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7話 解釈違い

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 双葉の住んでいるマンションまでの道中で、双葉が薬局に寄るというので、特に買いたい物がない僕は外で待つことにした。

「……女子の家に泊まるなんて、久しぶりだな」

 莉愛の家に上がることはあっても、泊まるとまではいかなかった。
 泊まりになったのは、小学生時代に両親が自宅に不在だった日に、近所に住む幼なじみの家に泊めてもらった時だけだ。

 男子だと、高校に上がってから佐藤の家に何度か、サッカー部の他のメンツと泊まって、朝まで馬鹿騒ぎしたりしていたけど。

 それにしても……

「今日、はじめて話したばかりの女子の家に泊まることになるなんてな……」

 夜空を見上げながら、ぽつりと呟く。
 今日一日、本当にいろいろとあったな。
 朝練をしている時は、思いもよらなかった。

 莉愛の浮気現場を目撃して、莉愛から逃げた先の公園でそらに拾われて、小鳥遊家で翔に合コンへ誘われ、合コン会場で学園一の美少女がいて……

 最終的に、学園一の美少女にお持ち帰りされている。
 半ば強引、脅迫に近かったとはいえ、口では「嫌々」と言っておいて、内心では緊張でドキドキしている自分がいる。

 男なんて、美少女の推しの強さの前では、いやよいやよも好きのうちということだろうか。

「あ、美織(みおり)に今日は家に帰らないって、連絡しないと……」
「お待たせ」

 妹に連絡する為にスマホを弄っていると、双葉が手に小さなビニール袋を持って、店から出てきた。

「何を買ったの?」
「ゴムよ」
「ああ、ヘアゴムね……」

 学校で見かける双葉は、いつもストレートの黒髪を結んでいないので、ヘアゴムが必要なんて意外だ。

「……? あなた、もしかして自分がお持ち帰りされるという自覚がないの?」
「はい?」
「……まあ、いいわ。どちらにせよ、今夜は寝かせないから」

 双葉はそう言うと、また腕を組んできた。
 今夜は延々と、双葉の話し相手でもさせられるのかな。
 剣呑に光った青い瞳を向けてくる双葉を見ながら、僕はそう思った。


⭐︎


「ここよ」

 数十分後、とあるマンションのワンルームに、僕は招かれた。
 緊張しながらも中に入ると、女子部屋特有のいい匂いが鼻腔をくすぐった。

「あんまり、物を置いてないんだね」

 莉愛の部屋は、年頃の女の子らしく、ぬいぐるみとか、可愛らしいインテリアが並んでいた。カラーはピンクで統一されていて、夢見る少女みたいな部屋だった。

 それに比べて、双葉の部屋はというと、無機質な部屋というか、上品な大人の女性が住んでいるようだった。まるでホテルの一室のような空間、と言ってもいいかもしれない。
 家具は白で統一されていて、パッと見た感じ、必要最低限の物しか置かれていない。

「あまり、女子高生らしくない部屋でしょ」
「双葉さんらしい気がするよ。綺麗だし」
「……今ごろ口説いてるの?」
「え?」
「なんでもないわ。適当に座って」

 僕は双葉に促されるままに、部屋の真ん中に置かれてあった小さな机の前に座った。
 
「お腹は空いてる?」
「うん、まあ……何か作ってくれるの?」
「もちろんよ。私、料理の腕はいいのよ」

 双葉はそう言って、キッチンへと向かった。
 
 僕も家で料理をするけど、誰かに誇れるほど腕がいいというわけでもない。
 ひとつ下の妹が料理をしないので、僕が代わりにやっているだけで、料理の腕を磨こうとまでは思わないからだ。
 学校がある日は毎朝妹のお弁当を作り、自分の分のお弁当は莉愛に作ってもらう、なんて生活も今日で終わりなのだと思うと、やはり寂しかった。

「莉愛の弁当、毎日凝った料理が入ってて、本当に美味しかったんだよな……」

 もう二度と、僕は莉愛の作った料理を口にしないんだろうな。

「はあ……気に病んでても仕方ないか。僕は今日から新しいスタートを切るんだ」

 双葉の料理はどんな味がするんだろう。
 何の料理が得意なんだろう? 和食だろうか、洋食だろうか。
 何でも器用にこなせそうな双葉なら、どんな料理でも美味しく作りそうだな。

 それにしても、泊めてもらうのはいいけど、部屋がひとつしかない。
 ベッドは当然一つしかないし……僕は廊下で寝ようかな。
 双葉なら、同じベッドで寝ようと言いかねないけど。

「そういえば、双葉はどんなゴムを買ったのかな……」

 何気なく、薬局のビニール袋の中身を覗いてみる。
 普段クールな双葉が可愛いゴムを買ってたら、ギャップでますます可愛いかも……

「っ!?」

 僕は我が目を疑った。
 双葉が買ってきたゴムは、紛れもない、大人のゴムだった。

「えっ……? お持ち帰りって、そういう……?」

 僕は「お持ち帰り」の言葉の意味を、完全に間違って認識していた。
 僕はただ、友達の家に泊めてもらう程度の認識だった。
 お持ち帰り──お店で料理をテイクアウトする、などといった意味合いがあるけど、合コンでのお持ち帰りというのは、どうやらそういうことらしい。

