里に心配かけないように陣は最大の配慮と我慢をしてここまで来たのだ。そんな陣をみて駿里は慌てふためく。
「大丈夫やこれぐらい。安心せい。こう見えても23年間ヤクザやってんやからな。」
そのうちの半分ぐらいは若やしな、と陣はニカッと笑う。駿里に心配させたくないのであろう。だが血だらけの体で大丈夫と言われても心配せずにはいられない。
「おれ、自分で歩けるから離して…っ、血が止まんないじゃん…!」
「うるせぇ。いいから黙って担がれとけって言うてんねん。」
そう言うと陣は血だらけの体で再び走り出した。陣が走った後は目印のように血が地面についていく。そして止まることなく走り続けていると薄暗い路地に入った。
「あと少しや駿里。」
陣は何処を目ざしているのだろう。この道に初めてきた駿里は不安しかなかった。本当に自分は帰れるのか、と。そして陣は助かるのか、と。
「陣さん。先に手当しようよ…。」
「あかん。それはお前を送り届けてからや。」
「陣さん…!!」
陣は自分の命が危ないのにまるで言うことを聞いてくれない。このままでは出血死してしまう。それぐらい陣は出血をしていた。心配でたまらない駿里は陣の手当をして欲しいと強く頼んだが結局陣が聞きいれてくれることは無かった。そして陣は止めていた足を動かしてしまう。
「せめて、歩こうよっ、走ったら血が…。」
「ええんや。気にすんな。」
こんな時でさえ、この人はこんな明るい笑顔を見せてくる。それが駿里を苦しめた。罪悪感に包まれ心配で堪らなくてとても正常を保っていられそうになかった。だから駿里は執拗いがまたお願いするために陣に話しかけようと口を開いた。
「じんさんっ、やっぱり…っ、」
駿里がここまで言いかけたその時…。
バァン!!!
今日で何度目か分からない銃弾の音が聞こえた。そしてその音と共に陣のお腹から大量の血が流れ出す。だが決して陣は倒れなかった。
「じんさん…!!!!!」
「駿里、俺の声が聞こえるか…?」
「はやくっ、手当しないと!」
「駿里!!!聞け!」
慌てふためく駿里に陣は大きな声でそう言った。その瞬間駿里は動きが止まり陣と目を合わせる。
「俺の最後の願いや。頼む。聞いてくれ。」
「じんさん…っ、」
「このまま真っ直ぐ前だけ向いて走れ。振り返ることは許さん。走ることだけに集中しろ。」
「むりだっ、置いていけないよっ…。」
「最後の願いやぞ…聞いてくれへんのか?」
このまま陣のところに留まれば後ろにいる武虎と複数の部下に駿里は連れ去られてしまう。唯一の救いとして武虎らはまだ後ろの方にいる。だけどこのままとぼとぼとこの場に居続けたら駿里が苦しむ。そう思った陣は心を鬼にすることにした。
「何しとんじゃボケ!!走れ馬鹿野郎!!」
お腹を打たれている為にそう叫んだ陣の声は枯れていた。叫ぶ度にお腹から大量の血が流れ出してくる。駿里はそんな必死の陣をみてやっとの思いで立ち上がる。
そしてーーー。
「ありがとうっ、じんさん…!」
そう言って駿里は走り出した。陣に言われた通り前だけを向いて…。
「そうや。それでええんや。幸せになるんやで。」
走り続ける駿里をみて陣は安堵する。そして遂に後ろには武虎らが来てしまった。
「お前もここまでだ。」
「兄貴、最後にええか?」
「…手短に話せ。」
「俺は兄貴に幸せになって欲しい。」
「言うことはそれだけか?」
「…せや。」
「じゃあな、陣。」
駿里が必死に走っている後ろでこんなやり取りが行われいた。陣が殺されてしまう。だけど駿里は必死に前だけを目指した。陣に言われた通り真っ直ぐ走り続ける。2人の男から守ってもらった命だから。無駄にする訳には絶対にいかなかった。どこにも曲がらずに直進のみをする。すると目の前に光が見えてきた。後ろには武虎と複数の部下が走ってきている。それは陣の死を意味していた。駿里は涙を押し殺し追いつかれてたまるもんかと今ある体力の限界を超えて走り続けた。そしてついに光のところまで着いた。
