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14話 元カノVS今カノ

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 私は、双葉さんに連れられて、屋上へと向かった。
 立ち入り禁止の屋上のドアは施錠されていたけど、双葉さんは胸ポケットから取り出したヘアピンでピッキングして、難なく鍵を開けた。
 
「先生達には、内緒よ」

 悪戯っぽく微笑んだ双葉さんに、私はこくりと頷く。
 
 私の心臓は、鼓動が激しく波打っていて、声を出そうとすると吐きそうだった。
 緊張なのか、それともストレスなのか、自分でもわからない。

 ただ、これから双葉さんとする会話は、きっと穏やかじゃないとだけわかっていた。

 屋上に出ると、綺麗な青空が広がっていて、その下に立つ双葉さんは、艶やかな黒髪を靡かせた。
 表情だけじゃなく、立ち振る舞いからも、彼女からは大人の余裕を感じる。

 それに比べて、私の顔は快晴とは真反対に曇った顔で、酷くオロオロしている。
 体が縮こまって、萎縮しきっているのが自分でもわかった。

「……そんなに怯えられると、私も傷つくのだけれど」

 双葉さんは、心外そうな顔で言う。
 私は小さな声で「ごめんなさい」と返す。
 
「そうなるのも、仕方ないわよね……」

 そう言って、双葉さんは、腕を組んだ状態で屋上のフェンスにもたれかかった。
 私より、多分10センチほど背の高い双葉さんは、すらりとしていて、もたれかかる姿がやけに様になっていた。
 というより、双葉さんほどの美少女なら、どんなポーズを取っても一流モデルのように美しいんだと思った。
 
「ねえ、椎名さん。新世のことで、聞きたいことがあるのだけれど」
 
 双葉さんの口から、新世という名前が出た瞬間、私はビクッと体を震わせた。
 やっぱり、田中さん達の会話は、事実だった。
 
 本当に、新世は双葉さんと……

「……何を、聞きたいの?」

 ようやく、まともに口が開く。

「あなたが、新世を好きになった理由よ」
「……え?」

 何故、そんなことを聞いてくるのか、私には一瞬意図が読めなかった。
 私が新世を好きになった理由を双葉さんが知って、何の意味があるのか。

「もしかして、忘れたのかしら? それとも、最初から新世のことが好きじゃなかったのかしら?」
「そ、そんなことない! 私は今でも、新世のことが好きなんだから!」

 私はつい反射的に、カッとなって言い返す。

「──浮気しておいて、よく言うわね」
「っ!?」

 私は何も、正論を言われたから驚いたわけじゃない。
 双葉さんが私に一瞬見せた形相が、鬼のように怖かったからだ。
 殺されるんじゃないかと思うぐらい、殺気を放っていた。
 
「まあ、いいわ。じゃあ、あなたが今も好きだという新世について、じっくり聞かせてもらおうかしら。あなたが何故、新世のことを好きになったのか」
「そんなことを知って……双葉さんに何の意味があるの?」
「単なる好奇心よ。別に言いたくないのなら、構わないけれど。でも……それだと、やっぱり椎名さんは新世のことが好きじゃなかったと私は判断するわ」

 そして、双葉さんは新世に伝えるんだろうな。
 私は新世のことが好きじゃなかった、だから浮気したって。

 そうなると、もうお仕舞いだ。
 私と新世の関係は、完全に終わる。

 私はまだ、新世に伝えていないことがあるのに。
 その前に、新世の関心が私から消えたら、どうしようもなくなる。

 せめて、新世への想いが本物だと、厄介そうな双葉さんには納得してもらわないと。

 私は息を整えると、ゆっくりと喋りはじめた。

「……私は、新世とはじめて話した時、空気が読めない男の子だなって思った」
「空気が読めない……そうかしら? 少なくとも、場の空気は読める男だと思うけれど」
「うううん、新世は空気が読めないよ。特に、恋愛関係に関しては、致命的にね」
「恋愛関係……」 

 双葉さんは、眉根を寄せた。
 思い当たる節でもあるんだろうか。

「空気が読めないのに、新世は不器用なりに周りに気を遣ってた。私が好きで学校で一人で過ごしているのを、私が一人ぼっちでつまらなそうにしてるって勘違いして、わざわざ毎日私に話しかけてきたんだよ」

 私が転校する前にいた中学校では、人間関係が酷かった。
 空気を読んだ行動をしないと、例え善意で動いたところで、嫌われるような環境。

 いじめられていた子を助けた私が、次のいじめのターゲットにされるような。

 空気を読んで、周りに合わせて、他人の顔色を伺いながら生きていく。 
 そんな学校生活や人間関係に嫌気が差していたから、誰とも関わりたくなかった。

 ずっと一人で生きていたかった。

 転校先の学校は、いじめはなかった。
 だけど、いじめがなくても、陰口はある。

 誰とも友達になろうとしない私は、同じクラスの女子に陰口を叩かれていた。
 ちょっと可愛いからってお高くとまってるとか、何様のつもりとか。

 人は善意でした行為を無碍にされると、だいたい機嫌が悪くなる。
 それは仕方ない、私が悪い。
 そうやって、私からいろんな人が離れていったけど、新世だけは違った。

「毎日毎日、私が無視しても声をかけてくれて、そりゃ最初の頃は鬱陶しかったけど、だんだん私は新世に話しかけられるのが嫌じゃなくなっていた」
「そして……気がつけば好きになっていた、ってところかしら」
「……まあね。新世は空気を読まないし、私が話しかけてこないでって言っても、人の話を全く聞かないでずっと話しかけてきた。他の人は、すぐに私の相手をしなくなったのにね。それで……どうしてそんな自分勝手な人を好きになったのか、最初は自分でもわからなかったんだけど……」
「結局、誰とも関わりたくないのではなくて、自分のことを安易に見捨てない人と関わりたかった。それが新世だった……って、ところかしら」
「うん、その通りかな」