 よくよく考えれば、合コンで気に入った異性を自宅やホテルに連れ帰って、何も起こらないはずがない。
 そこまで思慮が及ばず、お持ち帰りを「家に泊めてくれるだけ」だと勘違いして、ノコノコとついて来てしまった。

 翔や佐藤が、双葉のお持ち帰り発言に激昂していた理由はこれか。
 そりゃあ、血相変えて怒るわ。

「まずいまずいまずい……」

 はじめて話して数分の関係でキスした間柄で今更だけど、あまりにも急展開すぎる。大人の階段を段飛ばしで駆け上がるなんてレベルの話じゃない。階段を上がりはじめて二段目でゴールに辿り着く勢いだ。

 ていうか双葉は、よく制服姿のまま堂々と買って来たな。
 僕と莉愛は、わざわざ大学生に見えなくもない格好をして、コソコソ買ってたっていうのに。

 陽キャの高校生は、人目を気にしないということなんだろうか。

 そんなことを考えてる場合じゃない。
 何が「とって食おうというわけじゃない」だ。僕を食う気満々じゃん。

 僕としては、こういうのはもっと、段階を踏んでからにしたい。
 双葉とは、まだ友達と言えるかどうか曖昧な関係だ。
 家に泊めてもらっているとはいえ、関係は浅い。

 双葉の貞操観念は、一体どうなってるんだろう。

 こういうのはその、お互いのことをよく知って、お互いに好きになってからでも、遅くないと思うんだけど……

「……お互いを……」

 その言葉を口にした瞬間、僕の中で引っかかるものがあった。
 お互いのことをよく知ったつもりでいた。
 お互いに愛し合っていると思っていた。

 でも、僕と莉愛の関係は違った。

 僕は段階を踏んで、着実に関係を進展させていったつもりだった。
 お互いのことを大切に思って、恋人としての関係性も深まったと思った頃に、莉愛とはじめて結ばれた。

 でも、それは結局、僕の我儘で莉愛を待たせていただけかもしれない。
 その頃にはもう、莉愛の心が僕から離れていたかもしれない。

 莉愛がいつから浮気をしていたかわからない以上、お互いに愛し合って行為に及んでいたかどうか、自信を持ってそうだとは断言できない。
 
 莉愛は僕に対して冷めた想いを抱きながら、僕と肌を重ねていたのかもしれない。

 人の心は不変じゃない。
 だったら、今確実に僕のことを愛してくれている双葉を僕の我儘で待たせるのは、果たして正解なのだろうか。
 僕が理想とする付き合い方を望んだせいで、双葉の心が僕から離れていくんじゃないか。

 僕は双葉と付き合う未来があってもいいと考えているのに、肝心な時に双葉の心が離れていたら意味がない。

 僕が今、双葉に対して向けている感情は、よくわからない。

 冷静に考えてみると、最初は単なる好奇心だった。
 入学当初から学年一位の成績を維持し続ける秀才でいて、学園一の美少女と名高い存在。おまけに、スポーツ万能という隙のなさ。
 サッカーしか取り柄がなかった頃の僕は、尊敬する気持ちよりも、完璧すぎて気に食わないという僻んだ気持ちも抱いていた。

 でもあの夏以降、学業に身を置くようになってから、彼女の偉大さを身をもって知った。
 その頃から、双葉に対する好奇心が、一種の尊敬に変わっていた。
 
 ひよりちゃんに対する罪悪感を原動力に勉強して、成績が徐々に上がっていく間、僕は双葉を超えることを密かに目標にしていた。
 サッカーをする点でも、目標は大きく、サッカー選手になることを設定していたからだ。

 憧れのサッカー選手になるというのと、学年一位の双葉を越える。
 今思ってみても、やはり双葉に憧れのような感情を抱いていたんだろう。

 僕は今日双葉と話すまで、双葉は僕のことなんて眼中にないと思っていた。
 前回の中間テストで二位にまで上り詰めたからといって、不動の一位だった双葉からすればどうというわけでもなく、相変わらずの無関係な間柄だと思っていたからだ。

 でも、双葉は僕のことを認知していて、僕の人間性が好きだと言ってくれた。

 確かに、双葉は僕の人間性について、勘違いしている節がある。
 我が身可愛さに行動した結果に対する後悔を、それすら我が身可愛さを原動力に奮起する姿を尊まれ、僕は複雑な感情を抱いた。

 それでも僕は、心の底では嬉しかった。

 恋人に裏切られたばかりの僕は、誰かに自分という存在を認めてもらいたかっただけなのかもしれない。
 誰かに傷ついた心を慰めてもらいたくて、そんな時に、自分に惚れている女性から求められ、承認欲求を満たしているだけなのかもしれない。

 心のどこかで憧れていた、気がつけばその美しさに目を奪われていた。
 僕が傷ついている時、偶然目の前に現れ、僕のことを肯定してくれた。
 そんな彼女に対して、僕が今抱いている感情は……

「憧れだけ、なのか……?」

 僕には、自分の心がわからない。
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