そこには…。
「うわっ、いってぇな…って、駿里!?」
光が指すところに出ようと走り続けていると誰かにぶつかってしまう。今大変な時なのに誰だっ、と顔を上げるとそこにはずっと会いたくて仕方がなかった大切な存在である松下がいた。
「…っ、こう、じ、さん。」
「どういう状況だよこれ!お前血だらけじゃねぇか!どこ怪我してんだ!」
「これは、俺の血じゃない…っ、それよりも…!」
駿里がそう言いかけたその時後ろから『待てやこ゛らぁ!』という後ろから武虎たちの叫び声が聞こえてきた。他にもなにか叫んでいる。このままではまずいと思った松下は血だらけの駿里に自身のスーツを被せ抱きかかえた。
「一体どうなってんだよこれ!とりあえずお前の怪我じゃねぇんだな!?」
「そうっ、だけど、それが、あっちに…っ、うわ!」
あっちに陣と龍吾が倒れている。助けて欲しい。そう松下に言いたかったのに彼は問答無用で駿里を車の中に入れこもうとした。
「とりあえず車乗るぞ!」
松下は駿里を抱きかかえたまま急いで車に乗った。投げ入れられるように松下に入れられ駿里は体制を直ぐに崩してしまう。そしてその駿里を松下はさぞ大切そうに抱きしめ自分の膝に乗せ叫んだ。
「さっさと出せ圷!」
「分かってら!」
松下は今なんといった…?圷?駿里はその名前を聞いただけで涙を流しそうだった。そして本当に圷がいるのか目で確認しようと前を向くと運転席には圷がいた。
「圷さん…。」
「ああ、俺だ駿里。よく帰ってきてくれた。ありがとうな。」
圷はバックミラー越しに駿里と目を合わせとても優しい声でそう言った。帰ってきたんだ。やっと彼らに会えた。嬉しくて安心して涙を流すそんな駿里を松下は強く抱き締めて離さなかった。そしてふと思い出す。帰れた嬉しさのあまりに脳みそが働なくなっていたが冷静になり駿里は大切なことを思い出した。
「康二さん待ってっ、あっちに陣さんが倒れてるんだ…!」
「あ?陣…?」
一体それは誰のことだよ、という顔をして松下がそう言った。それどころか松下は俺の前でほかの男の名前を出すとはいい度胸じゃねぇかと意地悪をしてこようとする。だがそれを圷が止めた。
「駿里、まさかとは思うが橘鷹の事か?」
「きったか…?そう、その人のこと!」
「あ゛ぁ?お前を誘拐した犯人だろうが!何助けようとしてんだ馬鹿野郎!」
「ちがうっ、陣さんが俺の事助けてくれたんだってば!」
本気で怒って怒鳴ってくる松下に駿里は必死に弁解をした。だがそれでも松下は聞き入れてくれなかった。圷もまた同様に聞き入れる様子はなかった。そして怒り狂っている松下の代わりに圷が口を開く。
「例えそうでもあいつがお前を攫って言ったことには変わりない。いくら助けてくれたとしてもな、助ける訳にはいかねぇんだよ。」
「っ………。」
そりゃそうだろう。とても心配をかけてしまった。他の極道に攫われ監禁されていたのだから。この事を彼らが知っているとなると調べが既についていたのだろう。圷にそう優しく言われては駿里は返す言葉がなかった。
「駿里。俺達はあいつのことを憎んでんだ。なんでかは分かるな?」
松下が圷に続くようにそう言った。彼もまた駿里に言い聞かせるような口調で話す。駿里は2人にそう言われ黙り込んでしまった。2人の言いたいことが十分に分かったからだ。誘拐犯を救いたいだなんて話がそもそもおかしのだ。でもその思いにはちゃんとした理由がある。だけど駿里はそれを上手く話せそうになかった。そう考え込んでいると松下に頭を優しく撫でられた。
