上 下
36 / 134
第一部(幼少編)

33話 はやくも織田信長vs明智光秀となりまして

しおりを挟む
「いきなり斬りかかってごめんなさい。理由はわかったから、もう怒ってないわ」
「ほんとか!?やっぱ蝶はイイヤツだな!大好きだぞ!」

 そう、恥ずかしげもなく言うと、刀をおさめてあいた両手を、ぎゅっと握られた。
 気分は握手会。
 「大好き」の言葉の大きさのわりに、そこに含まれる愛情は軽いのがわかる。

 うーん、やっぱちょっと変わってるな。
 この時代の人は、こんなにあっさりと異性に、同性同士であっても好き好き連呼しないのだ。私はよくしちゃうんだけど。
 私が十兵衛や兄上に軽く「好きー」とか「あいしてる~」とか言うと、ドン引かれるもん。
 もちろん、恋愛の意味ではない。二人とも実の兄と、弟みたいなものだし。
 こんな、少女漫画や乙女ゲームの攻略対象みたいに、好意を言動に表したりしないのだ。

 え、それともここってやっぱり乙女ゲームの世界でした?
 
「それよりお前、強いな!噂には聞いてたが、ここまで出来るとは思わなかったぞ」
「ん?ウワサって何?」
「知らないのか?お前、美濃姫みのひめは男勝りな女武将って言われてるんだぞ」

 おお、そうだったのか……知らなかった。
 たぶん、十兵衛とか城のみんながシャットアウトして私の耳に入らないようにしてたな……。

 チラと見ると、私の従者はものすごい顔でこっちを睨んでた。
 あれ!?すごいご機嫌ナナメだ。珍しい。
 十兵衛はよそゆきモードの時は基本スン顔というか、なるべく感情を表に出さないデキる男でいたいらしく、言葉遣いも態度も丁寧な模範的従者キャラになる。
 他人が、特に目上の人がそばにいるのにこの態度はとても珍しい、というか初めて見た。
 私、こんなに怒られることしただろうか。
 いや~してるな!絶賛結婚式ブッチ中だったのよね、そういえば!

「なあ、そっちの、名前はなんて言うんだ?蝶の近侍きんじか?」

 私の視線の流れにつられて、信長も十兵衛を見ていた。
 この二人がここで出会って会話などしてよいものか、相変わらず歴史知識ゼロ人間の私には、判断ができない。
 十兵衛はすぐによそゆきの笑顔を顔面にはりつけると、爽やかに答えた。

「明智十兵衛光秀と申します。帰蝶様の護衛を務めております」
「ふぅん。お前も、歳のわりに強いな。なあ、この中で誰が一番強いか、勝負しようぜ!」
「はい?」

 なんと、十兵衛のはりつけた笑顔が固まった。
 これ、もしかすると私にじゃなくて、信長くんに怒ってるのかもしれない。
 それはそうだ。十兵衛からしてみれば、第二の故郷を燃やされたようなものだもんね。あんな理由じゃ納得できない。
 こういうヘイト感情が積み重なって、本能寺バーニング事件になるのだろうか。

「いいわね、決めましょう!信長様には私の刀を貸してあげる。兄上から貰ったものだから、折らないでね」
「おう!悪いな、蝶」
「き、帰蝶、様!祝言はどうするのですか!?こんなことをしている場合ではないでしょう!?」
「まあまあ、固いこと言うなって」
「そうそう。ほら、十兵衛、信長をぶった斬れるチャンスよ?ここを逃したら、人目があってもうできないわ」

 こそ、と十兵衛に耳打ちすると、彼はまだ納得のいかない、という顔をしつつ私には従う姿勢を見せた。

 遺恨は、今のうちになくしておいた方がいい。
 ここですっきりしておけば、今後「寺ごと燃やそう」って考えに至らなくなるかもしれないし。
 あと、いまさら結婚式会場へ戻りたくないので、なるべく引き延ばしにかかろう。

 将来魔王ラスボスになる少年と、その魔王を倒す勇者光秀の夢の対決だ。
 ん?
 それって、こんなところで実現させて良いものかしら?






 音のほとんどないはずの夕暮れに、金属の当たる乾いた音があがる。
 十兵衛と信長くんは互角……とは言いがたく、十兵衛はどう見ても劣勢。信長は遊んでいるようだった。

 猫のようというには攻撃が重く、
 虎のようというには動きが軽くトリッキー。

 刀と刀での勝負には、まったく見えないのだ。信長だけ、別のスポーツをやっているかのよう。
 これは、まだ少年と言っていい歳ながら、勝てる大人はほとんど……とりあえず私が知るかぎり、美濃にはいないな。

「お前、やっぱりイイな!蝶の次くらいに強いだろ!」
「いえ、帰蝶様より強いです。護衛ですから!」

 こらこら、私が負けたのは一回だけだぞ。
 でもたしかに、十兵衛は強くなった。同年代の少年になら、負けることはないだろう。
 これはたぶん、信長が規格外なのだ。
 どうやったらこんなふうに、ノーモーションで跳んだりはねたりできるのだろう。筋肉の質?付き方?
 さすが、魔王ラスボス

「そうか!なら、ミツ、お前俺の家臣ものになれよ!」

 ぴょんぴょん跳びながら、信長くんは堂々と明智光秀を家臣に勧誘した。
 あれ、それはまずいのでは?と思考が停止しそうになったところに、ブン、と鋭く風を切る音が聞こえて、前を見る。
 ものすごい形相で、十兵衛が信長の首元に刀を振り下ろしたようだった。避けられたけど。

「僕は……私は、帰蝶様の従者ものです!誰が、お前なんかのものになるか!!」

 声が、ビリビリ響く。
 あの子のこんな、雷鳴みたいな声、はじめて聞いた。

 私と真逆で冷静に物事を見るあの子が、こんなふうに心の叫びをそのまま口に出すのは、お父様を馬鹿にされた時と、今回での二回目。
 私がびっくりしてるのに気づいたのか、十兵衛は慌てて刀をおろして、声のトーンを落とした。

「それから、変な名で呼ばないでください。私は明智十兵衛光秀です」
「ん。そうか、光秀な」

 なにが楽しいのか、信長はニコニコ笑っている。
 反対に十兵衛は貼り付けなおした笑顔の目立たぬところ、青筋がピクピクしていた。怒ってます。

 道中の会話で、十兵衛はどうあっても美濃に帰る気はないと言っていたので、それなら逆に信長と仲良くさせて親友にしてしまおうか。そうしたら燃やさないよね!と思っていたのだけど、この様子を見ると、ぜんぜん、仲良くなれそうにはない。

 この二人、やっぱ史実通り仲悪いんだ……どうしよう、と、どう仲裁しようかと悩んでいたら、遠くから男のひとの声が近づいてきた。
 聞き覚えのある声、おそらく、平手のじいやさんだ。

「ふたりとも、そこまでにしましょう!そろそろ戻らないと、じいやさんの声が擦り切れそう!」
「お、ほんとだ。ジーイ!こっちだぞーー!」

 いや、ぜったい怒られるから。そんな軽く居場所を伝えたら……
 ものすごい剣幕の平手様が、草をかき分けてずんずん進んできた。

 そして信長くんはじいやにものすごく怒られた。
 式は明日に延期になったらしい。
 じいやさんは胃が痛いのか、おなかをおさえながら「次やったら諫死かんししますぞ……!」と信長を脅していた。
 かんし とは?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

泥を啜って咲く花の如く

ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。 強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。 どこか心の壊れているヨハンナ。 そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。 ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。 ※恋愛要素は薄い ※R15は保険(残酷な表現を含むため)

処理中です...