 人と関わりたくないと思っていたはずなのに、そうじゃなかった。
 私は、自分のことを見捨てない人と、関わっていたかっただけだった。
 
「……あなたは、新世のことを見捨てたというのにね」
 
 双葉さんの口から、冷たく放たれた言葉。
 私は、それでやっと、この質問の意味を理解した。

 双葉さんは、未練がましい私を、諦めさせようとしているんだと。


⭐︎


「あなたという人は、酷い女ね。そんなに良くしてくれた新世を、あんな形で裏切るなんて」

 私は、椎名さんに対する怒りをなるべく抑えながら、平常心を保って声を発す。

 新世がこんな女のどこに惚れたのか、今のところ、さっぱりわからない。
 いや、恋愛なんていうものは、大抵がそんなものなのかもしれないわね。
 
 私からすれば、小鳥遊くんや佐藤くんに惚れる要素が見当たらないのだから。
 だから、小鳥遊くんは相手にすらしなかったし、過去に告白してきた佐藤くんは容赦なく振った。
 でも、田中さんや鈴木さんは、そんな彼らのことが好きなのよね。

 他人から見れば、どうしてこんな人が……と思う人物でも、見方や接し方次第で、好意を抱く対象になるということかしら。
 
「あなたみたいな人に、新世と関わる資格はないわ。だから、今後新世に近づかないでもらえるかしら」
「……それは、無理だよ。私は新世に謝らないといけないし、話したいこともあるから。この後、新世に会って、二人で話すんだから」

 新世へ謝罪するのは、必要なことだとは思うけれど、容認することはできないわね。話したいことというのは、一体何なのでしょうね。

 それにしても、浮気していた癖に、椎名さんは新世に未練たらたらね。

 新世と椎名さんは同じクラスだから、他クラスの私が介入できる余地はない。
 椎名さんが新世に話しかけようとすれば、いつだって話せるのだから。
 かといって、それを見過ごすことはできない。
 
 新世がこれ以上、椎名さんと関わらなくていいように、私が彼女の心を折らないと。

「とりあえず、今日のところは無理ね。新世は学校に来ないから」
「どうして、知ってるの?」
「今朝、私の家で聞いたのよ。今日は、椎名さんと会いたくないから、学校に行かないって」

 私は、なんて事のないように話す。
 だけど、椎名さんは、絶望的な表情を浮かべていた。

「まさか……新世と……」
「寝たけど、それがどうかした?」
「そ、そんな……」

 まさか、昨日別れたばかりの恋人が、他の女性とそこまでの関係に進展しているとは思わないわよね。
 予想だにしなかった、あるいは有る程度覚悟していた事実に、椎名さんは体を硬直させた。

「あなただって、浮気相手と、そういう関係だったんじゃないかしら?」
「私と彼はそんな関係じゃない! それなのに……」
「自分は浮気相手とそこまでの関係に至らなかったのに、新世は自分と別れてすぐに、他の女を抱いた、それは許されない……なんて言うつもりじゃないわよね?」
「そうじゃない……」
 
 椎名さんは、唇を噛み締めて俯く。
 悔しいのでしょうね、自分が付き合っていた男を、他の女に取られたと知って。

 でも、自分は浮気をしていたのだから、お門違いだとは思うけれど。

「……新世に会って、ちゃんと話さないと……」

 椎名さんは、何がなんでも、新世との対話を望んでいるらしい。
 話したところで、何か解決するわけでもないと思うのだけれど。

 ともあれ、今の感情が昂った様子の彼女を新世に会わせるのは良くない。
 けれど、いつまでも新世が学校を休むわけにはいかないし、どうしたものかしらね。

 椎名さんが、私と新世の関係を知って、あっさり折れてくれたら、それで良かったのだけれど……

「だから、彼は今日学校には来ないし、そもそもあなたに取り合わないと思うわよ」
「今から新世の家に行く」
「新世は私の家に居るわよ。私の家がどこか、あなたにわかるのかしら?」
 
 もちろん、嘘だけれど、そう嘘をつくしかない。
 
「……どうせ、新世はいつか学校に来る。いつまでも、私を避けることなんてできない」

 彼は今、椎名さんのことを避けているけれど、いずれ椎名さんと話をするという意思はあるようだった。

 私は彼がこれ以上傷つく必要はないと思って、今ここで椎名さんの心を折にかかったけれど、彼女は思ったより強情だったし、未練がましかったわ。

 こうなったら、仕方ない──

「わかったわ。だったら、新世とあなたが話す場を私が設ける。だから、あなたが私の許可なく、勝手に新世に接触することだけはやめてくれるかしら」
「いいよ、それで。それにしても……もう、彼女ヅラが様になってるんだね、双葉さんは」
「ええ、そうね。だって、浮気して振られた誰かさんと違って、私は新世の彼女なのだもの」

 椎名さんの煽りに対して、私は最大限の煽りを返した。
 にも関わらず、椎名さんの表情はピクリとも動かない。

 逆に、口元に僅かな笑みを浮かべた椎名さんは、こう言った。

「私は浮気していたつもりはないから。新世が浮気だと感じているなら話は別だけど、私が新世に事情を話せば、新世の考えは変わるかもしれないんだから」
「えっ……? それって、どういう……」

 その言葉に、呆気に取られた私を置いて、椎名さんは屋上から立ち去っていった。
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