「この話はこれで終わりだ。」
異論は認めない、そう松下の顔が言っていた。その迫力に駿里は負け小さく頷いた。その駿里に安心したのか松下はおでこやら頬やらにキスをしながら喋り始めた。
「でも、ほんとに無事でよかった。」
「ああ。お前の言う通りだ康二。ほんとに良かった。どれだけ心配したことか。」
彼らにそう言われ駿里はいたたまれなくなった。彼らの目の下にはクマがある。どれだけで寝ないのだろう。どれだけ必死の思いで自分を探してくれていたのだろう。それを思うと感謝と反省の思いでいっぱいになった。
「…心配かけて、ごめん。助けてくれて…ありがとう。」
そう言った駿里に圷と松下は優しく微笑みかけた。
「あったりめぇだ馬鹿。助けるに決まってんだろ。愛してんだぞ。」
松下はとても強い力で駿里を抱きしめた。やっと帰ってきた。その想いが溢れ出したのだろう。駿里を強く抱き締めて離すことが出来そうになかった。そのため初めは少々苦しくても我慢していた駿里だったが耐えきれず声を上げる。
「康二さん…苦しい。」
「うるせぇ。黙っとけ。心配させた罰だ。」
「っ、そんな…!」
松下の言うことに納得したのだろう。絶句している駿里にさらに追い打ちをかけるべく圷も口を開いた。
「駿里。先に言っとくが体調が戻ったらお仕置きだからな。覚悟しとけよ。」
「いやだっ、嫌に決まってんだろ…!」
「口答えすんじゃねぇ。もうこれは決まってんだよ。」
異論は認めねぇからなと再び強く松下に睨まれる。そしてお尻を揉まれ始めた。しかもやめてと駿里が反抗すると拒否すんじゃねぇと服の中に手を入れられ直で揉まれる。
「わかった、っ、分かったから…!」
時より松下が後孔に指を挿れようとしてきて焦った駿里はそう叫ぶように言った。その答えに満足したようで松下は駿里のズボンの中から手を出した。
「ならいい。」
そういったものの松下は駿里を抱きしめる力を緩めようとしなかった。駿里が苦しくない程度まで力は緩められたが松下の膝の上からは逃げられそうにかった。いつもなら執拗いと怒っていた所だが今は安心する。この松下の重い愛が駿里を安心させた。そのまましばらく車の中には沈黙が流れた。決して気まずくもない沈黙が流れる。それを止めたのは圷だった。
「康二、撒いたようだ。」
「流石だな。」
駿里はずっと付けられていたという事実を今初めて知った。圷は話しながら車を器用に運転してなんと武虎達を撒いていたのだ。やはり日本トップレベルの極道の幹部は違うなと何だか駿里は誇らしくなった。そんな思いに浸っている駿里に松下は声をかけた。
「駿里、家に帰ろうな。組長が待ってるはずだ。」
「うん…っ!」
駿里はこれで一安心だ、と安堵したと同時にあることを思い出した。
「そういえば康二さん達はどうしてあそこにいたの…?」
「それがな…誰かわかんねぇんだけど駿里の引渡しをあそこでするって連絡してきたんだ。だけどよ、信憑性が少なかったから組長には自宅待機をしてもらったんだ。万が一があるからな。だから俺と圷が来たわけだ。」
松下の言ったことで駿里は理解出来たが圷は納得いかなかったらしく口を開いた。
「大雑把なんだよてめぇは。詳しく説明するとな、お前が誘拐されてしばらく経ってから連絡が来てたんだ。もちろん匿名でな。誰かはわかんねぇけど続けて連絡してくる所を見れば駿里を誘拐して監禁してるた所にいる人物ってなるだろ?俺たちはやめてこうって言ったんだけど組長が信じろって言ってきてよ。そしたらこの結末だ。指定された場所に行ったらお前がいたって訳。さすがは組長だな。」
そういった後圷はドヤ顔をした。そして直ぐにその圷に松下は噛み付いた。
「お前も変わんねぇだろ、圷。どっからどう見ても大雑把だろうが。」
「黙れ。」
普段は鬱陶しい2人の喧嘩も今は駿里を安心させる材料だ。
「相変わらずだねほんと2人は…って言うかそれ絶対陣さんだ…。」
「んなわけねぇだろ。なんで誘拐した張本人がお前を助けるために俺たちに連絡してくんだよ。」
「違うんだ康二さん。話すと長くなるんだけど…殺されたんだ。橘鷹組の組長に。」
「「は?」」
駿里の言ったことに2人は目が点になった。陣という男は橘鷹組の組長が育て、しかも今は若になっているはずだ。その事を知っていた2人は駿里の言うことが理解できなかったらしい。
「だから俺を逃がしてくれたんだよ。きっとね。」
「詳しく説明しろ。」
内容が掴めない松下は駿里に真剣な眼差しを向けてそう言った。大切な話の時はふざけるわけにはいかない。これはこの組にも関わる話だからだ。
「俺、陣さんに誘拐されたけど陣さんには何もされてないんだ。もっと言うとさ、守ってくれてた。俺が組長さんに犯された時も助けてくれたし、幹部の人に捕まってた時もいち早く来て助けてくれて…。それでさっきは自分の命を顧みずに俺を助けてくれた。」
ざっくりではあるが駿里の言ったことを理解できた2人は頭を抱えた。これでやっと先程駿里が陣を助けようとしていた理由がわかった…と。もっと話を聞いてやるべきだったと後悔するもきっと今頃言っても手遅れだろう。だが念の為松下は駿里に聞くことにした。
「あいつがどこを撃たれてたか覚えてるか?」
「色んな所。脚もお腹も腕もいっぱい銃弾が当たってた…俺を守る為に。」
「はぁ…そうだったのか。」
噂には聞いていたが橘鷹組の古参が暴れているという噂は本当だったか…と松下と圷は目を合わせた。唯一の凶器であった陣が死んだとなれば旭川組に危害は及ばない。松下と圷はそう安心したと同時になんとも言えぬ気持ちになった。だが今は駿里の前、仕事の顔を出すわけにはいかないので2人はすぐに切り替えた。そして正直に言う事にした。もう陣のことを助けることが出来ないということを。
「でも駿里、ごめんな。お前はそれでもあいつを助けたいだろうが引き返すことは出来ねぇ。」
「…うん、分かってるよ。」
駿里もそれは分かっていた。あれだけ流血していたのだ。今更言っても助かるわけが無い。それに助けてくれたのに自分から命を無駄にするようなことを絶対にしたくなかった。だけどいつか…どんな形になっても恩返しだけはしたかった駿里はそれを松下に言おうとしたがそれよりも早く圷が口を開く。
「康二。組長には連絡したか?」
「ああ、そうだ。忘れてた。今からしとく。」
「頼んだぞ。」
「おう。」
そう言って松下は寛也に電話をかけたが電話に出なかった。何故だ。こんな緊急事態に携帯を所持していないなんてことは無い。
「圷、組長が電話に出ねぇ。」
「は?」
最悪の事態が頭によぎった。もしかして寛也は駿里の引渡しに指定されたあの場所に行ったのではないか…と。
「引き返すか。」
「何言ってんだ康二。馬鹿言え。これで仮に引き返してもし組長がいなかったらどうすんだ。これ以上駿里を危険に晒すことは出来ねぇ。」
「それは分かってる。だが組長の居場所が分かんねぇと安心できねぇだろ駿里も。」
誰もが言葉を失いどうするかの決断が出ないまま時間だけが過ぎ去っていたその時…誰かの電話がなった。
「もう少しで外やからな、駿里。すまんがそれまで辛抱してくれ。」
「…うん。」
そう返事をして駿里は先程よりも強く陣にしがみついた。陣はそんな駿里の思いに返すようにして手を強く握った。それからどのぐらい時間が経っただろうか。しばらくして再び陣が口を開いた。その言葉に駿里は心から安堵する。
「着いたで。駿里、目を開けてみろ。」
駿里が陣にしがみ続けていると陣が優しい声でそう言った。そして駿里が目を開けるとそこには…。
「じ、じんさん…!!!」
陣は腕やら足やらから血を垂らし立てているのも不思議なぐらいの重傷を負っていた。ここに来るまで気づかなかった。それもそのはず。陣は撃たれた時声すら出さないように必死に我慢していたのだから。駿里に心配かけないように陣は最大の配慮と我慢をしてここまで来たのだ。そんな陣をみて駿里は慌てふためく。
「大丈夫やこれぐらい。安心せい。こう見えても23年間ヤクザやってんやからな。」
そのうちの半分ぐらいは若やしな、と陣はニカッと笑う。駿里に心配させたくないのであろう。だが血だらけの体で大丈夫と言われても心配せずにはいられない。
「おれ、自分で歩けるから離して…っ、血が止まんないじゃん…!」
「うるせぇ。いいから黙って担がれとけって言うてんねん。」
そう言うと陣は血だらけの体で再び走り出した。陣が走った後は目印のように血が地面についていく。そして止まることなく走り続けていると薄暗い路地に入った。
「あと少しや駿里。」
陣は何処を目ざしているのだろう。この道に初めてきた駿里は不安しかなかった。本当に自分は帰れるのか、と。そして陣は助かるのか、と。
「陣さん。先に手当しようよ…。」
「あかん。それはお前を送り届けてからや。」
「陣さん…!!」
陣は自分の命が危ないのにまるで言うことを聞いてくれない。このままでは出血死してしまう。それぐらい陣は出血をしていた。心配でたまらない駿里は陣の手当をして欲しいと強く頼んだが結局陣が聞きいれてくれることは無かった。そして陣は止めていた足を動かしてしまう。
「せめて、歩こうよっ、走ったら血が…。」
「ええんや。気にすんな。」
こんな時でさえ、この人はこんな明るい笑顔を見せてくる。それが駿里を苦しめた。罪悪感に包まれ心配で堪らなくてとても正常を保っていられそうになかった。だから駿里は執拗いがまたお願いするために陣に話しかけようと口を開いた。
「じんさんっ、やっぱり…っ、」
駿里がここまで言いかけたその時…。
バァン!!!
今日で何度目か分からない銃弾の音が聞こえた。そしてその音と共に陣のお腹から大量の血が流れ出す。だが決して陣は倒れなかった。
「じんさん…!!!!!」
「駿里、俺の声が聞こえるか…?」
「はやくっ、手当しないと!」
「駿里!!!聞け!」
慌てふためく駿里に陣は大きな声でそう言った。その瞬間駿里は動きが止まり陣と目を合わせる。
「俺の最後の願いや。頼む。聞いてくれ。」
「じんさん…っ、」
「このまま真っ直ぐ前だけ向いて走れ。振り返ることは許さん。走ることだけに集中しろ。」
「むりだっ、置いていけないよっ…。」
「最後の願いやぞ…聞いてくれへんのか?」
このまま陣のところに留まれば後ろにいる武虎と複数の部下に駿里は連れ去られてしまう。唯一の救いとして武虎らはまだ後ろの方にいる。だけどこのままとぼとぼとこの場に居続けたら駿里が苦しむ。そう思った陣は心を鬼にすることにした。
「何しとんじゃボケ!!走れ馬鹿野郎!!」
お腹を打たれている為にそう叫んだ陣の声は枯れていた。叫ぶ度にお腹から大量の血が流れ出してくる。駿里はそんな必死の陣をみてやっとの思いで立ち上がる。
そしてーーー。
「ありがとうっ、じんさん…!」
そう言って駿里は走り出した。陣に言われた通り前だけを向いて…。
「そうや。それでええんや。幸せになるんやで。」
走り続ける駿里をみて陣は安堵する。そして遂に後ろには武虎らが来てしまった。
「お前もここまでだ。」
「兄貴、最後にええか?」
「…手短に話せ。」
「俺は兄貴に幸せになって欲しい。」
「言うことはそれだけか?」
「…せや。」
「じゃあな、陣。」
駿里が必死に走っている後ろでこんなやり取りが行われいた。陣が殺されてしまう。だけど駿里は必死に前だけを目指した。陣に言われた通り真っ直ぐ走り続ける。2人の男から守ってもらった命だから。無駄にする訳には絶対にいかなかった。どこにも曲がらずに直進のみをする。すると目の前に光が見えてきた。後ろには武虎と複数の部下が走ってきている。それは陣の死を意味していた。駿里は涙を押し殺し追いつかれてたまるもんかと今ある体力の限界を超えて走り続けた。そしてついに光のところまで着いた。
そこには…。
「うわっ、いってぇな…って、駿里!?」
光が指すところに出ようと走り続けていると誰かにぶつかってしまう。今大変な時なのに誰だっ、と顔を上げるとそこにはずっと会いたくて仕方がなかった大切な存在である松下がいた。
「…っ、こう、じ、さん。」
「どういう状況だよこれ!お前血だらけじゃねぇか!どこ怪我してんだ!」
「これは、俺の血じゃない…っ、それよりも…!」
駿里がそう言いかけたその時後ろから『待てやこ゛らぁ!』という後ろから武虎たちの叫び声が聞こえてきた。他にもなにか叫んでいる。このままではまずいと思った松下は血だらけの駿里に自身のスーツを被せ抱きかかえた。
「一体どうなってんだよこれ!とりあえずお前の怪我じゃねぇんだな!?」
「そうっ、だけど、それが、あっちに…っ、うわ!」
あっちに陣と龍吾が倒れている。助けて欲しい。そう松下に言いたかったのに彼は問答無用で駿里を車の中に入れこもうとした。
「とりあえず車乗るぞ!」
松下は駿里を抱きかかえたまま急いで車に乗った。投げ入れられるように松下に入れられ駿里は体制を直ぐに崩してしまう。そしてその駿里を松下はさぞ大切そうに抱きしめ自分の膝に乗せ叫んだ。
「さっさと出せ圷!」
「分かってら!」
松下は今なんといった…?圷?駿里はその名前を聞いただけで涙を流しそうだった。そして本当に圷がいるのか目で確認しようと前を向くと運転席には圷がいた。
「圷さん…。」
「ああ、俺だ駿里。よく帰ってきてくれた。ありがとうな。」
圷はバックミラー越しに駿里と目を合わせとても優しい声でそう言った。帰ってきたんだ。やっと彼らに会えた。嬉しくて安心して涙を流すそんな駿里を松下は強く抱き締めて離さなかった。そしてふと思い出す。帰れた嬉しさのあまりに脳みそが働なくなっていたが冷静になり駿里は大切なことを思い出した。
「康二さん待ってっ、あっちに陣さんが倒れてるんだ…!」
「あ?陣…?」
一体それは誰のことだよ、という顔をして松下がそう言った。それどころか松下は俺の前でほかの男の名前を出すとはいい度胸じゃねぇかと意地悪をしてこようとする。だがそれを圷が止めた。
「駿里、まさかとは思うが橘鷹の事か?」
「きったか…?そう、その人のこと!」
「あ゛ぁ?お前を誘拐した犯人だろうが!何助けようとしてんだ馬鹿野郎!」
「ちがうっ、陣さんが俺の事助けてくれたんだってば!」
本気で怒って怒鳴ってくる松下に駿里は必死に弁解をした。だがそれでも松下は聞き入れてくれなかった。圷もまた同様に聞き入れる様子はなかった。そして怒り狂っている松下の代わりに圷が口を開く。
「例えそうでもあいつがお前を攫って言ったことには変わりない。いくら助けてくれたとしてもな、助ける訳にはいかねぇんだよ。」
「っ………。」
そりゃそうだろう。とても心配をかけてしまった。他の極道に攫われ監禁されていたのだから。この事を彼らが知っているとなると調べが既についていたのだろう。圷にそう優しく言われては駿里は返す言葉がなかった。
「駿里。俺達はあいつのことを憎んでんだ。なんでかは分かるな?」
松下が圷に続くようにそう言った。彼もまた駿里に言い聞かせるような口調で話す。駿里は2人にそう言われ黙り込んでしまった。2人の言いたいことが十分に分かったからだ。誘拐犯を救いたいだなんて話がそもそもおかしのだ。でもその思いにはちゃんとした理由がある。だけど駿里はそれを上手く話せそうになかった。そう考え込んでいると松下に頭を優しく撫でられた。
「この話はこれで終わりだ。」
異論は認めない、そう松下の顔が言っていた。その迫力に駿里は負け小さく頷いた。その駿里に安心したのか松下はおでこやら頬やらにキスをしながら喋り始めた。
「でも、ほんとに無事でよかった。」
「ああ。お前の言う通りだ康二。ほんとに良かった。どれだけ心配したことか。」
彼らにそう言われ駿里はいたたまれなくなった。彼らの目の下にはクマがある。どれだけで寝ないのだろう。どれだけ必死の思いで自分を探してくれていたのだろう。それを思うと感謝と反省の思いでいっぱいになった。
「…心配かけて、ごめん。助けてくれて…ありがとう。」
そう言った駿里に圷と松下は優しく微笑みかけた。
「あったりめぇだ馬鹿。助けるに決まってんだろ。愛してんだぞ。」
松下はとても強い力で駿里を抱きしめた。やっと帰ってきた。その想いが溢れ出したのだろう。駿里を強く抱き締めて離すことが出来そうになかった。そのため初めは少々苦しくても我慢していた駿里だったが耐えきれず声を上げる。
「康二さん…苦しい。」
「うるせぇ。黙っとけ。心配させた罰だ。」
「っ、そんな…!」
松下の言うことに納得したのだろう。絶句している駿里にさらに追い打ちをかけるべく圷も口を開いた。
「駿里。先に言っとくが体調が戻ったらお仕置きだからな。覚悟しとけよ。」
「いやだっ、嫌に決まってんだろ…!」
「口答えすんじゃねぇ。もうこれは決まってんだよ。」
異論は認めねぇからなと再び強く松下に睨まれる。そしてお尻を揉まれ始めた。しかもやめてと駿里が反抗すると拒否すんじゃねぇと服の中に手を入れられ直で揉まれる。
「わかった、っ、分かったから…!」
時より松下が後孔に指を挿れようとしてきて焦った駿里はそう叫ぶように言った。その答えに満足したようで松下は駿里のズボンの中から手を出した。
「ならいい。」
そういったものの松下は駿里を抱きしめる力を緩めようとしなかった。駿里が苦しくない程度まで力は緩められたが松下の膝の上からは逃げられそうにかった。いつもなら執拗いと怒っていた所だが今は安心する。この松下の重い愛が駿里を安心させた。そのまましばらく車の中には沈黙が流れた。決して気まずくもない沈黙が流れる。それを止めたのは圷だった。
「康二、撒いたようだ。」
「流石だな。」
駿里はずっと付けられていたという事実を今初めて知った。圷は話しながら車を器用に運転してなんと武虎達を撒いていたのだ。やはり日本トップレベルの極道の幹部は違うなと何だか駿里は誇らしくなった。そんな思いに浸っている駿里に松下は声をかけた。
「駿里、家に帰ろうな。組長が待ってるはずだ。」
「うん…っ!」
駿里はこれで一安心だ、と安堵したと同時にあることを思い出した。
「そういえば康二さん達はどうしてあそこにいたの…?」
「それがな…誰かわかんねぇんだけど駿里の引渡しをあそこでするって連絡してきたんだ。だけどよ、信憑性が少なかったから組長には自宅待機をしてもらったんだ。万が一があるからな。だから俺と圷が来たわけだ。」
松下の言ったことで駿里は理解出来たが圷は納得いかなかったらしく口を開いた。
「大雑把なんだよてめぇは。詳しく説明するとな、お前が誘拐されてしばらく経ってから連絡が来てたんだ。もちろん匿名でな。誰かはわかんねぇけど続けて連絡してくる所を見れば駿里を誘拐して監禁してるた所にいる人物ってなるだろ?俺たちはやめてこうって言ったんだけど組長が信じろって言ってきてよ。そしたらこの結末だ。指定された場所に行ったらお前がいたって訳。さすがは組長だな。」
そういった後圷はドヤ顔をした。そして直ぐにその圷に松下は噛み付いた。
「お前も変わんねぇだろ、圷。どっからどう見ても大雑把だろうが。」
「黙れ。」
普段は鬱陶しい2人の喧嘩も今は駿里を安心させる材料だ。
「相変わらずだねほんと2人は…って言うかそれ絶対陣さんだ…。」
「んなわけねぇだろ。なんで誘拐した張本人がお前を助けるために俺たちに連絡してくんだよ。」
「違うんだ康二さん。話すと長くなるんだけど…殺されたんだ。橘鷹組の組長に。」
「「は?」」
駿里の言ったことに2人は目が点になった。陣という男は橘鷹組の組長が育て、しかも今は若になっているはずだ。その事を知っていた2人は駿里の言うことが理解できなかったらしい。
「だから俺を逃がしてくれたんだよ。きっとね。」
「詳しく説明しろ。」
内容が掴めない松下は駿里に真剣な眼差しを向けてそう言った。大切な話の時はふざけるわけにはいかない。これはこの組にも関わる話だからだ。
「俺、陣さんに誘拐されたけど陣さんには何もされてないんだ。もっと言うとさ、守ってくれてた。俺が組長さんに犯された時も助けてくれたし、幹部の人に捕まってた時もいち早く来て助けてくれて…。それでさっきは自分の命を顧みずに俺を助けてくれた。」
ざっくりではあるが駿里の言ったことを理解できた2人は頭を抱えた。これでやっと先程駿里が陣を助けようとしていた理由がわかった…と。もっと話を聞いてやるべきだったと後悔するもきっと今頃言っても手遅れだろう。だが念の為松下は駿里に聞くことにした。
「あいつがどこを撃たれてたか覚えてるか?」
「色んな所。脚もお腹も腕もいっぱい銃弾が当たってた…俺を守る為に。」
「はぁ…そうだったのか。」
噂には聞いていたが橘鷹組の古参が暴れているという噂は本当だったか…と松下と圷は目を合わせた。唯一の凶器であった陣が死んだとなれば旭川組に危害は及ばない。松下と圷はそう安心したと同時になんとも言えぬ気持ちになった。だが今は駿里の前、仕事の顔を出すわけにはいかないので2人はすぐに切り替えた。そして正直に言う事にした。もう陣のことを助けることが出来ないということを。
「でも駿里、ごめんな。お前はそれでもあいつを助けたいだろうが引き返すことは出来ねぇ。」
「…うん、分かってるよ。」
駿里もそれは分かっていた。あれだけ流血していたのだ。今更言っても助かるわけが無い。それに助けてくれたのに自分から命を無駄にするようなことを絶対にしたくなかった。だけどいつか…どんな形になっても恩返しだけはしたかった駿里はそれを松下に言おうとしたがそれよりも早く圷が口を開く。
「康二。組長には連絡したか?」
「ああ、そうだ。忘れてた。今からしとく。」
「頼んだぞ。」
「おう。」
そう言って松下は寛也に電話をかけたが電話に出なかった。何故だ。こんな緊急事態に携帯を所持していないなんてことは無い。
「圷、組長が電話に出ねぇ。」
「は?」
最悪の事態が頭によぎった。もしかして寛也は駿里の引渡しに指定されたあの場所に行ったのではないか…と。
「引き返すか。」
「何言ってんだ康二。馬鹿言え。これで仮に引き返してもし組長がいなかったらどうすんだ。これ以上駿里を危険に晒すことは出来ねぇ。」
「それは分かってる。だが組長の居場所が分かんねぇと安心できねぇだろ駿里も。」
誰もが言葉を失いどうするかの決断が出ないまま時間だけが過ぎ去っていたその時…誰かの電話がなった。
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